58話 秘密
ドッペルビル内は避難民でごった返していた。
避難民を掻き分けてソウルリンクを急ぐ衣笠。
エレベーターは使えない。
避難を求める人々で麻痺状態だ。
再び階段を駆け上ることになる衣笠。
流石に身体が悲鳴を上げる。
だが、休むのはソウルリンクしてからだ、と自らを鼓舞する。
「(男の九割はやせ我慢っ!)」
駆け込むは操縦席。
そこにドクター・モモの姿があった。
「遅いぞい、衣笠」
「ぜぇっ、ぜぇっ……これでも、大急ぎだったんだぜっ」
ドクター・モモがソウルリンク用のヘルメットを衣笠に投げて寄こした。
それを片手で受け止める。
もう片手は美保を抱きかかえたままだ。
「美保、やるぞ」
「……うんっ!」
美保は衣笠から降ろしてもらい、そのままの姿で操縦席に着く。
衣笠もハンドガンをドクター・モモに託して座席に着いた。
床が開き、衣笠、美保の分身、ジャックとデューイの保存カプセルが床からせり出して来る。
両者はヘルメットを被ってスイッチを入れた。
そして、渾身の怒りを込めて宣言するのだ。
「「ソウルリンク・スタート!」」
ジャックとデューイ、二人の戦士が今、覚醒した。
「行ってこい、戦士たちよ」
ドクター・モモはジャックにハンドガンを投げ渡す。
「あぁ、直ぐに片づけてくるさ」
「絶対にあいつら許さないんだからっ!」
ドッペルドールたちは緊急用スロープを使用して一気に一階へと降り立つ。
そして、ビルの前で戦っているであろう桃吉郎の下へと駆け付けた。
「お? 来たな?」
「待たせたな」
到着するや否や、ジャックはハンドガンを発砲し人間モドキたちを仕留める。
桃吉郎が仕留めた人間モドキたちのすぐ後に増援が到来し、いたちごっこの様相を呈してきたところであった。
「桃吉郎、早くドッペルドールに」
「いや、俺はこのままの方がやり易い」
「はぁ?」
桃吉郎はニヤリ、と笑って見せた。
それは獰猛な肉食獣が見せる威嚇と同じ効果があった。
「外で暴れるなとは言われたが、中で暴れるなとは言われてねぇ」
ジャックは一瞬で理解した。
桃吉郎をトウキと同じ物だと考えてはいけない事を。
完全な別物として考えなければ、火傷どころでは済まないと確信したのだ。
「久しぶりに……暴れるかぁ」
口角がつり上がる。
その茶の瞳に螺旋が走る。
明らかにヤバい何かが発動した証だ。
「ここ、任せるぜ」
「……やるのか?」
「応、デカいのは男のロマンだし、仕事だろ?」
「ちげぇねぇ」
戦士は駆け出した。
狙いは人間モドキの集合体。
それは、逃げ延びた人々の拠り所を破壊せん、とゆっくりと近づいてきていた。
一方その頃―――――凍矢はドクター・モモと対面していた。
場所はドクター・モモのラボ。
二人以外に人の姿は無い。
「博士、あなたの予想通りだ」
「かっかっかっ、予想ではない。これは【過去に起こった事実】じゃ」
「……」
「歴史は繰り返す。防ぎようは無い。じゃが……」
「未来は変えられる」
「凍矢。その意思を決して曲げるでないぞ」
ドクター・モモはトーヤではなく、凍矢にその銃を託した。
「百式火縄銃【ヒノカグツチ】じゃ。おまえの氷の心で、燃え盛る炎を御してみい」
それは時代錯誤ともいえる古めかしい火縄銃だった。
しかし、凍矢がそれを手に取る、と身体の全てを焼き尽くされるかのような錯覚に陥る。
「う……お……!?」
「決して、取り込まれるでないぞ。それは、おまえの【切り札】にして、【全てを終わらせる】最終手段。努々、間違えるでない」
「あなたは……僕を買い被り過ぎだっ!」
凍矢はびっしり脂汗を噴き出し、この誘惑に抗った。
それほどに悪魔的な力を持った銃であったのだ。
「おまえさんしか託せんのじゃ。おまえさんにしか……の」
普段のドクター・モモからは想像もできない真摯な眼差し。
それは、彼が本気で凍矢に期待しているという証明足り得ろだろう。
その眼差しは他者には決して見せない。
見せてはならないのだ。
「くそっ」
踵を返す。
向かうは凍矢の戦場だ。
「行くがいい。そして、未来に抗うのじゃ」
二人が抱える秘密は決して他者には伝えられない事。
それは桃吉郎にすら、だ。
「(ドクター・モモが何を想って、僕にこの真実を託したのかは分からない。だが)」
廊下を走り地上を目指す。
だが、彼が向かった先は窓。
32階の窓から凍矢は飛び出した。
「吉備津流・柔の型!【羽衣】!」
凍矢の足は何か柔らかい物を踏みつけるかのように弾む。
しかし、彼はまだ空中にあった。
そう、彼は宙を踏んで、あまつさえ、そのまま駆け抜けていったのだ。
【羽衣】は足の裏に気を巡らせ、空気と干渉することによって摩擦を生み出す。
そうすることによって宙を走ることが可能となるのだ。
奥義の【天翼】ともなれば、自由自在に宙を舞う事も可能となろう。
「変えてやる! 僕の力で! 最悪の未来を!」
凍矢は恐怖を慢心の咆哮で打ち砕く。
ドクター・モモから語られた、この星の行く末。
桃吉郎の未来。
末路。
そして――――自分の成れの果て。
凍矢の視界の先に人間モドキと戦う桃吉郎の姿。
その姿は修羅か悪鬼羅刹か。
「まだ行くな、桃吉郎! おまえは……人間で居続けろ!」
凍矢は百式火縄銃を構えた。
 




