39話 牛丼食べたいな
「牛丼が食いてぇ」
すすきの地下レストランで、桃吉郎は超特盛の梅干しおにぎりを食べながら言った。
例によって金欠である。
「唐突にどうした」
「これを見ろぉ! 白飯に海苔、そして梅干しだぞ!」
「ヘルシーだな。そのままダイエットして筋肉デブを卒業したらどうだ?」
「んだと!? ケツデブ!」
「それはドッペルドールの方だ」
「いいや、本体もケツがデカくなってるね!」
「……!?」
桃吉郎の言はもちろん適当である。
しかし、凍矢というと心当たりがないわけではなかった。
ごく微量ではあるが、本当に尻のサイズが大きくなっているのだ。
だが、それは毎日のトレーニングによって筋肉が増強されたという範疇に収まるはずである。
だというのに凍矢は動揺した。
無論、表情には出さないが。
「出鱈目を言うな」
「本当だもーん。なんなら揉んで確かめてやろうか?」
「止めろ、気色悪い」
尚、絵面は美人を凌辱する猛獣という構図になる。
逮捕待ったなしだ。
「それにしたって、もう貯金を使い果たすとか、どうなっているんだ」
「気付いたら無くなてるんだよ」
「決まった時間以外にも食べているんじゃないのか?」
「それは、たま~に、だ」
「ふむ……それは、おまえの身体を見れば嘘ではない事は分かる。では、何故、生姜鶏で稼いだ円が底を尽くというんだ?」
桃吉郎が大飯ぐらいであっても僅か一ヶ月であの稼ぎが消えるのは異常だ。
そして、本人に記憶が無い、というのも不可思議である。
「あ、そういえば……部屋に俺の知らない物が増えてる」
「何? どういった物だ?」
凍矢は紅茶を口に含んだ。
豊かな香りと舌を引き締める渋みが心地良い。
「ブラとパンツ」
「ぶっ!?」
紅茶の心地良さは死んだ。もう居ない。
「ゲホッ! ゲッホッ! なんだ、それはっ!? まさか、自分で買って来てるのか!?」
「それが、わからんのだ。結構お高い物だし」
「むぅ……おまえみたいなのが高級ランジェリー店に出入りしていたら直ぐに噂になるか……まさか、おまえ」
「断っておくが、俺に恋人はいないぞ」
「そうかよかった。居たとしたら全力で説得しているところだったぞ」
「よし、決闘の申し込みと受け取った」
両者は無駄に激しく華麗な攻防を繰り返した後に、何事も無かったかのように再び席に着いた。
今はスッキリしている。
「話は戻すけどよ、牛丼が食いてぇんだわ。肉、肉、肉」
「あーもう。折角、忘れたと思ったのに」
「金が無いなら狩りに行く。当然だなぁ?」
「ひっひっひっ、道理じゃな」
そこににょっこりと顔を出す狂科学者。
今日のドクター・モモの白衣は真紅に染まっていた。
「おぉ、クソ爺。遂に越えちゃあいけない一線を越えたか」
「馬鹿もん、そんなものはとっくの昔に一万は超えとるわい」
「パネェ」
ドクター・モモは今日も絶好調である。
「ワシの事など、どうでもええわい。それよりも牛丼が食いたいんじゃろ?」
「おう。ガッツリとしたものを食べないと、マジでトウキちゃんみたいになっちまう」
「なっちまえ」
「んだとー!?」
にたにた、と狂科学者は桃吉郎を観察する、と一人で納得したかのような様子を見せた。
「おまえら、わしの依頼をこなしてきなさい」
「なんだよ唐突に」
「ターゲットは【たまね牛】じゃ」
「なんじゃそりゃ」
たまね牛とは牛の身体に玉ねぎの頭というわけの分からない生物である。
その肉は全身が霜降りであり、口に含めばトロリと溶けてなくなるほど。
そして残った肉を噛み締めると、圧倒的な肉の存在感に陶酔すること間違いなしだ。
そして、頭部の玉ねぎはまさに牛丼に特化した玉ねぎであり、それを作れと言わんばかりの食材となっている。
こちらも甘じょっぱいタレで煮込むことにより、まったりとしてあま~い味に変化するのだ。
つまりこの生物、牛丼のためだけに生まれたかのような生物である。
しかし、滅多にレストランに入荷されることはない。
何故なら、この猛獣のDLは20。
北海道でも屈指の猛獣に指定されているからだ。
「今のおまえさん方なら仕留めることが出来よう。そのための新装備も作っておいた」
「おっ? マジで!?」
「マジで!」
迫真の集中線。
事実、ドクター・モモは禁断の技術でとんでもなくエゲツナイ兵器を作り上げていた。
「もちろん、凍矢、おまえさんのも作っておいたぞい」
「僕のもですか?」
「おうとも。スナイパーライフルの新しいやつが欲しいと言っておったじゃろう?」
「確かに言ってました」
「ふふん、では、わしのラボまで付いて来なさい」
桃吉郎と凍矢はお互いの顔を見合わせ、頷くと席を立ち、老科学者の後に続いた。




