88話 胸が痛いのは何故だ
大草原を疾走する鋼鉄の獣。
DBCのそれとは違う感覚に凍矢はまいってしまっていた。
分かり易く説明すると、このままだとゲロリンチョしてしまう、ということだ。
「なんだ、だらしないな」
「う、うるさいっ、うっぷ」
最早、顔面蒼白。
このままだと凍矢がゲロイン化待ったなしだ。
我々としても画面がモザイクだらけになってしまうので、この状況の改善を望むところである。
「この動きは慣れないよね。ちょっと休憩しよっか」
「す、すまない」
輝夜も当初はこの動きに慣れなかった。
しかし、パイロットと搭乗者とでは揺れの感覚が違うようで、ドクター・モモから操縦を引き継ぐと吐き気は収まり、それによって今まで見えてこなかった広大な景色が目に飛び込んで来た。
これは、操縦という緊張感が吐き気を抑え込んだ結果だ。
この経験は輝夜にとって忘れられない記憶となっており、また、その高いパイロット適性を開花させる要因にも繋がっている。
―――サラッと流したが、ドクター・モモはこの鋼鉄の獣を自由自在に操れる上に、外へ何度も無断出撃を繰り返していた、ということにお気づきであろうか。
あのくそ爺は我々が思っているよりかは、かなり動けるタイプの老人であろう。
「あそこら辺が良いかな」
輝夜はAB-ウルフをポツンと生える大樹の下へと移動させる。
そこで休憩しようというのだ。
やがて、そこへと辿り着くと輝夜たちは鋼鉄の獣の外へと飛び出した。
「う~んっ、やっぱり外の空気は美味しいわ」
「無味無臭っ!」
「桃吉郎はそういう感想よね」
輝夜は隣で腕を組みながら情緒の欠片もない返答を返すgorillaに微笑んだ。
「凍矢君、大丈夫?」
「うっぷ。ちょっと行ってくる」
「一人で大丈夫?」
「問題無い」
凍矢は一人で茂みへと向かった。
「おうおう、肥料をぶちまけて来い」
「やかまし……うぷ」
いよいよヤバいのか、凍矢は茂みへと猛ダッシュ。
大自然に虹色の何かをぶちまけた。
「軟弱だなぁ」
「桃吉郎が強過ぎるのよ」
「男は強くなくてはならぬぅ」
「はいはい。凍矢君が戻ったら、ちょっとお腹に何か入れておこうか」
「俺は満タンにしたい」
フィジカル、メンタルともに怪物の桃吉郎に車酔いは発生しない。
では―――もう一人の変態はどうだっただろうか。
鋼鉄の尻尾にしがみ付いていた見張・益代はそこから桃吉郎たちを見張っている。
「(ふぅ……走行の際の振動―――オナるのに最高ですね!)」
ダメだこいつ。早くなんとかしないと。
迫真の集中線を用いての感想がこれだった。
そして、鋼鉄の獣の尻尾は早急に洗浄する必要があった。
「それじゃあ、桃吉郎は食材を獲って来て」
「マカセロー」
さも当然のように桃吉郎に狩りを求める姫カット様。
そして、それをごく自然に受け止めるgorillaは珍刀を携えて猛ダッシュ。
いずこかへと姿を消した。
一人残された輝夜は、この時間を使って調理の仕度をする。
コクピット内からトランクを引っ張り出す。
それを開けると謎のギミックが発動し、コンロと調理台へと早変わりした。
もちろん、各種調理器具も収納されている。
これはドクター・モモ製の携帯調理器だ。
質量の矛盾が発生しているが、そこはドクター・モモなので気にするだけ無駄であろう。
「ただいま……」
「おかえり。軽い物なら食べれそう?」
「食欲がない」
「少しでもいいから、お中に入れとかないと持たないわよ」
「うぅ」
輝夜は取り敢えず、コンソメスープを温め直し凍矢に手渡す。
彼女はコンソメスープを携帯ボトルに数本ほど詰めて、ウルフちゃんに搭載しているのだ。
これなら、温かくても冷たくても手軽に飲むことが出来る。
「一気に飲まないで、少しづつ飲むと良いわよ」
「分かった、ありがとう」
「どういたしまして」
凍矢は本物の女性の気遣いに勉強になると同時に感謝の意を示す。
「(自分ではこうもいかんか)」
ふーふー、とカップのコンソメスープを冷やしつつ少量を口に含む。
心地良い塩味と豊かな風味、コクが口いっぱいに広がった。
油っぽさは一切無い。
それは徹底的に輝夜が油抜きをした証であろう。
とにかくクリアなコンソメスープであった。
「美味しい」
「うふふ、よかった」
にっこりと微笑む輝夜のそれは、幼少期より変わらぬもの。
ただ、桃吉郎に向ける笑顔はその時のものから違っている事に凍矢は気付いていた。
輝夜は桃吉郎に恋心を抱いている。
