83話 野営地の極上ホルモン
そこは、まだ要塞とは言えぬ場所。
至る個所にテントが設置されていることから、ようやく整地が終わって本格的に要塞を建設する、といった状況だ。
要塞を一から作るのだから完成までに何年かかるか分からない。
加えて旧旭川の奪還を試みるアナザーの襲撃にも備えなくてはならないだろう。
「ここが旧旭川かぁ」
「ふきゅん」
トウキと黄金まんじゅうは遂に旭川の大地へと降り立った。
その名彼女らがまずやることはただ一つ。
「ホルモンはどこだぁっ!?」
「ふっきゅ~ん!」
こいつらは食うことしか考えていない。
「ん? おぉ、援軍か。ホルモンはこっちだぜ」
「たすかるぅ~」
トウキの心の叫びに応えたのはオレンジのモヒカンヘアーで額に手拭いを巻いた痩躯のモブドッペルドールであった。
黒のパンクなコスチュームが良く似合う。
彼は屋台を開き、そこでホルモン料理を提供している。
といってもその腕前はド素人の域を出ない。
極上のホルモンをただ焼いて、塩コショウを振るだけである。
それ以外の事は出来ない。
「おぉ、これがホルモンの樹のホルモンかぁ」
「美味いぜぇ? ただ、俺の腕前じゃこれが限界。別の調理方法を試したら途端に味が落ちちまった」
「マジか」
「あぁ。どっかに料理人がいねぇかなぁ。毎日これじゃあ美味くたって飽きちまう」
「まぁ、取り敢えず食うわ」
「食に素直~っ、ほらよ」
トウキの関心はいつだって食に一直線だ。
他は割とどうでもいい。
「ほほ~、丁寧に焼かれたホルモンが日に照らされてキラキラ輝いているんだぜ」
「ふっきゅん! ふっきゅん!」
珍獣はそんなコメントよりも早く食わせろ、とトウキの頭の上で荒ぶった。
落ち着け。
「それでは、尊い食材に感謝を! いただきまぁす!」
「ふっきゅんきゅ~ん!」
ぱく、むにゅ、むにゅ……じゅわ~、とろ~……こりこりっ。
「甘いっ! 食べた感じ、牛のホルモンっ!」
「ふきゅんっ!」
「濃厚な脂が口の中で解けて旨味のスープに変化して……あぁ、口から零れ落ちそうになるっ!」
トウキは再びホルモン焼きを口の中に放り込んだ。
やはり、極上の脂が口の中でとろとろと溶けてゆき、言葉では表現できないスープへと変貌して行く。
「普通の牛ホルモンとは違うのは脂がくどくない事っ! 確かに御飯が欲しくなるが、これは単品で何度でもいけるっ! 箸が止まらねぇ!」
止まらない、止まらないが、何故か口に放り込むのはひと塊だけ。
それは本能がこれをじっくり味わえと命令しているからだ。
実のところ、このホルモンはひと塊以上口に入れると途端にくどくなってしまう、という特徴があった。
本能はそれを察知し意思に逆らってまでも行動を限定させてしまっている。
この食材は後に研究が進められ、【支配型食材】というカテゴリーに分類されることになる。
「脂が去った後の腸のコリコリ感が楽しい!」
「はっはっはっ、それな。清酒に合うんだぜ」
「分かる~」
「なんだい、お嬢ちゃん。いける口かい?」
「あたぼうよっ! 辛口でいきたいっ!」
「ここにゃ、ホルモンと酒なら腐るほどあるぜ。ただ、それ以外がなぁ」
モヒカンは笑顔の後にすぐさま表情を曇らせた。
食材の転送は基本、一ヶ月に一度だ。
回せる量も、すすきののパイロットたちの頑張り次第で上下する。
よって、基本的に旭川で活動するパイロットたちは自給自足を強いられるのだ。
防衛と建設で人手を割かれる彼らに、食材を確保する余裕などない。
だからこその援軍要請だ。
だが、今回の要請に応えたのは僅か十名ほど。
この人数に旭川のパイロットたちは落胆の色が隠せなかっただろう。
しかし、その約半分にトウキたちが含まれていた。
この頃にはトウキたちの名はすすきのでは有名だ。
良い意味でも、悪い意味でも。
しかし、彼女たちはチームオーガに勧誘されるほどの逸材であることは間違いなく。
加えて特殊食材の確保を幾度となく成功させてきた。
食材調達のプロフェッショナルといっても差し支えは無い。
だからこそ、彼らはこの少ない援軍であっても希望を見出すことが出来たのだ。
「なるほど、なるほど……料理人はジャックさんがいるから安心」
「ま、そういうこった」
ここでDBCから荷物を下ろしたジャックが合流した。
彼の顔を見てモヒカンがハッとする。
「ジャック!?」
「久しぶりだな、モヒ・カーン」
「あぁ! 自棄を起こして攻略戦を離脱して以来だな!」
どうやら二人は知り合いだったもよう。
がっちりと握手を交わして再会を喜び合った。
その間にトウキは胸の谷間から取り出した清酒で一杯やっている。
こいつホンマ。
 




