45話 たまね牛 実食
丼に山のように盛られているホカホカのご飯。
その上に掛かるのはたまね牛のバラ肉を甘じょっぱい醤油ダレでい込んだ物。
そして、生姜鳥の鶏冠を酢に付け込んだ物を細切りにした物が少量、肉の山頂に添えられている。
バラ肉の上質な脂身は煮込むことによりタレに染み出て肉自体は丁度いい塩梅に。
そして、醤油ダレは脂のコクと旨味を受け取ってより一層に輝く。
「うおぉ……なんだこりゃっ。牛丼が七色に輝いてやがる!?」
トウキは七色に輝く牛丼をマジマジと見詰めた。
それはまさに食べるダイヤモンドのごとし。
「うっわぁ~、綺麗ねぇ」
「たぶん、たまね牛の脂にそういう性質があるんだろうな」
デューイは牛丼を日にかざして輝きの変化を楽しみ、ジャックは牛丼の全体のバランスをチェックしている。
「ふぅむ、良い匂いだな」
「匂いもいいけど、見た目が【肉ぅ】って感じが良いよな」
トーヤの意見にトウキは全面的に賛成の意を示す。
そして、もう我慢できなかったのか、ぱんっ、と合掌。
「いっただきまーすっ!」
彼女に倣い、三人も合掌。
そして一礼。
「「「いただきます」」」
これより、至福のひと時が訪れる。
トウキはまず、箸で牛肉を持ち上げる。
まずは肉だけを食べてみようというのだ。
「おぉ、軽く煮込んだだけだ、っていうのに5~6時間は煮込んでる感じになってる」
「肉の浸透率が高いのかなんなのか。そういうのは専門家じゃねぇとわからねぇが、料理人にとってはありがたい肉だよな」
肉らしい食感を残しつつ、よくタレが滲み込んだ状態になっている。
これは一般的な牛丼の食感とは違う。
どちらかといえば【カルビ丼】に近いだろうか。
だが、肉は口に入れた瞬間に、じゅわぁぁぁぁぁぁっ、と溶けてゆく。
あっという間に脂身が旨味のジュースとなって口内で氾濫。
舌にねっとりと絡み付いて濃厚さをこれでもかとアピールする。
残った赤身の部分もホロホロと崩れる。
しかし、それは表面だけで内側から噛み応えのある部分が露出し、噛むという原始的な快楽を呼び起こすことだろう。
「あへぇ」
これに赤兎は淫らな顔を晒すことに。
「なんちゅー肉だよっ。一切れだけでだらしない顔になりそうだったぞ」
「なってた」
「えっ?」
「発情した兎のようになってた」
「マジかぁ……」
尚、トーヤも割と頑張って耐えている。
だが二口目は耐えられず「んふぅ~」と満面の笑みを晒す。
耐えられるわけがない。
人間の大好きなものが、これでもかと詰まっている肉なのだ。
しかし、これの真価はご飯と共に食べた時。
何故なら、これは【牛丼】なのだから。
「次はご飯と一緒に、はぁむ」
じゅ、じゅわ~、むちっ、もにゅっ、くちくちくち……ごくん。
「んほおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
トウキは淫らな声を上げた。
肉と米のハーモニー。
これに耐えられる日本人が果たしてどれほどいようか。
トーヤは咄嗟に背後を向き、痴態を見られないようにした。
その顔はまさに【見せられないよ】状態。
もう性的行為で達したかのような顔だったのである。
「んみゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そして、このデューイである。
一応は淫らな顔ではあるのだが、彼女の場合は変顔。
色々な意味で見せられない。
あ、彼女の本体はしっかりとエロい顔になるからね?
