5話 人外
木花・桃吉郎の朝は早い。
AM4:00には跳び起き身支度を開始。
それが済むや否や筋肉トレーニングを開始する。
だが、そのトレーニング方法が一般的なものとは違う。
明らかに間違ったトレーニング方法。
いや、彼にとっては最適解なのか。
200キログラムのバーベルを片手で持ち上げる筋力。
それを、それぞれの手でもって行う。
日本は地震大国。
しかも地下ということもあり全ての建築物は鉄筋コンクリート製であり、これだけの重量でも床が抜ける心配はない。
だからこそ、桃吉郎のトレーニングは日々、異常な進化を遂げていった。
今ではゴリラを超えるゴリラ、【超ゴリラ】と化しているのだ。
「ふぅ……そろそろ300キログラムにしてみようかな」
しかも、まだ増やす気満々である。
筋肉トレーニングを終えた桃吉郎は外へ出た。
今度は肺機能を鍛えるためランニングを行う。
42.195キロメートルを全力疾走するという狂気の沙汰だ。
しかも、これを可能な限り毎日行う。
最早、人間とは言い難い生命体に仕上がりつつある彼は、変態といっても差し支えはないはずだ。
ランニングを30分で終わらせた桃吉郎は、しかし、まだ時間を持て余している。
レストランの朝食はAM7:00からだ。
現在はAM6:00である。
「ちと早く終わり過ぎだな。トレーニング量を増やすか」
公園のベンチにて、自動販売機から購入したスポーツドリンクをがぶ飲みしているゴリラに声を掛ける者がいた。
「桃吉郎、もう終わったのか?」
「おう、凍矢。おはよう」
「おはよう」
凍矢はランニングの最中に桃吉郎に鉢合わせた。
彼もまた、桃吉郎ほどではないが、一般人では付いて来れないようなトレーニングを行っている変態である。
「終わっちまった。トレーニング量を増やそうかと思ってた最中」
「筋トレを増やすんじゃなくて【柔の型】を練習しろ」
「げ~っ、おめぇ、じい様かよぉ。それとも、じい様に言われてんのか?」
「言われているし、僕もそう思ってる。【剛の型】だけじゃ、その内に限界が来るからな」
この二人、【吉備津流武術】の門下生である。
特に桃吉郎は師範である木花・桃十郎の孫であり、次期師範として厳しく鍛えられていた経緯があった。
そのためか、桃吉郎は桃十郎が苦手であり、今現在でも彼に勝つことが出来ない。
圧倒的な身体能力の差があるにもかかわらず、桃吉郎が勝てないのは彼がごり押ししかできないからだ。
「言われなくっても分かってらい。でもよぉ、なんだか女々しいじゃねぇか、柔の型」
「どこがだ。僕の柔の型にも後れを取りそうになるじゃないか」
「うっせぇ。とにかく、男は剛の型なんだ」
「つまらん意地はやめろ」
「ふーんだ」
桃吉郎は飲み終わったペットボトルを、5メートル先にある屑籠へ正確に投げ込んで見せる。
「(柔の型……基本だけはしっかりとやっているようだな。へそ曲がりめ)」
凍矢は桃吉郎の手首の柔らかな動きを見て、そう確信するに至った。
柔の型はとにかく滑らかな動きと柔らかさがカギとなる。
したがって、その動きは女性的になってしまうのだ。
それが、桃吉郎には許せない。
彼は男らしくありたい、と願っているからだ。
なので、彼のドッペルドールは割と尊厳破壊ものなのだが、桃吉郎のお頭はお花畑なので気にしていない、という矛盾が発生している。
「今日は、どこに行く?」
「むふ……ドッペルドールの性能も把握しておきたい。少し遠出してみるか」
「おー、いいね。昨日は物足りなかったしな」
やる気を見せる桃吉郎。
凍矢は昨日のエンプティングとの戦闘を振り返り妙案が浮かんだ。
「桃吉郎、今日から柔の型を使え」
「あ? だからヤダって言ってんだろ。女々しい……」
「それだ」
「おん?」
「僕とお前のドッペルドールは女性だろ?」
「あっ! おまえ、天才か?」
桃吉郎はなるほど、と感心した。
実体のゴリラのような大男が柔の型を披露するのは恥であるが、女性であるドッペルドールであるなら何も問題はないではないかと。
吉備津流武術の神髄は剛の型と柔の型との融和である。
それがなされた時、何者にも負けないであろう武を得ることが出来るのだ。
「あの子で修練を積めば、実体でも……か!?」
「そういうことだ。ぶっちゃけた話、おまえはドッペルドールよりも身体能力が高いからな。あとは技術だけだ」
桃吉郎は大きな手を握り締め、巨大な拳を作り出す。
それには無数の古傷が刻まれており、激しい修練を想起させるには十分過ぎた。
尚、このゴリラ、厚さ1メートルの鉄板を素手で貫くし、ふざけたことに簡単に引き千切る。
決して敵に回してはいけない。
「よぉし! さっさと飯を食って、柔の型、鍛えに行こうぜ!」
「いやいや、修練はついでだからな? 目的を違えるなよ?」
プロジェクト・ドッペルゲンガーは、あくまで人類の存続が目的である。
決して、人類の戦闘力を高めるものではない。
今のところは、ではあるが。
暫しの時間を潰しAM7:00を迎えた両名は、いつものレストランへと向かう。
そこで彼らは、いつもの朝食を頼むのであった。
 




