35話 疑念
プリズムキャロットを求め探索すること一時間。
トウキを先頭に羊蹄山を進むも見つかるのはドッペルドールの亡骸ばかり。
いよいよ、ただ事ではない、と自覚したであろうか。
こいつに限ってはそんなことはない。
今も鼻をひくつかせ、何やら興味深そうな物を発見する。
それに駆け寄り、しゃがみ込んで観察を開始。
かなりドスケベなアングルでトウキが映っているが文字だけなのでセーフ。
「おっ、なんか食えそうな草、発見」
「ほう、それは【ほうれん草モドキ】だな」
ジャックはそれを見て、ひと目で食材名を言い当てた。
彼は食材の知識においてはトウキを遥かに上回る。
「こいつはシャキシャキした食感が気持ち良いんだよ」
「へ~」
ほうれん草モドキは限りなくほうれん草に近い何かである。
厳密にはほうれん草ではなくゼンマイの仲間であり、食感もそれに近い。
しかし、姿形は完全にほうれん草という紛らわしい植物であった。
山菜ではあるが、あく抜きをしなくてもいい、というのは喜ばしいところ。
「食材ゲット」
「おう、確保しておけ。色々と使える」
トウキとジャックは元料理人と現役料理人だけあり、食材を発見する能力、そして、知識共に優れている。
ある意味でドッペルドールを運用し危険地帯での食料確保任務には打って付けの人材と言えよう。
「しっかし、まぁ……どんだけ、やられちゃてんのよ」
「確かにそうですね。中には手練れも混じっているんでしょう?」
「えぇ、結構、腕自慢の奴も転がってるわ」
無残な姿になっているドッペルドールたち。
その殆どが猛獣に食われたのであろう無残な状態で発見されている。
その姿に、この世はしょせんは弱肉強食の世界、と認めざるを得ない。
「うん? デューイさん、これ」
「なぁに? トーヤちゃん……これは……」
トーヤがデューイに示したのは、一体のドッペルドールの亡骸。
その切断面だ。
それは頭部のみのドッペルドールだった。
頭部がカチ割られている。
その表情は驚愕に満ち溢れており、何をされたのか分からないまま死亡したのであろうことが予想できる。
しかし、トーヤが興味を持ったのはそこではない。
首の断面部位だ。
それは、あまりにも鮮やか過ぎた。
余程の技術が無ければこうも鮮やかに首を刎ねる事は出来ないだろう。
「……ティアナ」
「知り合いでしたか」
「えぇ、7期の娘がやられるだなんて……相当な強敵ね」
「猛獣ではない可能性が高いです」
「え?」
そこにトウキが黄色のアスパラガスを、ポリポリ、と齧りながらやって来た。
これは【ハチミーパラガス】という蜂蜜の味がするアスパラガスである。
生でも甘いが軽く茹でると甘みが増して更に美味しくなる。
主にスイーツの材料になることが多い。
「どうしたー?」
「トウキ。これを見ろ」
「グロっ」
「そうじゃない。ここだ」
トーヤはトウキに首の断面を見せる。
すると、トウキは「ほう」と唸った。
「鋭い刃で一撃だな。細胞を一切潰さない斬り方だ」
「刀か?」
「それか刀に近い物で、ズバッ、だな」
「猛獣にはできないか」
「多分な。これは意図して首を狙ってないとできない」
トウキとトーヤの会話に、デューイは背筋が凍り付く感覚に陥る。
「ちょっ!? それじゃあ何? 地上に殺人鬼がうろついている、っていうの!?」
「まぁ、そんなところかなぁ」
「しかも羊蹄山に、です」
デューイは「冗談でしょ!?」と表情をこわばらせたが、二人はそれを否定する。
「こりゃあ、殆どの死体が切り殺された後で猛獣の餌にでもなったか?」
「その可能性の方が高いな。或いはそれが目的か」
「ドッペルドールをペットの餌にしている?」
「あぁ」
トーヤはどうやら、そのような答えに辿り着いたもよう。
一方のトウキは。どうでもいい、との答えに辿り着いている。
トウキの中の中の人は、その都度、対処すればいい、というゴリラ脳だからだ。
「うん、帰ろう! そうしよう!」
「まだプリズムキャロットを見つけてないじゃん」
「そんなの、どうでもいいでしょうっ!?」
「別に本体が死ぬわけじゃないんだし」
「……一度死んでみれば分かるわよ」
トウキの言う通り、ドッペルドールで死亡しても本体が死ぬ可能性は低い。
ただし、死んだ、という事実は一生付き纏うわけで。
デューイは一度だけだが死亡している。
それは徹底的に凌辱された挙句に生きたまま貪り食われる、という壮絶なものであった。
通常なら、死んでしまえばそれで終わりであるが、その記憶は本体に引き継がれるのだ。
たとえ、本体が無事であっても、その精神は無事では済まない。
これがドッペルドールのパイロットが抱える問題の一つだ。
「まぁ、用心して進みましょう。どの道、これの原因を放っては置けないでしょうし」
「そうだな。まぁ、プリズムキャロットを見つけたら帰るけど」
どうやら、トウキの関心はプリズムキャロットのみのもよう。
恐らくは手練れではあるが、やり口が気にくわないようで、戦う意欲が湧かない様子だ。
トウキは戦闘狂ではあるが、それを食欲が上回っている。
鍛錬を重ね強くなるのも、食材を確保し食べるための手段の一つに過ぎないのだ。
「うぅ~、それじゃあ、早くプリズムキャロットを見つけて帰りましょう!」
「そうだな。でも……どこに生えてるんだろうな?」
きょろきょろ、と周囲を見渡す黒ビキニの痴女。
そこに赤い果実を抱えたジャックが姿を見せる。
「可能性としては山頂だな」
「お? それはトマト?」
「あぁ、【トマカレー】だ」
それはトマトの果実の中に、カレールーのような味がするゼラチンに護られた種が入っているトマトだ。
種はコショウのような辛みを持っている。
そのまま食べるにはきついが茹でるなりして温めると、果実の酸味と内部のカレールーのようなゼラチンがまろやかになって美味しく食べることが出来る。
その味からご飯の上で潰してカレーライスのように食べることが出来るのだ。
「さ、山頂っ!? そんなの見つけてくださいって言っているようなもんじゃない!」
「な、なんだよ? 猛獣なら対処するだけだろ」
鬼気迫る表情のデューイに困惑するジャック。
戸惑う彼にトーヤは事情を説明するのであった。




