38話 凍矢の後悔
「それじゃあ、私たち報告してくるね」
「え? 俺もかよ?」
「当たり前でしょう! 寧ろ、あんたがいなくてどうするのよ!?」
「え~」
「え~、じゃないっ。行くわよっ」
ジャックはデューイに引き摺られる形で連行されていった。
「さて、僕たちはどうするか? リンクアウトするか?」
「そうだなぁ……プリズムキャロット、食べたかったなぁ」
「まだ言ってるのか。もう諦めろ」
と未練たらたらのトウキは、ピロン、と頭の中に音が鳴ったのを覚える。
それは【DT】と呼ばれるドッペルドールに付与されている通信システムだ。
それは例えるなら【テレパシー】による会話であろう。
トウキとトーヤはDT中であることを示す、右耳を手で押さえる仕草を見せた。
『わしじゃ。二人とも、直ぐにわしのラボへ来なさい。あぁ、ドッペルドールのままでな』
『なんだよ。改まって』
『トーヤ、トウキを逃がすんじゃないぞ』
『分かってます。ほら、行くぞ』
『めんどくせー』
あからさまに嫌な顔を見せるトウキの首根っこを掴んでトーヤはドクター・モモのラボへと向かった。
ドクター・モモのラボは、危険なあれやこれが普通に転がっているので完全個室。
そもそもが、この変態には誰も近付かない。
なので、ある意味で秘密の会話をするには打って付けの場と言えよう。
「おう、来たな」
「来てやったぞ、クソ爺。なんでドッペルドールのままなんだよ?」
「僕もそれは不思議に思いました」
ドクター・モモは手にしていたコーヒーカップを机に置く。
コーヒーカップとはいえ、中身は梅昆布茶である。
コーヒーは実のところ高級品であり、大半は【タンポポ茶】で代用していた。
「おまえさん方、エティルとおうたな?」
「あの耳長と知り合いなのか?」
「……そうじゃ」
ドクター・モモは少し考え、それは事実であると認めた。
「今から話すことは他言無用じゃ」
「つまり僕らを巻き込む、と?」
「巻き込む、ではない。おまえらが中心なのじゃよ」
トーヤは「ちっ」と露骨に舌打ちをした。
「最初から、そのつもりだった、ということで?」
「お前たちは【影】じゃ。決して表向きには評価されん。じゃが、必要なパーツ……それも最重要のな」
ドクター・モモは再び梅昆布茶を啜る。
昆布の塩味と梅の酸っぱさが口いっぱいに広がり、唾液を誘発させるだろう。
十分に口内を湿らせた老科学者は言葉を紡ぐ。
「始まりは七つの隕石。それが地球に降ってきたことじゃった。わしは当時、その調査団の一人での」
「待て、くそ爺。長くなりそうか?」
「くそ長い」
「じゃあ、お菓子買ってくる」
そういうとトウキは走り去っていった。
「……」
「いいんですか?」
「まぁ、あの子はこの場に居ても居なくても変わらん。ただ、必要な現場に居てくれさえすればいいんじゃよ」
ドクター・モモのトウキに向ける眼差しはしかし、どこか優し気なものがあった。
同時に悲しげなものも内封している、とトーヤは感じ取っているようだ。
「トーヤ」
「何でしょう?」
「あの子と仲良くしてやってくれい」
「そんな事は言われずとも」
「そうか」
こほん、とドクターモモは姿勢を正しトーヤと向き合う。
ピリッ、と空気が冷たくなった。
「それでは語ろう……あの日、何があったかを」
「―――っ」
普段からは感じられない圧を感じる。
それは正しくドクター・モモの覚悟だった。
トーヤは気圧される。
どう見ても非力な老人だ、というのにだ。
彼のその言葉の一つ一つが重いボディブローのように突き刺さる。
トーヤは痛みは無いのに吐き気を、そして息苦しさを覚えた。
それが永遠のように感じられ、しかし、一瞬のようにも感じられた。
それほどまでにドクター・モモの話は現実味が無かったのだ。
しかし、聡明なトーヤは老科学者が嘘を言っていることはない、と理解してしまっている。
だからこその苦悶。
聞いていて辛い。
「話は以上じゃ」
「……それが事実だとしても……重すぎます」
「おまえさん以外には託せんのじゃ」
トーヤは生まれて初めて、対話で後悔した。
それほどまでに衝撃的な内容であり、しかも、それを誰かに語る事などできないのだ。
一生、抱えて墓にまで持ってゆかなくてはならない。
「地球人類が生き永らえるも、滅ぶも、おまえたち次第じゃ」
「【表の連中】が活躍すれば大丈夫なのでは?」
「【表の連中】はその名のとおり、表向きの解決じゃよ。根本的な解決は出来ん。真に人類が救われるには根っこの部分から解決するしかないんじゃよ」
重い沈黙がラボ内に充満する。
それを吹き飛ばす勢いでドアが開かれた。
「ポテチ買ってきた! あとファンタジーオレンジ!」
「おまえなぁ……」
「かっかっかっ、それは素敵な組み合わせじゃの」
あまりに能天気な相棒にがっくしと肩を落とすトーヤ。
それとは対照的に話すことを話し終えてスッキリとしたドクター・モモの対比に、トウキは、こてん、と首をかしげるのであった。
 




