34話 不穏
トウキたちが羊蹄山に辿り着いた時、既に数体のドッペルドールが地面に倒れていた。
どうやら来て早々に猛獣たちの熱烈な歓迎を受けていたらしい。
「こりゃあ、ひでぇ」
「弱肉強食の戦いを仕掛けてんだから、まけりゃあ、こうなる」
顔を顰めるジャックに対し、トウキは淡々としている。
これは彼女が常に覚悟をもって狩りを行っている証だ。
彼女、そして中のゴリラは【大自然の掟】に従順なのである。
それは即ち【弱肉強食】。
どのような手を使っても勝ち、敗者を喰らう。
そして生き永らえる、という残酷にして世の真理。
食わねば生き残れないという世であるなら、勝って食って生き残ってやろうじゃないか、というのが桃吉郎なのだ。
「あら、このドッペルドール」
「おいおい、4期の連中も不覚を取る奴がいるのかよ」
デューイとジャックは損傷の激しいドッペルドールが、4期パイロットがソウルリンクする個体だと理解した。
彼は直接の面識はないが、それなりに腕が立ち修羅場を潜り抜けてきた猛者であることをネットなどの情報媒体で知っていたのだ。
「なんだ? 強いやつだったのか?」
「まぁな……だが、ご覧の有様だ」
そのドッペルドールは女性型だったが、それらを判別できる部分は既に猛獣に喰らわれてしまっており、辛うじて顔半分が残っているだけという有様だ。
それでも襟の部分に【4DP】というバッジを付けていたのが確証となった。
4DPとは4期・ドッペルドール・パイロットという意味である。
「不覚を取れば猛者でもこの有様、というのが今の地上なんでしょうね」
「トーヤちゃんのいう通りね」
デューイはマシンガンを構え周囲を警戒する。
今回はトウキが普通に叩けるのでデューイはバックアップ・マンの位置に。
そして、トウキがポイント・マンの立場を務める。
といてもトウキに斥候の役割は務まらないだろう。
興味がある物に対してまっしぐらなのだ。
なのでデューイはポイント・マンとバックアップ・マンの両方をこなす必要が生じるのは目に見えていた。
「じゃ、いこうぜ。もぐもぐ」
「こんな状況でもカロリーパートナーを食べるの?」
「新発売のストロベリー味」
「一個ちょうだい」
トウキは腰に取り付けていたサイドポーチから、携帯食料カロリーパートナーイチゴ味を一袋取り出しデューイに手渡した。
彼女は袋を破り捨てピンク色のスティクを口に運んだ。
尚、袋は植物の繊維で作られた物で、時間経過に伴い微生物によって分解されるので、地上でのポイ捨て推奨である。
「もぐもぐ……おぉ!? 今までのカロリーパートナーはなんだったのっ!?」
「美味いだろ?」
デューイがカロリーパートナーに今まで感じていたものは、パサパサな材料が口内の水分を全て吸い取り、微妙な甘さとしょっぱさを感じるくそ不味い食べ物、というものだ。
もうどうにもできない、という状況下以外では絶対に口にしたくない食べ物であった。
それがどうだ。
口に入れるとしっとりとした食感を感じる。
確かに携帯食料であるからある程度、水分は取り除く必要があるだろう。
しかし、それはしっとりとしていた。
口内の水分を全て吸収し、尚且つパサパサであった初期のカロリーパートナーとは雲泥の差だ。
しかも、甘い。
変な雑味やしょっぱさは感じない。
口内に水分が残るからか唾液が溢れてくる。
それがカロリーパートナーを更にしっとりと、やがてねっとりとさせて甘さが舌に絡み付いて来る。
「イチゴ味、いいかもっ!」
「チョコレート味も出てた」
「いいわねっ。カロリーパートナー社、頑張ってんじゃん」
君たちが文句ばかり言うからだ。
不眠不休で頑張った彼らを労いたまえ。
「初期の美味いじゃん」
「マジで言ってる?」
トウキは食べ方を知っているのだ。
カロリーパートナーはガッツリ一口で食べるものではなく、少しずつ齧って唾液と混ぜ合わせて食べる事を想定していた。
しかし、大部分のパイロットは二口でカロリーパートナーを食べ終えてしまう。
携帯食量はそういうものだ、と思い込んでしまっていたのだ。
「調理も食べ方も同じだ。手順を踏まなきゃ美味しく食べられないぞ」
「はえ~」
こういう所は元料理人である。
「ほら、行くぞ、トウキ。プリズムキャロットは争奪戦なんだからな」
「おっと忘れてた。行くか」
トーヤに促され、トウキは、ふんふん、と気合を入れるのであった。
ちなみに、トーヤはバナナ味がお気に召したもようで、彼女もしっかりとサイドポーチにカロリーパートナーを忍ばせていた。




