8話 GPC
すすきの要塞から石狩海岸へのルートが構築されたのは今から3年前の事。
デューイが新人だった頃に、それは達成された。
ドッペルドールの大部隊を編成し、猛獣の群れを駆逐していったのである。
しかし、それには多大な被害を出し、特に札幌1期パイロットの多くが引退に追い込まれることになる。
すすきの要塞を出たトウキ一行。
能天気なトウキは整備された道を我が物顔で行進する。
「桃吉郎、あまり一人で前に出るな」
「トーヤ、トウキちゃんと呼べ」
「気に入ったのか、その名前」
ふんふん、とご機嫌そうに歩む彼女に、凍矢はしかし違和感を覚える。
「(なんだ? この違和感は?)」
しかし、ゴリラの思考を理解すると頭がおかしくなって死ぬ、と悟った凍矢は考えることをやめた。
判断が早い。
「しかしまぁ、外見だけは良いのよねぇ、外見だけは」
「同意します」
「あなたもよ。普通のドッペルドールってちょっと歪むのよね」
「というと?」
「同族嫌悪というのを避けるため、とかいうけどクローンを無理矢理弄ると、最悪、原形を保てなくなるんだって」
ドッペルドールはあくまでクローン体であり、成体にまで持ってゆくと細胞を提供した本人と瓜二つになる。
それを避けるために、様々な機能を加えてゆくのだが、その度に細胞が傷付き、外見が歪んでゆくのだ。
最終的には人型を保てなくなった、という実例もある。
「それだけ美人ということは、殆ど弄ってないのかしらねぇ?」
「それが事実だとしたら、デューイは相当な美人ということになりますが?」
「あら、やだ、嬉しいわ。そうよ~♡ 私、美人で有名なんだから」
凍矢はこれらの情報を踏まえて、自分のドッペルドールの異常性に改めて疑問を抱く。
そもそもが性別すら違うのだ。
これで異常をきたしていないのが不自然。
それどころか、異常に馴染むと感じる自分がいる。
「っ!?」
凍矢は自分のドッペルドールが女性らしい歩き方に変化していることに、今更ながら気づいた。
「……どういうことだ?」
「どうしたの?」
考え込んでしまったトーヤの顔を覗き込むデューイは、ビックリするほどに美人な彼女に見とれてしまう。
「ん? いえ、少し考え事を……近いっ」
「……はっ!? もう少しでキッスをしてしまう所だった! 危ない、危ないっ」
ちょっぴり、悔しがるデューイは危険人物だ。
「トーヤ! デューイ! おしっこ!」
「出る前に済ませておけっ!」
「まったく、あの子は……」
わはは、と茂みの中に入り込む残念美少女。
しょせん中身はゴリラなのだから仕方がない。
暫しすると耳にしてはいけない音が聞こえた。
ぷぅ。
「……」
「……」
もうやりたい放題のトウキに言葉も出てこない。
トーヤとデューイは沈黙を保った。
「あー、スッキリした! ドッペルドールもウ〇コするんだな!」
「言葉を濁せ。一応はクローンなんだ。排泄行為くらいあるに決まっているだろう」
「そっか。でもパオーンが無いと不便だな。しゃがんだら、うっかり出ちまった」
ぱしんぱしん、と股間を叩くトウキ。
凍矢は男ではあるものの、こうはなりたくない、と心から思うのであった。
道中、数回ほど猛獣の襲撃があった。
エンプティングとウサギ型の猛獣、【ラシーカー】だ。
ラシーカーのDLは7。
大きさは中型犬ほどの白うさぎで、前足が鎌のような鋭い爪になってる。
彼らは発達した後ろ足で跳躍し、前足の鎌で人間の首を刎ねてくる肉食の兎だ。
これを楽に狩れるかどうかが、パイロットの試金石となる。
桃吉郎と凍矢は、これらを当たり前のように仕留めた。
まるで、これらと何度も戦ってきたかのような動きに歴戦のデューイですら見とれるほどだ。
しかし、彼らは正真正銘、新人パイロットであり、ラシーカーとは初戦闘となる。
だが、戦いは一方的なものとなった。
トウキが最後のラシーカーの首を刎ね飛ばし戦闘は終了。
全部で6匹の首狩り兎は、首を寸分違わず刎ねられ、或いは眉間を撃ち抜かれて絶命している。
「3匹っ! 引き分けか~」
