55話 襲撃
トラクマドウジのトウキスカウト失敗から数日後。
彼らは数名のドッペルドールを引き連れて、すすきの要塞を後にする。
旭川を攻略し、隕石を政府の管理下に置くためだ。
これが成ると史上初の出来事となり、彼らは名実ともにドッペルドールパイロットのトップエースの座に君臨することになろう。
しかし、そんなことはトウキたちにとってはどうでもいい事であり。
そして、本体たる桃吉郎にとっても些末な事であった。
彼にとって何よりも優先するべきことは食料の確保。
親しい人々が飢えないようにする事だ。
今日も桃吉郎は日課のトレーニングをこなす。
超人的で殺人的なトレーニング量は短時間の内に消化され、それはあたかも普通に見えてしまう。
それを、ほぼ毎日、欠かさずに行う。
いつもの公園で呼吸を整える桃吉郎。
その背中には奇妙な存在感を放つ刀の姿。
ドクター・モモがエルティナと命名した桃色の刀の姿。
この時代、既に銃刀法などは形骸化しており、誰も咎めようとする者などいない。
寧ろ、護身用として銃の一丁や刀の一本を持て、と推奨されるほど。
自分の身は自分で護れ、が当たり前の世界。
それが、現代なのだ。
「……」
今日の分のトレーニングを終えた桃吉郎は何気なしに背の刀を抜いた。
何故だか、呼ばれたような気がしたのだ。
ふきゅん。
そんな音を発して鞘から抜かれる桃色の刃。
「……」
桃吉郎は無言でそれを眺める。
地下すすきのの朝はまだ来ない。
街灯の明かりに刀をかざす。
桃色の刀身はそれを受け止めて神秘的な輝きを放った。
「……」
どういうことか桃吉郎はこの光景を知っていた。
それも、生まれる前から。
それはデジャヴであろうか。
それとも彼の思い込みであろうか。
ただ一つ言える事。
それは、この刀が普通ではない存在であるということだ。
「おまえも……飢えているのか?」
桃色の刀の周囲が歪み、刀に引きずり込まれている。
喰っているのだ。
周りの光を、闇を、熱を、水分を、空気を、砂埃を。
桃吉郎の放つ微弱な電気、そして闘気までも。
それは直ちに影響を与えるものではない。
しかし、放っておけば甚大な被害になるであろうことが予想できた。
だから、桃吉郎はエルティナを鞘に納める。
ちんっ。
そんな金属音を奏でて奇妙な刀は鳴りを収めた。
―――と、桃吉郎の頭の奥。
そこに鈍痛を感じ取る。
古傷を撫でられるかのような、そんな感じがした。
無論、この男に傷が残るということはない。
驚異的な頑丈さに加え、異常な回復能力をも併せ持つ規格外生命体《GORILLA
》なのだ。
「なんだ? 今の痛みは?」
その痛みに嫌なものを感じる。
「おまえか?」
桃吉郎は背のエルティナそう問うた。
刀は答えない。
その代わりに結果を見せた。
遠くで破砕音。
やや遅れて非常サイレンが鳴る。
地下都市に脅威が迫った、と知らせるサイレンだ。
「なん……だと……?」
この時代、そして、地下都市に非常サイレンが鳴るなどあってはならない出来事だ。
何故なら、地上を繋ぐ唯一の道は要塞によって護られている。
しかも、そこにはドッペルドールたちが常勤しているのだ。
猛獣の大群が押し寄せてきたとしても、地下都市への道は塞がれており、それに猛獣たちが気付くということはほぼ皆無だろう。
唯一の道も24時間体制で見張っているため、開けっ放しということはまずありえない。
では、持ち込んだ食材が猛獣として再生したか。
その線も否定できないが、食糧庫は地下都市の更に奥深くに作られておるので、そこから這い出てくるとなると、相当なレベルの猛獣となろう。
地下すすきのには、そのレベルの猛獣は持ち込まれていない。
それを狩れるパイロットがいないからだ。
では、あと考えられる不測の事態は何か。
桃吉郎は嫌な予感を感じ取る。
「桃吉郎!」
「凍矢か!」
今日は珍しく二人とも道着姿だ。
凍矢は型の稽古を行っていた最中に、この事態を知った。
「なんだか、嫌な予感がする」
「僕もだ。急いでドッペルドール管理センターへ……」
「そんな時間は無さそうだぞ?」
ひたひた、と獣の足音が近づいて来る。
それも、一匹ではない。
複数だ。
「……どうなっているんだ?」
「さぁな? だが、俺たちがやることはただ一つだ」
桃吉郎は構えた。
同時に公園の物陰から複数の影が飛び出てきた。




