36話 邂逅
十分に警戒をしつつ羊蹄山を登る。
人の手入れがなされていない山道は獣道となんら変わりなく。
「おー、良い見晴らし」
「こらーっ、ちゃんと警戒しなさいっ」
だが、トウキは既にピクニック気分だ。
あれほどの惨状、脅威を目の当たりにしても三歩歩けばなんとやら。
彼女の能天気ぶりにはデューイもお冠である。
「言っても無駄ですよ、デューイさん。放っておくのが一番です」
「あの娘、一応、ポイント・マンなんですが?」
「十分、的になってくれますよ。その隙に仕留めますから。それこそ、あいつごと」
「いっつも発言が物騒なんですがっ!?」
トーヤは眼鏡をくいっと位置修正し、それを不気味に輝かせる。
その姿にデューイは戦慄を覚えるであろう。
羊蹄山の中腹当たりの出来事だ。
デューイの心配を他所に、一行は登山を続け、そして何事もなく山頂へと到着。
「ありゃ? 何事もなく山頂に着いちゃったわね」
道中に猛獣の一匹や二匹くらいの襲撃を覚悟していた彼女たちは拍子抜けを受けた形となる。
辿り着いた山頂は、しかし、彼女たちが期待していた光景とはまるで異なる。
トウキたちが期待していた光景は見晴らしが良い穏やかな光景。
しかし、彼女たちを出迎えたのは、壮絶な戦いの後、という光景だ。
景観が良かったであろうそこは、無残にもボロボロの状態。
地面の所々に陥没やひび割れ、そして斬撃の痕跡が残されている。
このような状態でプリズムキャロットが残っているとは期待できないだろう。
「なんだこりゃっ!? こりゃあ、ひでぇ!」
プリズムキャロットを食べる気満々だったトウキは激怒した。
その時、陥没から呻き声のような物が聞こえた。
トウキたちは互いの顔を見合わせ、用心深く声がした陥没へと接近する。
すると、そこには一体のドッペルドールの姿が。
「た、大変っ! 直ぐに手当てをしないとっ!」
デューイの発言である。
これが正常な判断が出来る人間の反応だ。
「あぁ、直ぐに救急キットを用意する」
ジャックの発言だ。
これも正しい判断が出来る人間の反応だ。
「罠かもしれません。射殺しましょう」
トーヤの発言だ。
分からなくもないが、ちょっとアレな人間の反応だ。
「そんなことよりも、プリズムキャロットだ!」
トウキの発言だ。
まさに外道。
人の心が無いんか?
「あ……あなた方は?」
「喋らなくていいわ。今、手当てするからね」
「ほら、濡れタオルと消毒液。それと再生液」
デューイとジャックは二人を意識外に締め出し負傷者の手当てに尽力する。
全身を負傷しているドッペルドールは金髪碧眼の少女だ。
よく見ると彼女の耳が長い。
彼女の外見を例えるのであれば、伝承に伝わる【エルフ】の姿と合致するだろう。
「(この娘……特殊個体かしら?)」
そうだとするなら、必ず肉盾の一人や二人がついていてもおかしくない。
しかし、激しい戦いの痕跡が残るこの場には、それらしき姿も遺体も見当たらなかった。
であるなら、彼女は一人で、この場に居たことになる。
そして、この惨状を作り上げた原因の一つになるかもしれないのだ。
「ん? なんだこいつ。耳長いな」
「特殊個体なのかもね」
「えー? どうみても強そうには見えないぞ」
「特殊個体の全てが強いわけじゃないのよ」
「ふ~ん?」
トウキはチラリと耳の長い少女を見下ろし、興味を失ったのかプリズムキャロットを探し始める。
「見つかんねぇ! お~い! プリズムキャロットや~い!」
「プリズムキャロットはありません。持ち去られました」
「「「「!?」」」」」
耳の長い少女は唐突に告げる。
「今、この星に危機が迫っています。この状況は始まりに過ぎない……」
地球に迫る危機を。
現在の危機は、まだ始まりに過ぎないと。
「ちょ? 大丈夫? 頭打った?」
「……もう、大丈夫です。魔術回路起動・【ヒール】」
一瞬、エルフの少女の身体が青汁く発光した。
すると、彼女の醜い傷跡が見る見るうちに消えてゆくではないか。
「えっ? 何それ……」
まるで時間の巻き戻しを見ているかのような光景に、デューイたちは声すら出ない。
そんな彼女たちに金髪碧眼の少女は名乗る。
「私の名は【エティル】。この星の未来を変えるべく活動する者」
突然のイレギュラーな存在に、トウキを除く三人は困惑するより他になかった。