それは男だった頃の凍矢には良い事だと感じていただろう。
しかし、今は違う。
それはモヤモヤしたものに変じ、凍矢の心にしこりを生じさせた。
「(僕はこの身体の秘密を一生抱えたまま生きる。妙な気を起こすな)」
チクチクと胸が痛む
それは心が痛いからか。
……いいえ、成長痛です。
今尚、凍矢のおっぱいは健やかに成長しておられるのです。
少なくとも、C~Dには育つことでしょう。
眼鏡美人が約束されている凍矢の未来は明るいのに何故か暗い。
彼女を解き放つカギはやはり桃吉郎であろう。
もう二人とも嫁にしちゃいなよ、だ。
「ただいま~」
「お帰り、桃吉郎」
「見ろぉ! 大物だぞ!」
「わぁお」
桃吉郎が担いで持ってきた食材は【コンバットメーメー】という狂暴な羊であった。
DLは18ほど。
白い羊毛は超硬質であり、それが脇腹から伸びて刃となっている。
この刃を利用し、高速で駆け抜けて獲物を狩るのがコンバットメーメーの戦法だ。
よって、この獣は肉食。
極めて危険な羊となる。
「早速、調理してくれ。血抜きは済ませてある」
「お任せあれ」
輝夜は包丁を手に取り、しゅばばっ、という音を立てた。
すると、どうだ。
コンバットメーメーの羊毛が一瞬にして刈り取られた上に、肉は各部位へと切り分けられたではありませんか。
「おぅ、相変わらず手際がいいな」
「プロですから」
キラーン、と包丁を輝かせる輝夜シェフ。
ちなみに彼女の調理中に彼女に近づくのは自殺行為である。
ぴっちりスーツから覗くむっちりヒップが魅惑であっても、決して触れに行ってはいけない。
あっという間にバラバラにされてしまう恐れがあるからだ。
「じゃ、モモ肉を使ってステーキにしよっか。ソースは果実ソースで甘酸っぱく」
「おぉ、いいね。期待してるぜ」
輝夜は早速、コンバットメーメーのモモ肉をフライパンで焼き始める。
それは極厚で食べ応えがあるだろう。
コンバットメーメーの肉には寄生虫が住み着いていないので生でも食べられる。
なので、これほどまでに分厚くしても大丈夫なのだ。
「えい、やっ、ほい」
焼いている間に輝夜は菜箸で肉をドスドス突いていた。
これは遊んでいるわけではなく、肉のツボを突いて無理矢理に熟成させているのである。
無論、普通はこんな事は出来ない。
しかし、輝夜は自身の気を用いて肉に変化を起こさせているのである。
こんなことが出来るのは輝夜だけであり、そして料理人の発想の賜物であろう。
「ソースは基本に忠実なオレンジソースかな」
輝夜はファングオレンジの果汁を使用し、それに各種調味料を加えて見事なオレンジソースを調合した。
それを熱した鉄皿の上でジュッジュと鳴き声を上げる極厚ステーキに注ぐ。
ジュゴアァァァァァァァァァッ、という産声は正しく料理の完成を意味していた。
「はい、お待ち同様。コンバットメーメーのステーキよ」
「うっひょう! いただきまぁす!」
合掌、一礼。
食材と作ってくれた人への感謝を捧げて、いざ、がぶりんちょ。
ナイフとフォークを……って素手で掴むんかい。
そして、それを食い千切る。
実にワイルド。
そして知性の欠片もない食い方である。
「うっめぇ! 溢れる肉汁! ひたすらに柔らかく、これ以上ないほどに肉を主張しやがる!」
「ソースはどう?」
「おう! オレンジの爽やかさがこいつにはよく合う! 獣臭さをオレンジの香りが包み込んで帳消しにしてくれているぜ!」
「鮮度が良いからね。臭いは気にならない程度。だからオレンジソースにしたのよ」
もう一つの選択肢にはブルーベリーソースがあった。
こちらは臭みが強かった場合に使用すようと思ていたもよう。
料理にとってにおいは重要なファクター。
幾ら味が良くても臭かったら全て台無しとなってしまうのだから。
うんうんの臭いがするカレーライスなんて味が良くても食べたくないよね?
「満足」
「お粗末様」
結局、コンバットメーメーのモモ肉は全て桃吉郎の胃袋に納まった。
尚、ちょびっとだけ。凍矢もモモ肉のステーキを分けてもらった。
どうやらコンソメスープを飲んで気分が回復したもよう。
「ほら、あーん」
「一人で食べれる」
「あーん」
「う……あ、あーん」
凍矢をまるで病人のように扱う桃吉郎。
素手で引き千切った肉を凍矢の口元に運ぶ。
それを恥じらいながらも口にする凍矢はエロティックだ。
「仲良いわねぇ」
そんな二人の様子を愉快そうに眺める輝夜であった。




