71話 塩バターコーンラーメン
トウキたちが戻る、とそこではジャックがラーメンの池で何かを湯がいていた。
「何してんだ?」
「ん? トウ・モロゴロシのコーンを湯がいているのさ」
「なるほど。茹でると味付けを同時に行えるのか」
「親和性も高まる、と思ってな」
敢えて湯を沸かすのが面倒だった、とは言わないのが大人の醍醐味である。
そのとなりではドクター・モモがヒートナイフでバターバッタの翅を切り分けていた。
しかし、その大きさはまちまちであり、いい加減な切り分けであることは明白だ。
「くそ爺、もっと丁寧に切り分けろ」
「どうせ溶けるんじゃから、どうでもよかろうて」
「バターの量で味も風味も変わるんだぞっ」
「誤差じゃ、誤差」
ドクターモモは自分の専門分野以外は割と適当な性格らしい。
ここら辺はトウキ、桃吉郎と似たような性格だ。
「トウキ、じゃれているくらいならネギを切ってくれ」
「じゃれてないやい。それはさておき、分かった」
ジャックはコーンの次に煮卵の実の殻を割り始めた。
白い殻を割ると中から茶に染まった卵が顔を覗かせる。
試しにそれを割ってみる、と黄金の液体が、とろ~り、と溢れ出てきた。
「うん、半熟状態だな」
口に放り込む。
すると僅かな醤油の味と、豊かな風味が口内に広がる。
ラーメンの味を阻害しない優秀な付け合わせであることを確信させる味だった。
「あっ、こっちは白いわ」
「熟してない実も取ってきたのか?」
「そんなの分かるわけないじゃない」
デューイが剥いた煮卵の実は真っ白だった。
これは実が熟していない証である。
「ま、普通のゆで卵だな。問題無い」
「そうなの?」
「あぁ、ラーメンに入れとけば、その味に染まるだろうよ」
なんてことはない、とジャックは煮卵の実を剥いてはボウルに放り込む。
トーヤはこれらを丼に盛り付ける役だ。
ジャックが設置したであろう簡易テーブル。
その上に丼を置いてジャックたちが処理した具材を加えてゆくのだ。
彼女のセンスは間違いが無く、主役であるラーメンの味、外観を崩さない程度にトッピングを加えていった。
小さなお椀は珍獣用であろうか。
それにもしっかり盛り付けを行う。
小動物にネギは大丈夫なのだろうか、という懸念もあるが、そもそも意味不明な存在なのでトーヤは気にしない事にした。
「出来たぞ。さぁ、食べよう」
「「「「わぁいっ!」」」」
「ふきゅ~んっ」
それは紛うこと無き【塩バターコーンラーメン】。
とろとろと蕩けてゆくバターの香りが食欲をそそる。
塩バターラーメンの白。
コーンの黄。
チャーシューと煮卵の茶。
ネギの緑の絶妙な配色は美しいの一言に尽きる。
「「「「「いただきます!」」」」」
合掌、一礼。
食材に感謝を捧げて絶品料理を頂く。
ずぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!
じゅるじゅるじゅるじゅるっ!
ずばばばばばばばばばばばばばばばばっ!
ぞぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!
ちゅるちゅるちゅるっ!
麺を啜る。
一心不乱に啜る。
汁が顔面に飛び跳ねようと、啜る音が煩かろうと構いやしない。
ラーメンは体面を気にした途端に味の格が下がるから。
「うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
トウキは叫んだ。
彼女は麺を咀嚼せずに丸飲みだ。
そうであっても圧倒的な存在感。
滑らかで艶やかで、口に入れた瞬間に、こいつは主役だ、と認識してしまう。
というか噛めない。
口に含んだ瞬間に、誰かに奪われない内にと腹の中に収めてしまいたくなる衝動に駆られるのだ。
「美味すぎて直ぐに飲み込んじまった!」
「僕もだ。これはいったい……」
それはトーヤたちも同じだったもよう。
「しっかり噛め。最初は淡白だが、後から豊かな甘みが顔を覗かせる」
「ジャックさん、咀嚼できたのか」
「当たり前だろ。たぶん、この麺……唾液に反応して味が変化するんだろうな」
流石は料理人のジャックは格が違った。
飽くなき味の探究者は、本能が示す欲望に打ち克つ理性を保っている。
「こいつを噛むのは困難だぜ……」
「ふきゅん」
トウキの言葉に珍獣が相槌を打つ。
一丁前にこの小さな獣は麺を啜ることが出来た。
それでもトウキは味の欲求に従い麺をなんとか咀嚼する。
もぐもぐ……もちもちっ、むちちっ、さらさら……。
「うおぉぉぉぉぉっ!? 咀嚼すればするほどに食感が変わってゆくっ! そして最後には完全に溶けて旨味のスープに化けやがるっ!」
麺は噛めば噛むほどに味を豊かにしていった。
そして、最後にはいつまでも口の中に残していたいと思うほどのスープへと変貌を果たした。
この正体は自分の唾液である。
麺はこの唾液を極上のスープへと変える性質を持っていた。
似たようなもので【マジックフルーツ】という果実がある。
この身を舐めてから酸っぱい果実を食べると素晴らしい甘さに変化するというものだ。
無味な唾液と麺が融合することにより、麺は唾液を極上の液体へと変化させる。
そこに麺に絡み付いた塩スープが少量加わり、唾液を極上の味へと昇華させてしまったのである。
「とんでもない麺だ。まさか自分の唾液が最高の食材になる日が来ようとは」
「しかもこれ、全然のびないんだぜ」
「……! た、確かにっ! トウキの言う通りだ! これをよそったのは、かなり前っ! しかも、いつから池に溜まっていたのかも分からない麺っ!」
トーヤは麺の能力に驚愕した。
そう、この麺はいつまでも最高の茹で加減を維持し続けていたのである。
「どういう理屈かは分からねぇが、ありがたいことだぜ」
「まったくじゃな。いつまでも美味いからゆっくり食べれるわい」
通常のラーメンは時間との戦いだ。
料理には美味しい状態の持続時間がある。
ラーメンはその性質上、その猶予が短い傾向にある。
それは麺がのびやすい、という一点に尽きるだろう。
その弱点が克服されているのが、ラーメンの滝の麺なのだ。
「つまり、ゆっくりじっくり堪能できる、ってこと?」
「ま、そういうこった」
ちゅるちゅる、と麺を啜るデューイにジャックは相槌を打つ。
流石は男性、ということでジャックは既に一杯目を完食。
二杯目に取り掛かろうとしていた。
ここには無限に麺が流れてくるのだ。
しかも最高の茹で加減を維持してだ。
スープもまた極上。
おかわりに遠慮する理由が何一つない。
ジャックがお代わり―――即ち【替え玉】を準備し始めると、こぞってお代わりを申し出る者が続出した。
 




