89話 遭遇
AB-ウルフは対アナザー用に開発された戦闘兵器である。
アナザーの本体はいわゆるドラゴンであり、その巨体から繰り出される攻撃は全てが一撃必殺級となることが予想された。
ただし、それは一般的な生物に対してだ。
凍矢、輝夜は辛うじて一般的な生物に含まれるだろう。
だが―――桃吉郎は違う。
「ドラゴンって食えるんだっけか?」
東京へと向かう途中に、桃吉郎たちは一体のアナザーと偶然遭遇した。
「上空に高エネルギー反応っ!?」
「おいおい……冗談だろ?」
鋼鉄の獣の真上に黒い影。
逆光を受けて黒くしか見えないが、そのシルエットは間違い無く地球外生命体のそれ。
「ドラゴンかっ!」
「グオォォォォォォォォォォォォォッ!」
そして、そのまま戦闘へとなだれ込む。
これはアナザーにとっても想定外の出来事であったらしく、目撃者を排除すべく口から灼熱の吐息を吐き出し、鋼鉄の獣を蒸発させようと試みる。
しかし、それは鋼鉄の獣の頭部から飛び出した何かに防がれてしまう。
それは木花・桃吉郎の仕業だ。
彼は、目には目を歯には歯をの精神で、灼熱のブレスに自身の吐息をぶつけて相殺してしまったのである。
やっぱ馬鹿だわ、こいつ。
「こいつがアナザーってやつか?」
「恐らくは」
続けて凍矢が百式火縄銃を携えてコクピットから出てきた。
「僕は空中から狙撃する」
「おう、任せた。輝夜は適当に立ち回ってくれ」
「オッケー、任せて」
三人は各々、得意な戦法でアナザーに立ち向かうもよう。
件のアナザーは赤の鱗で包まれた体長12メートルほどのドラゴンだ。
それは大きな翼をはためかせ空中に浮かんでいる。
質量的にその巨体を浮かせることは不可能なため、背から伸びる両翼はバランス制御用と考えるべきであろう。
「(こいつら……この星の知的生命体か。だが、何故、機械の獣から出てきたのだ)」
アナザーは困惑した。
鋼鉄の獣の中に留まり抵抗してくるものだ、と決めつけていたからだ。
だというのに、どうだ。
二名ほどの男女が外に出て自分に抵抗しようというのである。
しかも片方、男の方は理解不能なブレスの回避を披露している。
「(ただの猿とは考えぬ方が良いか。できればサンプルとして持ち帰りたいところではある)」
この時点では若きアナザーは桃吉郎、凍矢を格下と認識していた。
だが、その認識は短時間の内に覆される事であろう。
「さぁ、竜退治だ!」
「いくぞ、百式火縄銃」
戦闘再開。
初手を取ったのは凍矢だ。
彼女は吉備津流・柔の型【羽衣】で空を踏みつける。
それはトランポリンのように彼女を跳ね上げるだろう。
「(猿が空を飛ぶだとっ!?)」
意表を突かれる。
人間を凌駕する能力を持つドッペルドールですら、そのような報告は上がっていない。
彼らアナザーにはドッペルドールの情報が筒抜けであり、それは人間側に【内通者】がいる事を示唆している。
だからこその驚愕。
制空権を握っているはずのアナザーの優位性が無くなった瞬間。
出鼻を挫かれる。
それは大いなる隙を生んだ。
「沈めっ!」
一瞬で凍り付く凍矢の身体。
そして放たれる赤い熱線。
「(死―――)」
受ければ致命的な一撃だ、と考え終わるよりも先に身体が回避を選択する。
熱線の回避に成功したアナザーは戦慄を覚える。
そして、自分の考えが弛んでいたことに気付いた。
「(本気で対処せねばやられる!)」
肺一杯に空気を取り込む。
超高熱の広範囲ブレスで全てを焼き尽くそうというのだ。
このような事をすれば自分たちアナザーの存在に気付かれる危険性がある。
しかし、そのような事も考えてはいられないほどの難敵が目の前にいる、と確信したからこその選択。
「させないっ!」
AB-ウルフの背から大砲がせり出す。
輝夜は走り回りながら照準を赤き竜に定め引き金を引いた。
砲口から放たれるのは桃色の光線だ。
「――――っ!」
瞬間、輝夜は自身から何かがごっそりと持ってゆかれた感覚に襲われる。
「やっぱ……きついっ」
意識を持って行かれそうになるも、根性で耐える。
鋼鉄の獣から放たれた桃色の光線は勢いを増しつつ、赤き竜に迫った。
「(何だあれはっ!? だが―――)」
敢えて受ける。
既に必殺のブレスは発射寸前。
これに耐えて全てを終わらせる。
その覚悟がビームの直撃に耐える耐久力を備わせた。
ズボゥッ! ミチミチミチ……!
