48話 格の違い
その日の夜、桃吉郎は夢を見た。
それはとても奇妙な夢で、しかし、とてつもなく悲惨な夢。
数多くの魑魅魍魎を相手取り死闘を重ねてゆく桃吉郎。
その隣には凍矢。
だが、何かが違う。
仲間と思わしき者たちも愛着を持てるが違和感を感じる。
そんな人々が次々と死んでゆくのだ。
自分の力不足で。
桃吉郎は夢だとは薄々気づいていたが、それでも叫ばずにはいられなかった。
「――――――はぁうっ!」
跳び起きる。
部屋は暗い。
地下都市の疑似太陽照明はAM6:00から。
したがって、まだ夜明け前ということになる。
桃吉郎は周囲を見渡す。
いつもの小汚い部屋。
脱いだ服が適当に放り投げられたままのいつもの自分の部屋。
安堵する。
大量の汗をかいている事に気付いた。
「な、なんだってんだよ……」
思い出すのもはばかれるおぞましい夢、桃吉郎の評価がそれだ。
自分の全力を出しても尚、叶わない願望。
それによって失われてゆく何ものにも代えがたい命。
唯々《ただただ》情けなく、唯々《ただただ》不快。
そして、悲しい。
桃吉郎はベッドを後にしキッチンへと向かう。
ガラスのコップを手にすると蛇口を捻って水を出す。
水をコップに注ぎ、それを一気に飲み干した。
雑に飲んだため、口から水が溢れて床をビシャビシャにしてしまう。
「……はぁ、鍛錬始めっか」
モヤモヤした感情を吹き飛ばすべく、桃吉郎はのそのそと道着に着替え始めたのであった。
桃吉郎がソウルリンクの準備をしていたところドクター・モモに呼び止められた。
「ちょいと時間ええか?」
「なんだよ、くそ爺」
「機嫌が悪いのう。夢でも見たか?」
「……おまえの仕業か」
かっかっかっ、と人の悪い笑みを見せる狂科学者。
これは想定通りになったことに対する喜びであろう。
「桃吉郎よ、その夢から目を逸らすでないぞ」
「なんでだよ?」
「その夢が正夢にならんように、おまえに動いてもらうからじゃよ」
「……」
桃吉郎は被り掛けたヘルメットを止めた。
「正夢にならないように、とはどういうことだ?」
「その言葉のままの意味じゃよ。エルティナは……持って来ておるの。感心感心」
「俺に分かるように説明しやがれ」
ドクター・モモはポケットからポケットから葉巻を取り出し、しかし、それには火を付けずに直接咥えて吸い込んだ。
これは火が必要無い【ヒイラズ】というタバコだ。
火を使わないので副流煙の被害も出ない。
それでいてきちんと葉巻の味もするし香りもする。
加えて中毒性が極めて少ないという嗜好品だ。
ただ、極めて少ない、というだけで吸い過ぎるとニコチン中毒になるので注意が必要である。
「言葉にしたって分かるもんかね。こればかりは感じ取って行動するしかないわい」
「いい加減なこと言いやがって」
「とにかくじゃ、その刀を手放すでないぞ。その言いつけさえ守れれば、なんとかなるわい」
「ったく……仕事してくんぞ」
「おう、しっかり稼いでこい」
桃吉郎は、むすっ、とした表情でヘルメットを被った。
凍矢は彼らのやり取りには口を出さず、ただ見守っている。
それは彼がドクター・モモより、直接事情を説明されているからだ。
聡明な彼であってもドクター・モモの言葉は鵜呑みにできるような物ではない。
しかし、その話を少しでも信用してしまうような情報が確かにあった。
だからこそ、彼はドクター・モモの言いつけと情報の秘匿を守り続けている。
「博士、行ってきます」
「おう、桃吉郎をよろしくな」
「いわれなくとも」
凍矢もヘルメットを被りソウルリンクを起動させた。
場所は変わり、すすきの要塞クエスト掲示板。
中世ファンタジーよろしく、紙の依頼書が掲示板に張り出されている。
といっても、そういったものは特別な依頼書ばかりだ。
通常の【食材を適量集めての納品】はクエストカウンターの受付嬢に口頭で申請するだけ。
このように掲示板に張り出されている依頼は難度が高く、割と何ヶ月も放置されている物が多い。
そのため、目につきやすい紙媒体にして掲示板に張り出しているのだ。
その高難易度のクエストを手にするのは本部からやって来た黒髪の少年だ。
「これを」
「ペッパードラゴンの討伐ですかっ!? 流石にその人数では許可できかねます」
「大丈夫です。ペッパードラゴンはもう10体以上は狩ってますので」
ペッパードラゴンは胡椒の芳ばしい香りを纏う体長30メートルの黒竜である。
主な攻撃方法は吐息による目つぶし、くしゃみによる行動阻害だ。
この竜の吐息には胡椒が混ざっており、対策無しで直撃すると大惨事になる。
涙とくしゃみによってどうにもできなくなったところを頭から丸齧りにされてしまうだろう。
このドラゴンを討伐できれば莫大な量の香辛料を入手することが出来る。
何故なら、このドラゴンは身体の全てが香辛料で出来ているからだ。
肉や骨は無く、その全てが香辛料というわけの分からない生物なのである。
「じゅっ……!? 本当に大丈夫なのですね?」
「えぇ」
「分かりました。それでは、よろしくお願いします」
受付嬢はクエストの許可を下し、黒髪の少年トラクマドウジはそれを受領した。
「さぁ、肩慣らしだよ」
トラクマドウジは仲間の少女たちの下へと合流する。
既に少女たちは準備を整え終えていた。
「よっしゃっ、んで、ターゲットはドラこうか?」
「うん、肩慣らしには丁度良いだろ?」
「違いないっ! 腕が鳴るぅっ!」
ぶんぶん、と腕を回す赤髪の少女、クマドウジ。
その度に彼女の豊かな乳房が揺れる。
「ペッパードラゴンねぇ……私、あいつ嫌いなのよね。撃ち応え無いし」
青髪の少女ホシクマドウジは不満を漏らしつつ、愛銃を背負い直す。
「どうでもいいし。そんなトカゲ、一撃よ、一撃」
黄の髪のキンドウジは面倒臭そうに言い放ち席を立つ。
「ま、油断せずに行こう。こんな小物で怪我をしたってつまらないし」
にこやかに言い切った黒髪の少年。
しかし、それは絶対の自信が無ければ口にできない言葉。
事実、すすきの要塞のドッペルドールたちはペッパードラゴンに手も足も出ない。
それを小物扱いした挙句に10体も仕留めているというのだ。
彼らはお手並み拝見、と彼らの動向を見守ることに。
その一時間後―――――彼らは本部と地方の実力差を思い知ることに。
僅か一時間でペッパードラゴン3体が転送されてきたのだ。
「ついでに狩っちゃいました。多かったですか?」
「え……あ……いえっ! そんな事はありませんっ! ク、クエスト達成です!」
予告通り、誰も傷ひとつ負わずに帰還したチームオーガ。
すすきののパイロットたちは彼らに対する態度を改めるべきだ、と悟る。
しかし、そんなチームオーガですら仰天する食材が送られてきたのだ。
「こ、これは――――」
それは鋼鉄の巨人。
アイアンゴーレムであった。
「どうやって食うかな?」
……これを食材と言い切る勇気よ。
無論、そのようなたわけた事を言ったのは、我らがトウキちゃんである。




