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84話 プライドを捨てる覚悟

「おまえさんがあのタイミングで離脱したのは正解だったぜ。俺も同伴すればよかったと思ってる」

「相当酷かったのか?」

「酷いってもんじゃねぇ。飯が食えないんでドッペルドールの性能はガタ落ち。餓死者も出たんだからよ」

「そりゃあ酷いな」

「しかもあのクソ野郎、飯を独占してやがった」

「だろうな」

「ま、袋叩きにしてやったがよ」


モヒ・カーンは肩を竦めた。


彼は相当な修羅場を潜り抜けてきた熟練パイロットだ。


基本的に猛獣退治専門であり、それ以外はある程度こなせる程度であった。


なので、猛獣が攻め込んでこない場合、こうして簡単な料理を振舞う仕事に従事している。


「なんにせよ、全部昔の話さ。トラクマの坊やのお陰で、逝っちまった連中の無念は果たせただろうよ」

「そうだな」


ドッペルドールはクローンであるから何度死んでも複製することは可能だ。


しかし、本体の精神が無事であるとは言い難く。


何度も死と再生を繰り返してゆくうちに再起不能、またはショック死等の危険性もある。


第一次旧旭川攻略戦では多数の再起不能者と死者も出たのだ。


あくまで、死亡率が低くなる。


それがドッペルドールなのである。


だからこその緊張感が生まれているのも確かだ。


故にパイロットたちは日々の研鑽を怠らない。


それは己の死に直結するからである。


「ジャックが来てくれたってことは、飯は任せても良いよな?」

「あぁ、任されよう」

「へへっ、こうも毎日、ホルモンを焼いてばかりじゃ腕が鈍っちまう」

「なら、俺の代わりにトウキたちの面倒を見てやってくれ」


ジャックはモヒ・カーンに自身の代わりにチームに入ることを提案する。


これに難色を示したのはデューイだ。


「ちょっとぉ、ジャックとイチャイチャできないじゃないのっ」


モヒ・カーンは肩を竦めてジャックに視線を送る。


ジャックは苦笑いを見せた。


「なんだ、ジャック。おめぇ、隅に置けねぇな」

「はは、なんだ、その……なぁ?」


ジャックの腕を抱き寄せて、いやいや、と我儘を見せる赤毛ツインテール。


「ジャックさんとデューイさんが抜けるとなるとモヒ・カーンさんだけでは」

「別にいいんじゃね?」

「いや、おまえの暴走を止める人材が圧倒的に足りない」


トーヤのため息交じりの言葉を耳にしたモヒ・カーンは早速、選択を誤ったかな、と思ったとか。


「それでは私が君たちに同行しよう」

「!? あ、あんたはっ―――!」


背後より声を掛けてきた者に、否、その者の発するオーラにその場に居た者たちは戦慄した。


「御木本1等D佐っ!?」

「ほぅ? 私の名を覚えていたのか。光栄なことだな」


黒の角刈りに白の軍服姿。


そして桜と刀をあしらった勲章。


東京本部の五名いるドッペルエース、その一人が彼なのだ。


「おめぇ、何でここにいるんだ?」

「なに、トラクマドウジ君の代理だよ。たった今、着任したところだ」


表情一つ変えない厳つい顔は軍人のそれだ。


お気楽の極致たるトウキとは決して交わることはないだろう。


―――そう思っていた時期が私にもありました。


「ま、それも昔の話だ」


御木本は勲章の全てを引き千切って遠くへ投げ捨ててしまった。


その突然の行動にトウキたちは唖然とする。


それらはパイロットにとってのプライドそのものなのだから。


「まぁ、速い話が【クビ】になった。今の私はすすきのの一パイロットだよ」


まだお堅いが、かなり砕けた態度を見せる御木本。


これにトウキも警戒を解くことに。


「なんだよぉ、そっちが本当のおっさんのかよ」

「まぁな。体面を繕うのも大変なものだ」


トウキは手を差し出した。


それは誤解を解いた答えともいえる行動。


もちろん、御木本は彼女の手を受け取り、がっちりと握手を交わす。


「色々と話すこともあるが……ここではなんだ」

「話す場所か。なら、あのテントを使うか。俺たちが会議をするときによく使う、ここで一番大きなテントだ」


モヒ・カーンが案内したテントは、十名が活動しても十分に余裕がある大きなテントだった。


そのテント内は中央に大きなテーブルとランプ。


六つの丸椅子が置かれているだけである。


「ふむ……ここならいいだろう。席に着いてくれ」


御木本に促されてトウキたちは席に着く。


「これから話すことは、口外しないで欲しい」

「ヤバい話か」

「そうだ」


ここにいる者たちは御木本がここにいる、そして仰天の行動を取った、という時点で何かヤバい事が本部で起こった、と察している。


