52話 どんな理論だ
トウキが、トーヤの開けた穴を見据えながら駆ける。
手に持っているのはオーラウィップだ。
刀は抜いていない。
「吉備津流・柔の型【清流】」
この型は全身の力を抜いて柔軟な動きを可能とする特殊な呼吸法だ。
とても面倒臭い手順を踏まなくてはならないので桃吉郎が使いたくない型トップテンに入る。
吸う、吸う、吸う、吐く、吐く、吐く、を小さく小刻みに三度繰り返した後に、長く吸い込み、深く吐き出すを三度繰り返す。
そうすることにより柔の型【清流】の発動準備が整う。
整い終えたのなら、今度は整った道に気を流し込んで循環させるのだ。
凍矢はこれを得意とするが、食以外の事に対しては面倒臭がりな桃吉郎は苦手としている。
だが、出来ないことはない。
寧ろ、桃吉郎がこれを用いた場合、凍矢のスペックを遥かに超える。
そして、この型は女性との相性が非常によろしいのだ。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ……起動っ」
シュボッ、との発火音。
トウキの全身が金色に輝きだす。
これによって人知を超える超反応が可能となった。
ただし、度の過ぎた超反応は肉体を損傷させる危険が孕んでいる。
だからこその気による肉体強化。
尚、桃吉郎はこのような手順を踏まずとも超反応が可能だし、肉体が損傷することはない。
寧ろ損傷し回復すると細胞が進化し、今度はその不可に耐えることが出来るようになってしまうだろう。
これ以上、ゴリラを進化させてはいけない。
「おりゃっ!」
トウキはオーラウィップを振りかざし、鉄巨人へと振り下ろす。
その鞭は彼女の気の影響を受けて金色に輝いているではないか。
鞭の先がアイアンゴーレムに命中した。
だが、それが鉄巨人にダメージを与えたかというと否である。
しかし、それは鉄巨人に吸い付いて離れない。
「上手くいってる! これを利用して上へっ!」
トウキは鞭の特性を利用しながら鉄巨人をよじ登って行った。
このドクター・モモ製の鞭は気を流し込むと先端部分が吸引が可能となる機能が仕込まれている。
吸引、といっても掃除機の類ではなく吸盤のようなものだ。
これは気を操作することによって着脱が可能。
吸引、解除を繰り返せば、断崖絶壁ですらアクロバティックに移動することが可能となろう。
ただし、今のトウキは力技でアイアンゴーレムをよじ登っている。
その姿はさながらカサカサと壁を移動するGのごとし。
ひゅん、ぺちっ、カサカサカサ……ひゅん、ぺちっ、カサカサカサ……。
「もっと華麗に登れそうよね」
「言ってやるな」
デューイのツッコミにジャックは苦笑するより他にない。
アイアンゴーレムは直進速度こそ歩幅によって稼げるが、旋回能力がかなり低いようで、それを見抜いたジャックはゆっくりと鉄巨人の周囲を回っている。
そうこうしている内に遂にトウキが首の穴へと到達した。
「やっぱ、かなり大きな穴だった」
ビームスナイパーライフルの作り上げた穴は、トウキが苦も無く入り込めるほどの大きさだった。
これはトウキに煽られたトーヤがフルパワーで発射したためだ。
「お邪魔するわよ~」
なんだか、おばさん臭いセリフを吐きながら穴に侵入。
内部は完全に闇の世界だが、トウキは勘でアイアンゴーレムの中心部分へと到達。
「ここら辺かな? それじゃあ、いっくぞ~!」
そういうや否や、その場でくるくると回転し始める。
「回転することで2倍!」
更に回転を速める。
「もっと回転することで4倍!」
ん?
「気をもっと流すことによって8倍!」
いやいや。
「おっぱいの遠心力で12倍!」
そうはならんやろ。
「そして……トウキちゃんの可愛さで威力1000倍だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
さては、もう理由が考え付かなくなったな、こいつ。
何はともあれ、トウキは超高速回転しながらオーラウィップを振り回す。
すると過剰な気を流し込まれた鞭が誤作動を起こし、鞭に流し込まれた気を放出し始めてしまったのである。
それはまるで、幾つも繋げた延長コード。
だが、それでも鉄の装甲を切り裂くには至らない。
しかし、トウキは諦めなかった。
「トウキちゃんっ、フルパワ~!」
回転し過ぎて頭がパーになったのだろう。
その時、不思議な事が起きた。
トウキの気が徐々に黄金から桃色に変化し始めたではないか。
それはオーラウィップに浸透して行き、遂には延長部分にまで至った。
ザンッ!
打撃武器であるはずの鞭がアイアンゴーレムの首を内部から切り裂く。
珍妙奇天烈な気が、まるでビームの刃のごとき性能を持った瞬間であった。
「おうっ? やった! トウキちゃん理論は正しかった!」
そんなわけない。
だが、彼女の秘められた何かが解き放たれたのは確かだ。
動きを止めたアイアンゴーレム。
その首が徐々にスライドし始める。
「トウキ……やったのか?」
「うっそぉ!? あの子、本当に首を切っちゃった!?」
ピクリとも動かない鉄の巨人。
その中であって、ずり落ちてゆく頭部。
トーヤとデューイは、その信じられない光景に目を奪われている。
「うん? あれ、ヤバくないか?」
「奇遇ね、ジャック。私もそう思うわ」
仮にアイアンゴーレムの頭部があの高さから地上に落ちた場合、かなりの衝撃を撒き散らす。
ジャックの車程度なら簡単にひっくり返ってしまうだろう。
「ぴゅい?」
「ぴぃ、ぴぃ」
「デューイ! トーヤちゃん! お米シャワーを落とすんじゃないぞっ!?」
「ガッテン!」
「早く出してっ!」
ジャックは血相を変えてアクセルペダルを踏み込む。
急いでその場を走り去るDBC。
背後で巨大な何かが地面に落ちる音。
そして振動。
ジャックはこの時ばかりは、普段絶対に祈らない神に祈りを捧げたという。
 




