60話 百式火縄銃
「当たれっ!」
凍矢が百式火縄銃の引き金を引く。
どう見ても骨董品の銃。
その銃口から解き放たれたのは真紅の光線。
最初はか細い光線だった。
それが再生中の肉巨人の胸部に当たる。
変化はない。
威力など皆無なのであろうか。
これに凍矢は落胆する。
だが、それも極僅かな時間。
落胆の方が有り難かったすらある。
ワンテンポ遅れて地獄の業火が解き放たれたのだ。
渦巻く激しい炎は赤く細い線に絡み付く龍のごとし。
その熱は周囲を沸騰させ大気を焼き焦がす。
同時に凍矢にも変化が生じた。
「う……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
凍矢が悲鳴を上げる。
パキパキと凍り付いて行く凍矢の身体。
これは百式火縄銃の冷却機能か。
否――――この炎は確かに凍矢を炎から護っているが事実は異なる。
喰っているのだ。
この銃は。
彼の【生命の炎】を。
だから凍り付く。
凍ってゆく。
熱を失い、死に近づく。
「(死ねるかよっ!)」
ならばどうするか。
燃やすのだ。
命を。
凍矢はそれを頭ではなく、本能で理解した。
炎と氷がせめぎ合う。
それは正しく生と死と。
今回は生が勝利した。
次は分からない。
全てを燃やし尽くすであろう獄炎の龍が肉巨人へと到達。
それは巨人の肉を燃やしながら全身へと広がってゆく。
炎の龍はまるで生きているかのように巨人に絡み付き、その全身を燃え上がらせた。
人肉が焼ける嫌な臭いが立ち込める。
桃吉郎の屁よりもマシというのが酷い。
「うっ……げほっ、げほっ……!」
パキパキと割れる氷。
身体の表面だけだったが、熱を奪い尽くされれば当然、凍矢は氷像と化し粉々に砕け散る定めにある。
百式火縄銃を扱うということは、こういうことなのだ。
「くそっ、ドクター・モモめっ! とんでもない物を僕に預けてっ!」
恐らく、いや、間違いなく、この銃は凍矢以外に扱うことが出来ないだろう。
それほどまでに人を選ぶ銃なのだ。
身体が凍り付くという異常事態に、瞬時に命を燃やす、という選択肢が取れて実行に移せる者など極僅か。
ゴリラは出来るだろうが、あれは致命的に銃の取り扱いが下手だ。
豚に真珠なので与えてはいけない。
名銃も鈍器に成り果てるだろう。
「なんだぁっ!? やったのは凍矢かっ!?」
突然の乱入者に流石のゴリラも驚いた。
その龍に凍矢が関与している、と勘付いたのは、それから凍矢の気が感じられたからである。
しかし、ゴリラ脳を侮ってはいけない。
驚いたのは、ほんの一瞬だ。
「でも関係ねぇ! 行くぜ、エルティナっ!」
「ふきゅん」
刀が返事を返すという異常事態はしかし、異常の中にあって通常。
そもそも誰もツッコミを入れないのだから当然である。
「刀が返事を返しちゃダメでしょっ!?」
「うわっ、びっくりしたっ!」
「ふきゅんっ!?」
ツッコミの鬼デューイは流石であろう。
桃吉郎もびっくりする瞬間移動ツッコミは人類初の事だ。
これは間違いなくExtraスキル【ツッコミ】に間違いない。
「桃吉郎、独りで突っ走るなっ!」
「しょうがないじゃん、ジャックさん」
このタイミングでジャックとデューイが合流できたのは幸運としか言いようがない。
彼らは戦力的には不足と言えよう。
しかし、桃吉郎を制御する、という意味ではこれ以上ない人材なのだ。
この二人は桃吉郎にとって護るべき存在。
であるなら、そのように動くのは当然の事。
「お説教は後でな」
「あぁ、まずはアレをどうにかしよう」
桃吉郎は身近な護るべき者たちによって、また自らも護られている。
強大な力は自分自身も傷付けるのだ。
「―――そうじゃ。おまえさんは傷付いてはいかん」
ドッペルビル屋上。
そこに白衣の老人が桃吉郎たちの戦いを見守っていた。
エルティナ、そして百式火縄銃の活動を監視していた、が正しい。
「衣笠――――いや、ジャック。そしてデューイ。おまえたちが鍵なのやもしれん」
仲間の為に我が身を顧みない。
そこは彼らにとって正しく死地。
しかし、ジャックとデューイは迷わなかった。
「イレギュラーよ。わしはお前たちに期待しよう。凡人よ、奇跡を起こしてくれい」
ドクター・モモが見守る中、桃吉郎たちはそれぞれの武器を構える。
「行くぜっ!」
「「おう!」」
超人、天才、そして二人の凡人。
彼らは突如舞い降りた厄災に、チームとして戦いを挑む。