「率直に言おう、本部が何者かに乗っ取られた」

「「「「――――――――!?」」」」


「ホルモンうめぇ」

「食うのを止めろ」


トウキだけは通常運転であった。


トーヤのツッコミもだ。


「私は何者かに都合が悪かったのだろうな。左遷という形で遠ざけられた」

「このまま、大人しくしているつもりですかい?」


御木本はモヒ・カーンの言葉に首を振って否定の意を示す。


「私が勲章を捨てたのは決意表明だ。必ず本部の正常化を果たす、というね」

「今はその時ではない、と?」

「トーヤ君だったかな」

「はい」

「君の言う通りだ。流石の私でも一人での達成は不可能だろう」


御木本の内心は屈辱で燃え盛っている。


しかし、それでも冷静を保っているのは彼に一本の太い芯が通っているからだ。


必ず人類が安全で安心で自由に地上で暮らせる世界を取り戻す。


それが御木本の生きる理由。


夢なのである。


そのためなら、どんな恥辱にも耐える自信があった。


過去の栄光など糞くらえなのである。


「私は共に戦う仲間を求めている」

「本部に反乱するつもりで?」

「反乱ではなく奪還だよ、ジャック君。まぁ……世間からしてみれば反乱だかね」


だが……と御木本は続ける。


「誰かがやらなければならない」


真っ直ぐな視線は誰しもを惹き付けるだろう。


御木本には、そのような魅力があった。


それは、数えきれない覚悟の量がそうさせているのだ。


「最悪、というか確実にドッペルドール同士の殺し合いになるな」

「その通りだ。だからこそ、乗っ取り犯を特定し小規模の短期決戦を仕掛けたい。そのためにもトラクマドウジ君の奪還が重要になるだろう」

「おん? あいつにこだわりでもあるのか?」


トウキは御木本がトラクマドウジの名を出したことに意外性を感じた。


どう見てもトラクマドウジよりも御木本の方が強い、と確信しているからだ。


「彼は特殊個体なのだ。強さでは私の方が勝るが、彼は彼にしかできない事がある」

「ふ~ん? それでトラクマを救出すればいいのか?」

「早い話がそうだ。今は本部で軟禁状態になっている」

「ふむふむ」


にまぁ、とトウキが嫌らしい笑みを浮かべた。


トーヤは物凄く嫌な予感がした。


「よし、俺がひとっ走りしていってやる」

「今からか? 無理がある」

「大丈夫。本体で行く」


やっぱりか、とトーヤは頭を抱えた。


本体ごりらであるなら、それも可能であろう。


最早、桃吉郎は人類であるかどうかも危ういのだ。


「だが、本体は一度っきりだ。次は無いのだぞ? それに華奢な君では……」

「大丈夫。俺の本体は狂暴だぜ」

「?」


御木本は本気でトウキを心配した。


トウキちゃんを心配するのは正しい。


しかし、トウキの本体は心配無用である。


「問題は俺たちが抜けた後だよな」

「さり気に僕を巻き込もうとしてないか?」

「俺が行くんだから凍矢も来るのは当然だろ?」

「おまえなぁ……」


と呆れつつも内心は嬉しい凍矢ちゃんである。


『それなら問題ないわい』

「きゃっ!? お、驚かさないでくれ、ドクター・モモっ」


突然、トーヤのGPCからドクター・モモの声。


どうやら、彼は彼女のGPCに細工を施していたもよう。


「トーヤ、今、きゃっ、て可愛い悲鳴上げた?」

「上げてない」

「上げたよな?」

「上げてない」


つーん、とおすまし顔のトーヤの頬はちょぴり桃色だ。


『かっかっかっ、今から細工を起動する。御木本や』

「はい、博士」

『暫しの間、こやつらの面倒を見とれい。悪いようにはせん』

「博士がそうおっしゃるなら」


どうやら、ドクター・モモと御木本は旧知の中であるもよう。


御木本はドクター・モモに信頼を寄せているのが態度で分かる。


『トウキ、トーヤ、おまえたちの意識をこちらに戻す。ええの?』

「問題無いぜ」

「こちらもです」

『よろしい、それではリンクアウトじゃ』


ふっ、とトウキとトーヤの力が抜け、両者ともテーブルに倒れ込む。


だが―――彼女たちは僅かな時間を置いて身を起こしたではないか。


「えっ? ちょっ、トウキちゃん?」

「……ばぶー」

「ばぶーっ!?」


デューイはどうツッコんでいいか困惑した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ばぶー! ふきゅん! ばぶばぶ ふきゅきゅん ばきゅーん!
[一言] キェアァァァ!(本体が抜けたのに)シャベッタァァァァ!
[一言] なんだか、Zガンダムみたいだ…
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