57話 迷わぬ覚悟と貫く勇気
襲撃は何もドッペルビルだけではない。
住民の暮らす住居にも及んだ。
そこにはデューイを操る四国・美保の住宅も含まれている。
まだ微睡みの中にあった美保はこの騒ぎに、近所の若者が酔っぱらって暴れているものだ、と踏んでいた。
なので、そのまま二度寝に移行しようとしていた矢先に、窓ガラスを割られて内部へと進入される。
「な、何ごとっ!?」
流石の彼女もこれには跳び起きる。
寝間着はセクシーなネグリジェ。
ピンク色のスケスケの奴で、美保のスタイルの良さが際立つ。
彼女の部屋に侵入して来た人間モドキは身体から無数の触手を伸ばすキモいタイプだ。
18禁ゲームであれば、美保はあっという間にアーレーされるであろうが、本作は残念ながらそういった類の物ではないので諦めていただきたい。
何はともあれ、美保の白い肌に伸びる触手。
まぁ、先ほどそのように言ったばかりであるが、どうやらこの人間モドキは美保で楽しんだ後に喰らうつもりのもようで、彼女のネグリジェをバラバラに引き裂いてしまった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
これには歴戦の猛者である美保でも悲鳴を上げてしまうだろう。
それに、ドッペルドールを操っていない彼女は非力な女性でしかない。
戦うなどもっての外。
逃げるにしても人間モドキの身体能力の前ではやるだけ無駄なのだ。
ハッキリ言おう。
パイロット自体は弱い。
猛獣と生身で戦うなど絶対に行ってはいけないのだ。
……ごく一部を除いては。
取り敢えず、美保は手あたり次第、部屋にあった物を人間モドキに投げつける。
だが、非力な彼女の投擲など避ける必要すらない。
じりじりとすり寄る触手人間。
「こ、来ないでっ!」
その願いも空しく美保は触手に絡め取られる。
彼女の脳裏に凌辱され食い殺された記憶が蘇った。
あの時はドッペルドールだったので復活が叶ったが今は本体だ。
凌辱されれば身体に痕跡が残る。
何よりも、死んでしまったら蘇る事などできはしない。
「ひぃっ!」
美保は恐怖の余り失禁した。
その湿った布地を容赦なく引き裂く人間モドキは嫌らしい笑みを浮かべる。
このままでは、いよいよ以って美保のアレがアレしてピーになってバキューンする。
早く来てくれー! GORIRA!
このままでは、もう持たんぞぉぉぉぉぉっ!
パンッ! ぐちゅっ!
パンッ! ぐちゅっ!
パンッ! ぐちゅっ!
三度、何かを貫いた音。
しかし、それは美保を貫いた音ではなく。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
のた打ち回る人間モドキ。
激痛のためか、美保を捕らえていた触手を解いてしまう。
「走れっ! 美保っ!」
「あ……う……! ジャック!」
「今は衣笠・衛だ」
桃色に近い色の銃を構える衣笠。
彼が美保を凌辱せんとする人間モドキを撃ったのだ。
間一髪のところで救われた美保は震える足で彼の下へと走る。
何度も転びかけるが何とか衣笠の下まで辿り着くと、いよいよ立っていられなくなる。
崩れ落ちる美保を抱きとめる衣笠は、怒りに燃える人間モドキの眉間に銃の照準を合わせた。
「悪趣味だぜ、おまえ」
パンッ。
弾丸は寸分違わず、人間モドキの眉間を貫き仕留めるに至った。
「ぐすん……衛さん、ジャックと区別が付かない」
「まったく弄って無いからな。それにしても酷い姿だ」
今の美保は全裸で、しかも漏らした後だ。
美人台無し、というか事後。
そう言うのがお好きな方には刺さる姿だが、生憎と衣笠にそのような趣味は無い。
「着替えを……って時間は無さそうだな」
「えっ?」
美保には何を言っているか分からなかった。
ジャックはベストを脱いで美保に着させる、とそのまま抱き上げた。
「ドッペルビルに向かう! しっかり掴まっていろ!」
「ちょっ! 着替えぇぇぇぇぇぇ……えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
美保の悲鳴は困惑から悲鳴に変わった。
巨大な何かが美保の自宅を踏み潰してしまったからだ。
それは無数の人間モドキが歪に融合して作られた巨人だ。
それは無数の悲鳴を上げている。
それは数えきれないくらいの怨念が詰まっていた。
「洒落にならんな」
「ごめん、また漏らした」
「今は素っ裸だから気にするな……気にするわ」
残念ながら、美保のおしっこは衣笠に掛かっていたもよう。
彼のズボンの膝がしっとりと濡れていた。
「あとで弁償な」
「うん、生きてたらね。ぐすん」
「必ず生き残れるさ。生き残らせてみせる」
生身であるにもかかわらず、衣笠は成人女性を抱きかかえての全力疾走を維持している。
これは衣笠・衛とジャックの能力が同じということを裏付けるものだ。
彼はこの有事を想定していた。
いつか起こるであろう最悪。
それに備える意味でドッペルドールを一切弄らず、生身とドッペルドールの動きの誤差を完全になくした状態を維持していたのだ。
だからこそ、緊急時に身体が強張らず最高の状態で動かせる。
衣笠・衛、ジャックが他者より優れている点を挙げるのであれば、窮地の際に見せる【勇気】であろう。
彼は、桃吉郎に……トウキに勝る強さは無い。
彼は、凍矢に……トーヤに勝る冷静さは無い。
彼は、美保に……デューイに勝る特別な能力は無い。
衣笠・衛、そしてジャックにあるのは、誰しもが持ち得るであろう、特段に特別なものではない決断力。
そして、それを迷わず選べる覚悟。
それを貫き通す勇気だ。
彼の動きに迷いはない。
「衛さんっ!」
美保が悲鳴を上げる。
進路を阻むかのように人間モドキたちが集まりつつあったのだ。
その先にドッペルビル。
「突っ切る!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
衣笠に迷い無し。
ここで迷えば全てが途切れる、と確信していたからだ。
そして何よりも、奴らが来る、と信じていたから。
彼の直感は極めて正しい。
天から何かが降ってきた。
それはドッペルビルを護っていたドッペルドールたちの前に墜落する。
相当な衝撃だったのだろう。
そこで攻防していたドッペルドール、人間モドキ双方を吹き飛ばしてしまったではないか。
巻き上がる砂煙。
それが晴れる前に、そこにツッコむ衣笠。
「任せるぜ」
それを成した者に衣笠は通り抜けながら声を掛けた。
「任された」
応えた彼はニヤリと笑う。
そして、腕を振るう。
砂埃が一瞬にして掻き消える。
そこには英雄の姿があった。
「吉備津流・継承者! 木花・桃吉郎、見参!」
剛腕を突き出す。
「この拳を恐れぬのなら……掛かって来い!」
人間モドキたちが襲い掛かってきた。
だが、それは恐怖からだ。
勝てると踏んでの事ではない。
彼らは桃吉郎の闘気に当てられ、錯乱状態に陥ってしまったのだ。
こんな状態の人間モドキなど遅るるに足らず。
「吉備津流・剛の型!【轟】!」
黄金の竜巻が人間モドキたちを喰らい尽くす。
ある者は引き裂かれ、またある者は粉々に砕かれるだろう。
この竜巻から逃れる術は無い。
桃吉郎の【轟】による範囲攻撃で、人間モドキたちは一瞬にして壊滅してしまったのであった。




