49話 一目惚れ
アイアンゴーレム―――それは読んで字のごとく、鉄で構築された巨人である。
頭高18メートル、58トンにも及ぶ怪物であり、縄張りに侵入したドッペルドールを攻撃する習性を持っている。
明らかに自然発生ではないとされてきたが、何者が作ったかは判明していない。
何故なら、勝てる者が存在していなかったからだ。
それをこの痴女―――もとい、どう見てもか弱そうなドッペルドールの少女が狩ったというのだ。
信じ難い光景と言わざるを得ないだろう。
それは首と胴とが一刀両断された状態だ。
首の太さは優に5メートルはあるだろうか。
生半可な武器や技量で、こうも鮮やかに切断できようはずもなく。
「こ、これは……」
「おう、黒髪。どやぁ……」
トウキ、トラクマドウジに対して渾身のドヤ顔。
「見事だねっ」
しかし、効果はいまいちのようだ。
トラクマドウジは素直にトウキの実力を称賛する。
彼には分かるのだ。
その断面から流れ出るトウキの気が。
これは間違いなく、彼女が成し遂げた戦果であると。
「なんだよー。もっと驚けー。褒めろー」
この態度に不満の声を上げる。
ぷくっ、としたほっぺが可愛らしい状態に。
「あはは、素直だね。凄い凄い」
どう見ても子供をあやすお兄さんの態度。
しかし、トウキの中身はゴリラなので、これを素直に喜んだ。
鼻高々にくそデカい胸を張ったではないか。
どう見ても恋人の座を狙う女、ではなくただ単純に褒めてもらいたいお年頃の妹感。
これに呆れたか、それとも毒気を抜かれたのか、三色トリオは不満の声を上げなかった。
「ところで……これはどうやって食う?」
「食べるのっ!?」
「「「無理だろ少しは考えろっ!?」」」
でも、このトウキの発言にはチームオーガ総出でツッコんだ。
場所は変わりすすきの地下レストラン。
そこでトウキたちとチームオーガは一緒に食事をすることになった。
しかし、チームオーガはドッペルドールのままということもあり、それならばとトウキたちもドッペルドールのままで食事に付き合う事に。
チョイスしたのは【トマカレーライス】。
羊蹄山でジャックが採集してきたトマカレーとペッパードラゴンの香辛料を使用して作ったカレーライスだ。
蠱惑的なカレーの匂いが胃をノック。
氾濫を起こそうとする食欲をなんとか食い止めるも崩壊は秒読みだ。
それほどまでにカレーライスの香りは抗いがたい物がある。
流石は日本の国民食と言われるだけの事はあるだろう。
「話は後だっ! いただきますっ!」
合掌、一礼。
どんな状況下であっても、トウキは食への感謝を忘れる事が無い。
「がつがつがつがつがつっ!」
「食べ方、きったな」
早速、赤髪のクマドウジに食べ方の汚さを指摘される。
「料理には味の賞味期限があるんだっ。これは冷める前に食べきるのがベスト。そして、早ければ早いほど良いっ! おかわりっ!」
爆速でトマカレーライスを完食。
味の余韻を堪能するとかないのか、こいつは。
だが、感想を口にしないだけで味はしっかりと把握しており、それに満足しているのがトウキである。
まず、香辛料たちの奏でる香りが鼻腔に入って来る。
それは我々が知るカレーライスの香りの数倍の濃度だ。
一度嗅いだら、数週間は忘れられないほどの魅力に満ち溢れている。
それは最早、麻薬に近い何かだ。
トマカレーライス成分が切れたら、衝動的にトマカレーライスを求めてしまうことだろう。
味の方は言うこと無し。
完全で、完璧なカレーライス。
そして、これには【肉】が一切、入っていないという衝撃の事実。
だというのに、肉がゴロゴロ入っているかのように錯覚する。
具はトマカレーの実だけ。
それ以外はカレールーという極めてシンプルなもの。
では、トマカレーの実が肉の役目かというとそうではない。
この実はまろやかな酸味と主張し過ぎない甘さが特徴。
実の瑞々しさは香辛料でホカホカになった舌を冷ますのに丁度良い。
では、何が肉たらしめるのか。
それはペッパードラゴンの香辛料だ。
以前、ペッパードラゴンの身体は香辛料で出来ていると言った。
それは間違いようが無く。
つまり、ペッパードラゴンの香辛料は、香辛料であると同時に【肉】でもあるのだ。
それが、トマカレーライスに肉が入っていないのに、肉の要素を感じさせる原因となっている。
尚、ペッパードラゴンの香辛料は肉に分類されていないので、野菜しか食べない人々にも好評である。
「はいはい、もっと味わって食べなさいな」
「食べてるっ!」
トマカレーライスのお代わりを持ってきた輝夜は、カレールーやら、米やらで汚れたトウキの顔面に呆れた。
その表情は明らかに姉の顔そのもの。
「……」
そんな彼女に熱のこもった眼差しを向ける者がいた。
トラクマドウジである。
「(素敵な女性だなぁ……)」
悪意はない、純粋な関心。
それは、一目惚れ、というものだろうか。
「あの……えっと……トウキちゃん?のお姉さんですか?」
「うん? あなたは?」
輝夜は極上の微笑でトラクマドウジに訊ねる。
これは彼に好意を持っていたわけではなく、トウキの世話を焼いていたからこそ重なった偶然。
しかし、トラクマドウジは脈ありと勘違いしたもようで。
「僕は東京本部のチームオーガのまとめ役、トラクマドウジと申します」
「あら、あなたが噂の……随分とお若いですね。私は影月・輝夜ともうします」
輝夜は驚いた表情を見せた後に改めて微笑を返した。
トラクマドウジは、そんな彼女に今までにない魅力的を感じたようだ。
確かに輝夜は掛け値なしの美人であるが、それにしたってやられ過ぎである。
「えっと、トラクマドウジさんの質問の答えはNO。ただの幼馴染です」
「そうだぞ。輝夜は、おまえにはやらんっ! 俺のだっ!」
「こらっ、本当にもう……」
トウキは輝夜に抱き付いて所有権を主張。
これがゴリラ本体であったなら事案である。
「あはは……(こりゃあ、手強い。いや、いっそ、この娘ごと)」
トラクマドウジは爽やかイケメンだが、結構、平気でえぐい事を考える。
というか、この時代、一夫多妻など当たり前だ。
人類が滅びるかどうかまで人口が激減しているのだから、産めや増やせやの方針が半ば暗黙の了解となっている。
男は自分が養えるだけの伴侶を抱えても良い、というのが今の風潮。
したがって、トラクマドウジは決して間違った考え方をしているわけではないのだ。
これも時代の流れというもの。
世界が安定すれば再び、かつての日本のような制度に戻るであろう。
「トウキ、そこまでにしておけ。輝夜は仕事中だぞ」
「サボっちゃえ」
「おまえと一緒にするな」
「ふぎーっ」
トーヤが呆れながら、トウキの餅のように伸びるほっぺを、むにゅっ、と摘まむ。
効果は抜群だっ!
「トーヤ、ありがとっ」
「仕事、頑張ってな」
「うんっ」
輝夜は朗らかな笑顔を残し駆け足で厨房へと戻って行った。