「ひでぇ顔だな」
「うっさいわね! こんなに美味しかったらこうもなろうというものよ」
「後輩を見習え」
ジャックは嬉しそうな表情を見せるがアヘ顔を晒すことはなかった。
野郎のアヘ顔なんて見ても楽しくないからね。
そこは色々と強制力を職権濫用させていただいた。
「そして、この紅ショウガが、また堪らんっ」
シャキシャキとした食感と舌を引き締める酸っぱさ。
それは口の中をリフレッシュさせる。
その酸っぱ過ぎない絶妙な加減は生姜鳥の鶏冠だからこそ成し得る。
この食材は、ある一定量から酢の浸透を許さないからだ。
また、栄養価も非常に高く、そして精も付くことから漢方薬としても扱われている。
ガツガツっ! しゃばばばばばばばっ! ごっくん。
「……一気に食べちゃった」
「悲しそうな顔をするな。お代わりあるから」
「しゅきぃ……♡」
捨てられた子猫のような顔を見せるトウキに、ジャックは呆れ顔で牛丼のお代わりを渡す。
「今度はチーズにゃんのチーズを細かく切った物を載せてっと……ほら」
「おおぅ! 見る見るうちに溶けて広がってゆくっ!」
それは秋の寂しくなった山に新雪が降り積もるかのような光景だった。
融点が低いのだろう、チーズにゃんのチーズは熱々の牛肉の上で、とろ~り、と茶の山を覆い尽くしてゆく。
そこから立ち昇るチーズの豊かな風味は嗅ぐ者の原始的な何かをくすぐるだろう。
「良い匂いだぁ。チーズにゃんのチーズってもっと癖のあるにおいかと思ったが」
「あぁ、思ったよりも主張しないな。これならパスタにサラダに、と色々な料理に使える」
「いいなそれ。でもまずは……はぁむ」
ジャックの提案に夢が膨れるトウキであったが、まずは腹を膨らませる事を優先させる。
箸で牛丼を持ち上げ口に運ぶ。
トロトロのチーズが糸を引きながらトウキの小さなお口へと入り込む。
「……んふぅっ。んふふふふふふふっ」
もう笑うしかない。
本当に美味い物を食べた時、人間は笑うしかないのだ。
牛丼とチーズ。
この組み合わせを考えた者は間違い無く変態。
いや、天才であろう。
「いやぁ、食べ過ぎちゃうっ! 本体だと思うとゾッとするわぁ!」
「太り易いんだったか?」
「そうよ! ほんと、やになっちゃうわぁ! いいわね、ジャックは!」
「俺は本体共々、トレーニングをしているからな」
デューイの本体である四国美保は太りやすい体質であった。
なので、食を楽しむ際はかなりの節制を心掛けている。
だが、デューイの場合はよく運動をするので気兼ねなしに食事を楽しむことが出来た。
なので、このように醜態を晒すことも辞さない。
特に口周りが酷い。
付着した大量の米粒をなんとかしろ。
美人台無しだ。
「あ、七味唐辛子、あります?」
「味変か? もちろんあるぜ」
トーヤはゆっくりと牛丼を堪能していた。
そして、半分を切ったところでジャックから受け取った七味唐辛子を掛ける。
これは古の書物で見た食べ方だ。
トーヤ自身、牛丼を食べるのは人生で初めての事である。
というか、今の若い世代は情報として料理を知っているだけで、実際に口にしたことがある者は殆どいない。
今日、たまね牛が納品されれば牛丼とはいかなる物かを知る若者が増える事であろう。
「ピリッとした刺激と豊かな香りが食欲を再加熱した」
「上手い食べ方だよな、それ」
ジャックも七味唐辛子をパラリと振り掛け、牛丼の可能性を再確認する。
大量に作った牛丼の具もご飯も気づけば全て無くなり、楽しい宴は終焉を迎えた。
「はぁ……食った食った」
妊婦のように腹を膨らませたトウキがゴロンと横になる。
「牛になるぞ」
「え~? これくらいじゃならんだろ」
「もうなってる」
「えっ」
今のトウキは兎ではなくホルスタイン。
きっとおいしいミルクを出してくれるだろう。
トーヤの小言に赤兎は「も~」と鳴いて抗議するのであった。




