9話 ジャック ~ドッペルドールの料理人~
すすきの要塞~石狩海岸その中間には、休憩ポイントとして小さな砦が建てられている。
周辺の木々を伐採し見晴らしをよくしており、作りも鉄筋コンクリート製と頑丈。
駐屯するドッペルドールも15名からとなっており、猛獣の襲撃にも対応できる仕組みだ。
また、最低でも1名は食材を調理できるドッペルドールも滞在しているため、食材を持ち込んで料理を提供してもらう事もできる。
尤も、桃吉郎は元料理人であるため不要であるのだが、彼は作るよりも食べる方が好きなので、結局は作ってもらうことに。
「お~、結構、広いな」
「思ったよりかは、だけどな」
あの後、更にラシーカーの群れに襲撃されたトウキ一行。
その数は13匹にも及んだが、その殆どをトウキとトーヤのコンビが仕留める。
デューイは3匹仕留めるのでやっとだった。
「(なんなの? この新人……化物じゃない)」
通常、ラシーカーの群れが10匹以上になるとドッペルドールも無事で済まない場合が多い。
それをトウキたちは無傷で壊滅させてしまっているのだ。
おかしいと思わない方がおかしい。
「飯にしようぜ! 飯っ!」
「食うことしか考えてないのか?」
「失敬な! あとは遊ぶことと寝る事も考えているっ!」
「そうだったな」
やれやれ、と大きな臀部を簡素な丸椅子に下ろすトーヤ。
だが、大き過ぎて椅子からはみ出てしまっていた。
その光景に野郎どもは「おぉ」との歓喜の声。
もう面倒になっているのか、トーヤは無視を決め込む。
「はー、どっこいしょ」
雑に丸椅子に座るトウキはがっかり美少女と認定されたのだろう。
しかし、それでも好奇の視線が途切れることはない。
「なんだ? デューイじゃねぇか」
赤髪ツインテールのデューイに話しかけるスキンヘッドの大男。
彼は手に持つトレイにハンバーガーを二つ乗せていた。
「あら、【ジャック】。おひさ。相変わらずコックコートが似合わない事」
「言ってろ」
ジャックはデューイと同じく10期パイロットである。
元々は料理人であったため、こうして拠点で料理人として滞在する任務が多い。
ただ、普段は前線基地で調理をこなしている事もあってか、このような場所にいるのは珍しいと言えよう。
「旭川の前線基地にいたんじゃないの?」
「あぁ、それがな……」
ジャックは旭川攻略部隊のリーダーと食料調達の件で揉めて解任された事をデューイに伝える。
「なにそれ!? 馬鹿じゃないの、そいつ!? ドッペルドールも食べなきゃ十分な性能を発揮できないし、成長も出来ないっていうのに!」
「あぁ、その通りだし、そう伝えたさ。でが、結果はご覧の有様。そろそろ、大損害と共にDニュースで放送されるだろうぜ」
Dニュースはドッペルドール管理センターが発信するニュース番組だ。
主にドッペルドールの活躍を配信し国民を安心させるのが目的であるが、正確な情報を把握させるために失敗も取り上げる事がある。
特に重要拠点の攻防戦では、どのような結果に終わろうとも結果を公表する。
『Dニュースです。速報が入りました。旭川攻略大隊が壊滅したとのことです』
「言わんこっちゃない」
砦内、レストランスペースに設置されている液晶テレビに壊滅したと思われる部隊の無残な姿が映し出された。
異形の猛獣に蹂躙されるドッペルドールの姿に眉を顰める者たち。
身代わり人形とはいえ、それが猛獣に貪り食われ、そして凌辱される光景は見るに耐えないだろう。
だが、これは現実であり、結果に過ぎないのだ。
『日本政府は旭川攻略大隊を率いていたデミアン1等D佐の責任を追及するとの意向です。次のニュースです』
「あぁ、あのゴマすり野郎ね」
「そうなんだが……しょせん今でも日本は階級社会だからな。結局は身分が上の奴の意見が通っちまうのさ。結果はご覧の有様。ヤバいと思ったら一抜けが正解なんだよ」
ジャックはそう言い残して客が待つテーブルへと去っていった。
「ふーん、攻略戦とかもあるんだな」