「(痛いっ!? 死ぬほど痛いっ!)」
アナザーを覆う赤い鱗は、その殆どが吹き飛び、或いは溶解した。
それでも赤き竜は健在。
そして、満を持して必殺のブレスを解き放つ。
「(消えろ!【超火炎吐息】!!」
先ほどとは比較にならないブレスが解き放たれる。
「な―――!?」
「え―――!?」
回避など不能。
それほどまでの超広範囲。
いわゆる初見殺しの攻撃だ。
これに凍矢と輝夜は驚愕の余り固まってしまう。
「(勝った)」
若きアナザーは勝利を確信する。
それほどまでの渾身の一撃。
だが―――。
「おるぅあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ふきゅんっ。
桃色の一閃。
ヴォボァッ!
例えようのない音を放ち消失する超高熱。
それだけでは飽き足らず、空間までもが消失している。
そこから覗く黒い空間からは黒い大蛇のようなものが首を出し、ありとあらゆる物を口にし始めているではないか。
だが、世界の修正力が働き、それなる空間は口を閉じた。
黒き大蛇もまた、元の世界へと押しやられる。
「その程度で俺たちを調理ると思うなよ?」
桃色の刃の切っ先を赤き竜に突き付ける桃吉郎。
そこから放たれる異様な力。
明らかに先ほどまでの人間とは違う事に、若きアナザーは恐怖を覚えた。
「(なんだ、こいつはっ!? こいつだけ、明らかにおかしいっ!)」
逃走―――その二文字が脳裏に浮かび上がる。
反対1、賛成9で逃走が採択されたのは言うまでもないだろう。
彼は本能的に長寿タイプなのだ。
「――――っ!」
圧倒的、撤退。
一心不乱の大逃走。
形振り構わぬその後ろ姿には決意のようなものすら感じるだろう。
「逃がさねぇよ」
ぬらり、と前傾姿勢を取る桃吉郎。
その姿が掻き消えた。
一瞬、遅れて大地が爆ぜる。
悪鬼羅刹の顔を携えた桃吉郎の姿は既に赤き竜の背後に。
「ひっ―――――」
おぞましい殺気を感じ取った若きアナザーは思わず身を逸らす。
それが彼の死を先延ばしにする要因となったのだ。
ざんっ。
切り落とされたのは赤き竜の尾。
それは根元から綺麗に切り落とされた。
ぴぃぃぃぃぃぃぃっ、と情けない声を上げて上空へと逃げてゆく。
「まてぇぇぇぇぇぇぇっ! おまえ負けたんだろ! なぁ!? だったら肉置いてけ! 肉ぅぅぅぅぅぅぅっ!」
最早、このgorillaはアナザーですら食材として捉えている。
ぶんぶんと振り回される桃色の刃もアナザーを餌としか見ていないもよう。
「(危険だ! あれは危険すぎる!)」
手も足も出なかった若きアナザーは這う這うの体で住処へと辿り着き、自身に起きた出来事を報告した後、自分の巣に引き籠ったという。
「ちぇっ、たったこれっぽっちかよ」
桃吉郎は竜の尻尾を担ぎ、不満を漏らしたのであった。
 




