4話 輝夜
すすきの地下街。
そこには多くの居住と施設が存在する。
その中でもレストランは人々には欠かせない存在だ。
そこでは料理人たちが日夜、未知との食材と向き合い調理方法を確立させるべく腕を磨き続けている。
「おい、輝夜っ! キノコっ!」
「顔見せた瞬間、何言ってるの、このゴリラっ」
勝手知ったる他人の家、とばかりにレストランの厨房に入り込むゴリラ。
実は桃吉郎、元々はここの料理人である。
「入荷しただろ、【ポークシイタケ】。あれ、俺たちが採ってきたんだぜ」
「あぁ……今日がそうだったんだ? それで、どうだった?」
「おう、おっぱい、ぶるんぶるんだった!」
「なるほど、分からん。ゴリラ語は難しいわね」
黒髪ロングの姫カットの美女の名は【影月・輝夜】という。
料理人であり腕前も一流。
レストランには欠かせない人材の一人だ。
桃吉郎とは同期であり腕を競い合う間柄だった。
しかし、彼がプロジェクト・ドッペルゲンガーに引き抜かれてからは疎遠となっていたのだ。
そんな彼が急に店にやって来て、再会した早々にこんな事を言うものだから、再会の感動よりも呆れの方が先に来た、というわけである。
「あぁ、僕らのドッペルドールが何故か女性型でね。四苦八苦したのさ」
「あっ、凍矢君。久しぶり。このゴリラの管理大変でしょ?」
「まぁね。でもまぁ、18年の付き合いだ……慣れてるよ」
この三人は幼馴染の間柄である。
それぞれ行く道は違えたが、その絆はそう簡単に断ち切れるものではなく。
22歳になっても、その関係は続いていた。
「で、そのドッペルドールは可愛いのかしら?」
「そうだね……ドクター・モモ曰く、最高傑作らしいよ」
「うわっ、あのお爺ちゃんが担当なの? 初耳よ!?」
「余計な心配を掛けたくなかったからね。黙ってた」
肩を竦める凍矢に対し、吹き出す輝夜。
昔からのお馴染みのやり取りだ。
「そんなことよりもシェフ! ポークシイタケはどうする!?」
「相変わらず空気の読めないゴリラね。そうね……持ち味を生かして【チーズレタス】を巻いて蒸してみようかしら」
「おぉ、いいね。なら【胡醤油】も合いそうだな」
「うんうん、胡椒と醤油が合わさった特殊調味料ね。良いセンスだわ」
輝夜は腕を組んで桃吉郎を見詰めた。
「ねぇ、桃吉郎」
「何か用かな?」
「料理人に戻るつもりはないの?」
いつになく真面目に問う幼馴染に対し、桃吉郎はキッパリと答えを返す。
「今のところはないな」
「そう」
「今の自分にできる事を。できなくなったら……またこの腕を振るうさ」
「そっか。なら、テーブルで待ってなさいな」
彼らを席に戻るよう促した輝夜は、泣き笑いのような表情を見せたのであった。
ドッペルドールのパイロットには一つだけ致命的なデメリットがある。
それは―――――ドールとのソウルリンクを繰り返すことによる実体への意識の帰還が不能になる可能性だ。
それは、いつ訪れるか分からない。
それは、どのような不具合を発生させるか分からない。
それは、パイロットの人生を大きく狂わせるだろう。
ドッペルドールのパイロットはある意味で、人類の生贄なのだ。
だからこそ、パイロットたちは今を全力で楽しむ。
後に訪れるであろう過酷な余生を乗り切るために。
それでも、彼らは人々に必要なのだ。
人類を滅亡させないために。
「はい、お待ちどうさま」
「おっほ! きたきた!」
輝夜がポークシイタケのチーズレタス巻きをテーブルに運んできた。
蒸されたそれは、シイタケの豊かな香りを湯気に乗せて鼻腔に運んで来る。
「で、これが胡醤油ね。あまりかけるとシイタケの香りが飛んじゃうからね?」
「分かってらい。これでも元料理人だぜ?」
「うふふ、そうね。じゃ、ゆっくり食べてって」
そういうと、輝夜は笑顔を残して厨房へと戻っていった。
尚、彼女のファンは相当数に上る。
それは並のアイドルでは太刀打ちできないほどだ。
「それでは、血肉になってくれる食材に感謝を込めてっ!」
「「いただきますっ」」
食料が貴重なこの時代、食に感謝を捧げるのは当たり前の儀式であった。
合掌、一礼。
日本に置いて当たり前の作法。
食糧難の時代においては重きを置かれる。
「はぁむ……おぉう、相変わらず良い腕だぁ」
「ふぅむ、ポークシイタケの豚肉のような重厚な味、そしてシイタケの味と香り……それが胡醬油の風味、後から覗く胡椒のような辛みが全てを引き締める」
「チーズレタスのまろやかさも見逃しちゃあいけないぜ」
「あぁ、上手に蒸されたことによって適度な歯応えとしっとり感が演出されていてうっとりとしてしまうな」
「腕、上げたなぁ……もう俺じゃあ足元にも及ばねぇ」
「悲しいか?」
「はは、冗談。俺は食うのが好きなのさ。だったら、腕が良いやつに任せるのが一番だ」
凍矢は相棒の眼差しに悲しみの色が宿るのを見逃さなかった。
しかし、それを伝えるのは野暮というものである。
「そうか……そうだな」
「そうさ。さぁさぁ、食おう食おう! 料理には美味さの制限時間があるんだからな!」
むしゃむしゃと食べ進める二人は一欠けらも残さず、美味しい料理を平らげたのであった。
評価、感想ありがとうございますん。
これからも頑張りますゾ。




