65話 傾き
一段落したところで桃吉郎は町の状況を老科学者に問うた。
「そういえば、町はどんな感じだ?」
「だいぶやられとるようじゃ。一般市民なんかは被害が大きいのう」
「一般市民……そういえば輝夜は?」
桃吉郎は思い出したかのように幼馴染の安否を問うた。
これにドクター・モモは呆れた。
だが――――――。
「あの子は無事じゃい。そもそも、心配など微塵もしておらんじゃろ」
「失敬な。少しくらいは心配しているさ」
「あの子とて、吉備津流を体得しておるんじゃ。あれ程度、どうにでもなるじゃろう」
「まぁ、そうなんだけどな」
輝夜はああ見えても吉備津流の教えを身に付けていた。
現段階で柔の型は桃吉郎よりも優れているくらいだ。
ただ、彼女の場合、そこにアレンジが入る。
武器の使用だ。
「かっかっかっ、包丁でフォールンドールを捌いておったぞい」
「おっかねぇな」
輝夜にとって包丁は手の延長である。
それを使い、食材のみならず敵すらも調理してしまうのだ。
食える物ならそのまま料理に。
食えないのであれば廃棄となる。
「輝夜は心配ないだろう。実戦経験こそ少ないが、少なくともお前よりかは堅実に戦うだろうし」
「凍矢がいじめるよ、ジャックさんっ」
桃吉郎は凍矢にいじめられた、とジャックに主張し助けを求めた。
「そっちで甘えられてもキモいだけだな」
「ひどぅいっ!?」
これに関してはジャックに激しく同意である。
「なぁに? 私の噂なんかしちゃって」
「おっ? 輝夜」
そこにコックコート姿の輝夜がトレイに何やらを乗せて姿を見せた。
「いや、一応、おまえを心配してたぞ、ってな」
「心配なんていらないわよ。これでも師範代なんですからね」
「ですよねー」
輝夜は料理人と同時に武術家である。
とはいえ、その割合は料理人8:武術家2の割合。
よって、彼女はほぼ才能だけで師範代の座まで上り詰めたということになる。
才能の塊、影月・輝夜は、そういう女なのだ。
「ところで、それはなんだ?」
「あら、食べるんでしょ? アイアンゴーレム」
輝夜の返答を耳にして、桃吉郎を除く者たちがギョッとしたのは言うまでもなかろう。
「た、食べるって! マジで食うつもりだったのかっ!?」
「あたぼうよ」
ドヤ顔の桃吉郎にジャックは呆れかえった。
しかし、それを調理してきた輝夜に対して一番呆れるべきである。
「苦労したのよ~? 鉄の細胞をお団子クラスまで柔らかくするのは」
「流石は輝夜様。人にはできない事を平然とやって見せる! そこに痺れる憧れるぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「ふふん、もっと讃えなさいな」
スッと差し出した更にはメタリックな球状の物体に櫛が刺さっている物だった。
その形状を、人は【串団子】という。
「団子にしたのか」
「うん。なんせ鉄を食べるだなんて言う馬鹿がいるとは思わなかったから。折角、作るんだし、だったら食材の味を最大限に活かせる料理にしようかなって」
「その選択、間違いじゃねぇぞ」
尚、前提からして間違いである。
「それじゃあ、いただきまぁ~す」
合掌、一礼。
ゴリラは食材に感謝を捧げ……鉄は食材に含んでいいのだろうか。
とにかく、桃吉郎は鉄団子を口に運んだ。
くにゅ、むちぃ……ぷつん。
なんと、それは従来の串団子同様に柔らかく、しかも歯で噛み切れる物であった。
「うん……うん……うん? んん?」
くちゅ、くちゃ、くちゅ……ごくん。
「うん! 不味い!」
「ですよねー」
それは美味しくなかった。
まず、鉄の臭いと味が口いっぱいに広がる。
一応は甘い味付けを加えているが、そんなものは鉄の臭いと味で全部吹っ飛ぶ。
とにかく鉄臭く、まるで血のような味もした。
「こりゃあ、食えたもんじゃねぇな」
「そういう割には完食してるのね」
「俺は、おまえが作った料理を残したりしねぇよ」
「……♡」
輝夜は桃吉郎のこういった部分が純粋に好きだった。
無償の信頼。
桃吉郎は輝夜に対してこういった側面を持つ。
「……」
これに対し、凍矢は自分が輝夜に向けて嫉妬している事実に愕然とした。
これまでは無かった感情だ。
「(何を考えている……)」
ただ、表情には出なかったのが救いか。
度重なる女性体への同期は確実に彼の精神を蝕んでいる。
その影響は桃吉郎にも現れてはいるが、彼は男性ホルモンがこれでもかとハッスルしているため、ある程度は浸食を抑え込めているのだ。
しかし、凍矢は違う。
彼は元々、女性寄りの性格であり、体型も女性寄りだった。
それはほんの僅かなズレで、男にも女にも成るというもの。
中性、それが凍矢を最も言い表せる言葉であろう。
だが、偏り始めている。
もう一人の自分の可能性を理解してしまったが故に。
「(違う! 僕は桃吉郎なんか……)」
心でそれを否定し、しかし、桃吉郎の分厚い胸板が眼に飛び込んで来た瞬間、何かがキュン♡と反応してしまった。
「少し席を外します」
「どうした、凍矢? ウンコか?」
「違うっ!」
凍矢は顔を真っ赤にしてラボを飛び出していった。
「変なやつ」
桃吉郎は首を傾げ、自分の相棒の背を見送った。
 