「トウキちゃん、あなた、山籠もりでもしてたの?」
「割とそんな感じかな?」
桃吉郎は吉備津流の修行と、それ以外はコックとしての仕事しかしてこなかった。
少々歪んだ生活環境だったことは否めないだろう。
今現在に置いて教育は各家庭にて行う事が義務づけられている。
それは、教育に回す人材すらも勿体ないからだ。
なので出来る事は全て各家庭で行う、が常識となっており、当然、学校機関も消失して久しい。
こういった環境から、各家庭で育った子供たちの知識に差が生じてしまうのは必然といえよう。
「デューイさん、こいつは特別な馬鹿なので」
「凄いだろ」
「そこ、喜んじゃいけないところだからね? トウキちゃん」
はぁ、と溜息一つ。
気苦労が多いなぁ、と心の中でつぶやきつつ、注文。
「ジャック! バーガー3つ! あと【ハッカ水】ね!」
「OK、いつものね」
暫し待つ、とジャックが厨房からハンバーガーとガラスコップに入った透明の液体を持って姿を現した。
「お待ち。ラシーカーのハンバーガーとハッカ水」
「ありがと。じゃ、いただきましょう」
テーブルに置かれたハンバーガーは包装紙で包まれている。
だが、かなりの大きさで女性の口には収まりきらないほどに分厚い。
コップに入った透明の液体からはハッカの爽やかな香りが漂ってくる。
「奢りかっ!?」
「うっ……! ま、まぁ、いいわ。奢ったげる」
「いやっほぉぉぉぉぉぉうっ! じゃあ、あと10こ追加で!」
「1個だけっ!」
「ちぇー」
厚かましい事この上ないトウキは、ほっぺを、ぷくっ、と膨らませた。
そして、がさがさ、とハンバーガーの包装紙を剥がしてゆく。
「おー、シンプル」
「ハンバーガーはシンプルなのが正解だろ?」
「トーヤの言う通りだ。シンプルイズベスト。変にこねくるよりも単純なのが良い」
ハンバーガーは基本に忠実だ。
バンズ、ラシーカーのパテ、薄切りトマト、炙った玉ねぎの輪切り、そしてケチャップ。
好みでどうぞ、といわんばかりにマスタードのチューブが添えられていた。
「「「いただきまーす」」」
三人は大きな口を開けてハンバーガーを、がぶりゅっ、と豪快に頬張る。
噛み締めるとラシーカーのパテから肉汁が、じゅわわっ、と溢れ出てバンズをしっとりとさせてしまうではないか。
ケチャップはこの濃厚な旨味を更に加速させ自分の力とする。
全てを支配するのはこのケチャップの味である、といわんばかりに。
その主張は正しいだろう。
ケチャップはハンバーガーの支配者であるのだから。
更に噛み締める。
すると玉ねぎの刺激的な辛味。
その中に潜む甘みが、ともすればくど過ぎるパテの油っぽさを良い具合に紛らわせてくれる。
そして、薄切りトマトだ。
彼はケチャップに歯向かう反逆者。
その爽やかな甘みと酸味はケチャップの支配力を確実にうち滅ぼす。
ケチャップの絶対王政はトマトによって脆くも崩れ去るのだ。
「うんまーい!」
「うん、これは美味しいな」
「でしょー? ジャックのハンバーガーは力強くて美味しくて満足できるのよー♡」
「そしてこれ」とデューイはハッカ水をぐびりと流し込む。
「ぷっはー! 生きててよかった!」
「おー、すーすー、するな」
「僕はちょっと苦手かも」
三者三様の評価だ。
凍矢はかなり好き嫌いがはっきりしており、刺激が強過ぎるものは好ましくないもよう。
桃吉郎は口に入れた物は意地でも食べるし吐き出さない。
そして、全てを消化する黄金の胃袋を所持していた。
「ありゃ? トーヤちゃんは苦手だったかぁ」
「味というか、鼻腔を刺激する香りが苦手です」
「ツーンとするもんな」
「じゃ、普通のお水もらおっか」
その後も、美味しそうにハンバーガーを食べ進める美女、美少女たち。
躊躇の無い食べっぷりは彼女らを見守る野郎どもの好感を高くしたのは言うまでもなく。
「「「ごちそうさまでした」」」
最後に、食に感謝する姿勢で、彼らの好感度は最大値に達したのであったとさ。




