79話 女体化 ~現実を受け入れろ~
東方・凍矢の自宅はマンションだ。
20階建ての3階を借り受けている。
このマンションの住民は、その殆どが男性であることで有名だ。
彼の性格が良く出ている小奇麗な部屋。
無駄な物が無く機能的。
そして、爽やかな香りがする。
しかし、それは裏を返せば、つまらない、という事にも繋がるであろう。
桃吉郎の部屋は、この真逆。
そこかしこにダンベルと酒瓶が転がっており、アルコール臭と男臭で咽る。
絶対に入りたくない部屋ナンバーワンだ。
尚、桃吉郎の部屋は週に一度、輝夜が清掃に来ている。
放っておくとGと共生しているからだ。
早朝、凍矢はいつも通りトレーニングを行うために身支度をしていた。
シャワーで寝汗を流し、身綺麗にしてから運動を行う。
白い肌を叩きつける水滴。
それらは肌に弾かれ、気合で付着したそれらも滑らかなラインには逆らえず、下へ下へと伝ってゆく。
以前は細身だが男性らしいがっしりとした筋肉がそこにあった。
「……」
しかし、今は以前の面影が無いほどに柔らかく滑らかな肉となっている。
彼―――いや、元彼は股間部に手を伸ばす。
そこには長年連れ添った相棒の姿は無く。
本来、自分にあってはいけない割れ目の姿。
「夢じゃない。僕は……」
女になってしまった。
女体化、それは創作の中の話だけだ、と昨日までの自分であったなら一笑していた事だろう。
しかし、今は違う。
これは現実で、ドクターモモにも現実を受け止めるように、と告げられている。
「ふざけるなっ」
ダンッ、と壁を叩く。
普通にご近所迷惑である。
隣室の合田・権三郎さんはビックリして目を覚ました。
「こんなっ……! こんなことなどっ!」
さわさわ。
「……」
くちゅくちゅ。
「……っ」
暫くお待ちください。
ガチャ。
凍矢が浴室から出てきた。
その顔はどこか悟りを開いた僧侶のようだ。
そのまま無言でバスタオルで身体を拭く。
凍矢の部屋には大きな姿鏡がある。
これは彼女がナルシストというわけではなく、身体を隈なくチェックし問題がないかどうかを確認するために購入したものだ。
「問題だらけじゃないか」
細身ではあるが柔らかそうな肉付きの知的美女。
凍矢は自分をそう評価する。
乳房は今のところほんの少し膨らんでいるだけだ。
これならいかようにも隠せよう。
しかし、少しづつではあるが確実に成長している。
トーヤと違うのは、日に日に大きくなっているのが実感できるという点。
あと数日もあればペタン娘トーヤを追い抜くのは確実だろう。
そして、尻。
見事な桃が鏡に映っている。
トウキを凌駕する巨大な美尻は疑いようがない安産型。
凍矢は自分の尻肉をなんとなく持ち上げる。
むっちりとした肉はもちのような動きを見せた。
「これが女の身体……輝夜もこんな感覚で生きているのか」
トーヤに憑依している際は全く気にもしなかった女の身体はしかし、本体となれば話は別になる。
ドクター・モモは言った。
現実を受け入れろ。
それは紛れもなくお前であり、そして、ターニングポイントでもあると。
「センスの無い下着だ」
帰り際、老科学者から渡されたのは女性物の下着だ。
それに身を通す。
すかっ。
むぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
「サイズが全然合ってないっ!」
ブラは肉が無くてスカスカだった。
そして、パンツの方は小さすぎて悲鳴を上げている。
「仕方がない、今日、買いに行くか」
凍矢はがっくりと肩を落とす。
ぶちっ、とのパンツの断末魔は彼女の悲鳴でもあっただろう。
取り敢えず凍矢は胸にさらしを巻き、下半身には男物の下着を着用。
股間がスカスカで頼りなさを感じるもよう。
それでもジャージを身に纏ってトレーニングの準備を整えた。
「……まだ、大丈夫か?」
姿鏡に映る自分。
彼女は、まだ大丈夫、といった。
しかし、その輪郭は完全に女性のもの。
顔も元々女性寄りの中性だったが、今は完全に女性側に傾いている。
長髪なのもいけない。
艶のある長い黒髪はそれだけで美しい女性を想起させるのだ。
そもそも、そんな細い腰と美しい曲線を描くビッグヒップの男性がいるか定期。
肩幅も狭くなっているので、これで男は無理でしょう、である。
「いける」
無理無理、いけないって。
しかし、凍矢はそう自分に言い聞かせて自宅を後にした。




