70話 珍妙なる滝
洞窟内を更に進む。
すると次第に奥から良い匂いが漂ってきた。
ゴツゴツの岩肌の洞窟には不釣り合いの匂いにトウキたちは目的地が近い事を察する。
「おいおい、この匂いって」
「うむ、目的地は近いぞい」
この匂いにトウキは涎をダバダバと垂れ流す。
口内に収めていられないほどのそれは、彼女の食欲の異常性を物語っていた。
きゅ~。
「……誰の腹の虫だぁ?」
「ごめん、私」
トウキの追及に対して素直に告白したのは赤毛ツインテールのデューイである。
彼女もまた、食いしん坊であるのだ。
ごぎゅるりっしゅぷぷぷぷりゅっ。
「今度はなんだぁっ!?」
「爆撃音だとっ!?」
それはトウキの頭上から聞こえてきた。
恐らくは新種の猛獣が彼女らの頭上で暴れているに違いない。
「ふきゅん」
「……なんだ、こいつか」
むにゅっ、とトーヤが珍獣を鷲掴んでひっくり返す。
すると、その小さな獣の腹からとんでもない爆音が響き渡った。
「ひっでぇ腹の音だな」
これにトウキが呆れる。
ごぎゅるりっしゅぷぷぷぷりゅっ。
「……トウキ?」
「オレ、オナカ、ヘッテナイアルヨ」
「じゃあラーメンはいらないな」
「すみませんうそついてましたそれだけはゆるしてください」
珍獣の主の腹の音も酷かった。
というか全く同じという。
このようなちょっとした足止めがあったものの、トウキ一行は無事にラーメンの滝があると思われる洞窟最奥に到達。
そこで彼女たちが見たものとは。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
洞窟内の滝から流れ落ちる大量の麺とスープの姿だった。
滝はかなり高く発生源が岩穴の奥となっているので、どのような仕組みでスープと麺が発生しているかは不明だ。
「こりゃあ、たまげるな。マジでラーメンの滝だ」
滝を流れ落ちた麺とスープは手前の池で旋回しつつ、やがて池底へと姿を消してゆく。
それを延々と繰り返しているのだ。
「流れ落ちては消えて行ってるわね」
「きっと、池の底に穴が開いているんだろうな」
「どこに行くのかしら?」
「さぁな? もしかしたらリサイクルされて滝から流れ落ちていたりしてな」
この不可思議な地球の状態、ジャックの言う事もあながち間違いということはない。
ラーメン池に溜まった麵とスープがどこに消えるのかは全くの謎であるのだから。
「そんなのはどうだっていい。とにかくラーメンだっ!」
「ブレないわねぇ。まぁ、同感だけど」
デューイはトウキの提案に大賛成。
ちら~り、とジャックを流し見る。
すると、スキンヘッドの彼は肩を竦めながら背負っていたリュックサックからオタマと菜箸、すくい網を取り出した。
すくい網は丁度、麺が一人前になるように調整された特注品である。
「後は丼、箸、レンゲ」
「俺は一番大きい丼でっ!」
「全部同じサイズだ。無限にあるんだからお代わりしろ」
「そっかー。ジャックさんは賢いな」
「まぁな」
トウキを軽くあしらったジャックは、ラーメン池から麺とスープを丼によそう。
麺は縮れ細麺。
そして、スープは透き通った黄金色。
毒味を兼ねてレンゲで黄金のスープを口に含む。
舌を突き刺す感覚は無い。
それどころか口の中に広がる豊かな風味と旨味の洪水に、ジャックは思わずスープを飲み込んでしまった。
「うっま。こりゃあスゲェ」
「あーっ! ずるいー!」
「毒味だ、毒味。毒は無いぜ、たぶんな」
苦笑いをしつつ、彼は人数分のラーメンを丼によそう。
いわゆる【素・塩ラーメン】の完成である。
「うひょう、ドシンプル」
「まぁ、麵とスープしか流れていない滝だしな。でも見ろよ」
「うん……? うおっ!? あれって!」
ジャックの指差した方角には洞窟には似つかわしくない樹が生えていた。
それは遠目ではただの青々とした葉を蓄えた一般的な樹にしか見えない。
だが、よく見ると、その樹がおかしい点に気付く事だろう。
「卵だっ! 卵が生ってる!?」
そう、それは【煮卵の樹】だったのだ。
しかも、ここに生えているのは、その新種。
ジャックとドクター・モモを除き、三人は煮卵の樹へと駆けていった。
「むっ……よく見ると普通の葉じゃない。ネギだっ!」
そして、トーヤは煮卵の樹の葉が小さなネギであることを看破。
「うっそぉ……樹の皮がチャーシューみたくなってる。味はどうなのかしら?」
デューイが樹の皮がチャーシューのようになっているのに気付く。
彼女はそれを一枚剥がし観察。
どこからどう見ても極上のチャーシューにしか見えない。
恐る恐る、それを口に運び咀嚼する。
「んっ、んっ、んっ……んまいぃぃぃぃぃぃぃっ! じゅうしぃっ!」
「マジかっ!?」
「大マジよっ! これをご飯の上に乗せて食べたいくらいっ!」
デューイは大興奮である。
これらはその見た目通り煮卵、ネギ、チャーシューの味と食感がする。
しかし、その正体は全てが植物性であり、果実と野菜に分類されるのだ。
つまり、超ヘルシー食材ということになる。
見た目以上にカロリーも少なめで腹いっぱい食べても大丈夫だ。
しかし、麺とスープは違う。
この二種だけは未知の食材であり、超高カロリーである。
それに気付くのはここから無事に帰ってからになるのだが。
「よっしゃ! こいつらをトッピングしようぜ!」
「バターバッタの翅とトウ・モロゴロシも追加よっ!」
「おう! いいな! 塩バターラーメンが出来上がるぞっ!」
トウキとデューイは大興奮だ。
トーヤも顔には出さないが内心ではウッキウキである。
「ほれほれ、おまえら。集まらんかい」
「今行くっ!」
トウキたちはトッピングを沢山抱えて、ジャックとドクター・モモの下へと引き返した。




