66話 トラクマドウジの懸念
すすきのが襲撃に遭った、という情報は瞬く間に日本全土に伝わった。
この時代、どこか一つでも都市が陥落すれば人類はそれだけ劣勢に陥る。
それを防ぐためのネットワークを構築しているのだが、今回の件で、それがほとんど意味を成さない事が発覚した。
ドッペルドールの転移システムに異常が発生し、すすきの地下都市に援軍を派遣することが出来なかったのである。
原因は不明。
ただ、転移システムに異常な負荷が発生しており、時折、ノイズのようなものが確認された。
この情報は旭川隕石攻略中のトラクマドウジたちにも伝わる。
旧旭川市の直前でキャンプを設営していた彼らは焚火を囲って食事をしながら、この情報について議論を交わしていた。
「どう思う?」
トラクマドウジはファイアピッグの串焼きを焚火の炎で炙りながら皆に問うた。
じりじりと焼けるバラ肉からジューシーな肉汁が滴り落ちる。
それは間もなく焼き上がり、トラクマドウジはそれを一気に、がぶり、とやった。
口の中を焼き尽くさんとする熱は、はふはふ、と口に空気を取り入れて冷却する。
噛む度にバラ肉の脂の甘さ、そして肉汁のどっしりとした味が混ざり、それを振り掛けた塩のしょっぱさとコショウのピリ辛さが引き締め、極上の味へと仕立て上げた。
無論、肉自体が持つ辛味も見事に調和されている。
これが不味いはずもなく。
「妙な話ね」
赤髪のクマドウジは串に刺したシシトウをさっと炙って口にする。
豚バラ串で脂っぽくなった口をさっぱりさせるには丁度良い串だろう。
「というと?」
クマドウジは小さな口で緑色のシシトウを少し齧って咀嚼する。
甘さが広がり、そして僅かな苦みと辛味が滲み出てきた。
「転移装置に不具合が発生した、って点。私たちが利用した時は良好そのものだったじゃない」
「うん、そうだね。それが僅かに三日でおかしくなるなんて変だ」
「それに転移システムは一時間おきにチェックが入るわ。異変が確認された場合は直ぐにメンテナンスが入る。常に万全の状態になってるはず」
クマドウジの指摘通り、ドッペルドールの転移システムは万全の状態を保つ方針であり過剰なくらいの点検が施されていた。
そのような中での異常。
しかも都市が襲撃されている、という最悪のケースでだ。
「トラ、すすきの襲撃の後、転移システムは?」
「直ぐに復旧したらしい。原因は特定できてないらしいよ」
「……ふぅん」
クマドウジは先ほど齧ったシシトウを再び口に含んだ。
その苦みで、ごちゃごちゃになっている思考を引き締めよう、との狙いだ。
「肝心な時に使えないシステムね」
青髪スレンダーのホシクマドウジはビールを喉に流し込んで愚痴を吐いた。
「今回の件で転移システムに絶対はない、ってことが分かった。これからは、それを踏まえて行動しないといけないね」
「だから常にチームで行動する必要があるってわけねっ♡」
これ幸いとホシクマドウジはトラクマドウジの腕を抱きしめ自分をアピールする。
悲しいことにホシクマドウジのパイパイはすっからかんであり、絵面的にもさみしい感は否定できない。
しかし、それでも十分にホシクマドウジの柔らかさは感じることが出来るようで、トラクマドウジもまんざらでもない様子を見せた。
「離れろ、発情まな板」
「んですって、陰険ナメクジ」
これにキンドウジが噛み付き、ホシクマドウジも応戦。
この場に緊迫感が発生した。
「はいはい、そこまで。喧嘩は無しだよ」
「「はぁい」」
一触即発の両者をリーダーであるトラクマドウジが諫める。
とはいえ、これはいつものやり取り。
彼女たちにしてみれば、じゃれ合っているだけなのだ。
「ま、なんにせよ。私たちは旭川を攻略して、ついでに隕石も攻略しなきゃならないわ」
キンドウジはミカンの缶詰を細い指の先端に生える爪で切り裂いた。
恐ろしいことに、それは鋭利な刃物と同等の鋭さと強度を兼ね備えているではないか。
とはいえ、常時、このような爪であるわけではない。
これはキンドウジのExtraスキルの効果である。
「はぁむ……」
シロップに浸かっている剥きミカンを指で摘まんで口に放り込む。
噛み締めると甘すぎるシロップと調和できるミカン酸味が口に広がって幸せな気分に浸れるだろう。
「むぐむぐ……当面は旭川ね。戦力的には十分、落とせると思うけど」
「僕もそれについては心配してないよ。問題はすすきのを襲撃した獣についてさ」
「人型で歪な存在、って程度の情報しか伝わってないわね」
「うん、おかしな話さ。これだけの事件だというのに、【僕らにすら】最低限の情報しか寄こさないのは」
トラクマドウジは本部の精鋭、そして幹部よりも権限を持つ者。
そんな彼に最低限の情報しか渡さない事を指示できるのは極限られた者たちだ。
「(統括の指示か? しかし、彼は……)」
トラクマドウジの脳裏に軍服を着こんだ軍人の後ろ姿が思い起こされた。
彼はトラクマドウジの尊敬する数少ない人物であり恩師でもある。
この世界の状況を本気で憂う人物でもあった。
「まさか……な」
「どうしたの?」
「なんでもないよ、クマ」
様々な推測が浮かんでは消える。
しかし、それはあくまで推測の域を越えない。
なのでトラクマドウジは考えるのを止めた。
決定的な証拠がないまま、あれやこれと考えれば結果として悪い方向に転がりかねない事を懸念した形だ。
「なんにせよ、僕らは僕らの仕事を片付けよう。考えるのは後でいい」
チームリーダーの結論に、メンバーたちは頷いた。
パチパチと音を立てる焚火。
それは彼らの不安を和らげるのか、それとも――――。