「トウキ、もっと動きを柔軟にしろ。柔の型じゃなくなってるぞ」
「しゃーないじゃん。身体に滲み込んだ動きは……って、本体じゃないか」
むーん、と身体をチェックするトウキは、ビキニがかなりズレていることに気付いた。
あれやこれや見えてはいけない物が丸見えになっている。
モザイク必須レベルだ。
「いや~ん」
「気色悪い」
「ノリが悪いなぁ、トーヤは」
うんしょ、とビキニのズレを直したトウキは動かなくなった兎を見て呟く。
「これ、食えるんだっけ?」
「確か食用だったはずだ」
「食べれるわよ? 普通に星2食材ね」
食材には下位の1から最高位の10のランクが設定されている。
基本的に入手しにくい食材には高いランクが与えられている。
よって猛獣の肉は殆どが高ランク食材と思ってもいいだろう。
「ここまで鮮やかに狩れると素材の方も期待できるわね。ラシーカーの鎌も武器の材料によく使われるし」
それを聞いた桃吉郎と凍矢はハイタッチをして喜びを分かち合う。
「ふむ……だけど、これだけの量はかさ張るな」
「確かに。どうする、トウキ。一度、戻るか?」
「そうだな。なんかこう、楽に持ち運びできる道具が欲しいよな」
そんな不満を耳にしたデューイは「ふっふっふっ」と先輩風を吹かし始めた。
「あるわよ?【資源転送装置】が」
そう言って見せたのは彼女が左手に付けている小手だ。
それは長方形の筆箱を小手に付けたかのようなものである。
「これはね、スマホを頑丈にした感じの機械でね。これ一つで色々と出来るようになるのよ。その名も【G・PC】」
「ほー? ちょうだい」
「ダメに決まってんでしょうっ!? 1500000Dもするんだからっ!」
「殺してでも奪い取る」
「なにするだーっ!?」
むにむに、と身体を密着させ、おねだりしてくるトウキの肉の誘惑に、デューイは屈しそうになっている。
だが、あと何秒、絶えれるか分からないタイミングで、凍矢が救いの手を差し伸べた。
「それで、GPCは素材転送以外の機能も?」
「ぜぇぜぇ……もちろんっ! 周辺マップ表示やドッペルドール担当者との通話も可能よ!」
「それは良いですね。是非とも手に入れたい」
「……あの? トーヤちゃん?」
「入手方法は色々あるようですが、僕らの場合は暴力に訴えるのが手っ取り早い」
「え? え? え?」
あーっ、という悲鳴が聞こえたとかなんとか。
「冗談です。ほら、トウキもいい加減にはなれろ」
「ぐぬぬ、あともう少しだったのに」
トウキをデューイから引き離したトーヤは、彼女を雑に捨てた。
「はぁはぁ……良かったわ」
服が乱れて艶っぽくなっているデューイ。
果たしてこの発言は、どちらの意味として捉えるべきなのか。
「戯れはこれくらいにして、食材を要塞に送ってしまいましょうか。これくらいなら5分くらいで完了するだろうし」
「素材によって時間が前後するんですか?」
「そうよ。数が多い、大きい、要塞から距離があると、それに応じて時間が掛かるわね」
「便利といえば便利ですが、無いよりはあった方が良い、という感じですね」
「そうね。でも、これ旧式だから。最新版はもっと凄いらしいわよ?」
GPCはドッペルドールと共に研究が盛んな分野である。
これは異世界から入り込んだ技術を解析して科学に落とし込んだものとされているが、その詳細は明らかにされておらず、秘匿中の秘匿となっていた。
だとしてもGPCの恩恵はすさまじく、パイロットにとって欠かせないツールの一つといっても過言ではないだろう。
とはいえ、問題となるのは、その価格。
高額設定にしているのはGPCに使われる部品が貴重である点。
そして、ある程度、実力がある者が所持しないと無駄になってしまう観点から、このような価格設定となってしまっていた。
「はい、転送完了。私たちはパーティー設定しているから、帰還したら平等にポイントが分配されるわよ」
「おー、それじゃあ、狩れば狩るほどにお得ってわけか」
「そうね。時間が許す限り狩りを行うといいわ」
やる気を見せるトウキに、デューイは目を細めるのであった。




