33話 シュークリームの樹の実
札幌市から南西に羊蹄山はあった。
そこに到達するルートは二つ。
一つは遠回りになるが比較的安全なルート。
もう一つは近道だが、危険な猛獣が跋扈する最短ルートだ。
多くのパイロットたちが最短ルートを選択。
そして、返り討ちに遭いすすきの要塞へと逃げ帰る。
或いは再生成という被害に遭った。
トウキたちはというとジャックの車で遠回りをしていた。
これはジャックが警戒しているという理由もあるが、トウキが甘い物を食べたいという我が儘を言ったからでもある。
そう、例の【シュークリームの樹】を求めて正式ルートさえも逸脱しているのだ。
「どこにあるのかなぁ?」
「確か、洞爺湖の真ん中にある島に生えているとか」
「泳がないといけないじゃないか」
「なんでボートという発想に行きつかないんだ?」
トーヤはGPCを操作しながらトウキに呆れた。
彼女はGPCの可能性に興味を引かれている。
旧式は新型よりも頑丈に出来ており、トーヤに安心感を与えていた。
それでいてドクター・モモのアップデートによって、新型にも劣らない性能を獲得していたのである。
シュークリームの樹の情報も、これで調べ上げたのだ。
ただし、食材の転送は出力の問題で、デューイのGPCにも劣る。
やはり、折を見て新型に乗り換える必要があるのだ。
「おう、見えて来たぞ~」
「よっしゃっ! 水着の準備は良いかっ!?」
「おめぇは元々水着のようなもんだろ」
後部可動ユニットから身を乗り出して興奮するトウキ。
朗らかな笑顔は見る者に元気を分け与えるだろう。
やがて、洞爺湖に付いたトウキ一行はボートを用意し始めた。
ボートはGPCの転送機能を利用する。
すすきの要塞に送るのではなく、すすきの要塞に要請を出しボートを転送してもらうのだ。
位置の特定はGPCので把握してもらう。
「先に行ってるぞ!」
「我慢できないのか……って、水面を走っちゃってるよ!? あの娘っ!」
トウキは水面をバシャバシャと走って島へと向かう。
これはトウキがゴリラより軽いからできる芸当だ。
尚、一応ゴリラもできるが流石に沈んでゆく。
長距離移動することは難しいだろう。
「あの馬鹿……」
「苦労するわね、トーヤちゃん」
このタイミングでボートが転送されてきた。
小型エンジンを搭載した六人用のシンプルな木製ボートだ。
何度も使用された形跡があり、縁には猛獣が嚙んだと見られる痕跡があった。
「俺たちも行くぞ。うかうかしてたら全部食われかねん」
「え~、まさかぁ」
「急ぎましょう。デューイさんも早く乗ってください」
「え? トーヤちゃん、冗談よね?」
しかし、それは冗談ではなく。
「うまっ、うまっ」
「ちょーっ!? トウキちゃん、食べ過ぎよっ!」
島に到着した三人が見たものとは、シュークリームの樹の実を絶滅させる勢いで食べ進めるトウキの姿だった。
シュークリームの樹の実を求める動物を狙う猛獣【シュークリター】なる大型のワニが頭にタンコブを作って気絶している。
その数、実に15匹以上。
全てトウキがボコボコにしたのであろう。
恐るべき食い意地である。
「早く食べないと無くなっちゃう!」
デューイは慌ててシュークリームの樹の実を手にして口に運んだ。
あまーい生クリームとカスタードクリームのコラボレーションが口を満たす。
さっぱりとした生クリームと、ねっとりとしたカスタードクリームが混ざり合い、お互いの長所で短所を補う姿は美しいの一言だ。
しかもこれ、カテゴリーは果実である。
したがって、沢山食べても果実を食べているのと同じ。
女性にとって嬉しい事この上ないシュークリームなのだ。
ただし、果実なので身の中に種が入っている。
それはグミ程度の型さで食べれない事もないが、少し酸っぱい。
なので大半の者は、ぺっ、と吐き出すだろう。
或いは持ち帰り、口の中の甘さが落ち着いた後で食べるかだ。
「ふにゃぁぁぁぁぁぁ……おいひぃ~!」
デューイはその圧倒的な甘さに骨砕けになった。
このシュークリームは別名【女殺し】と呼ばれており、女性の舌にはこの世の物とは思えないほどの甘さを与えるのである。
「うわっ、甘すぎる」
まぁ、甘すぎるのが苦手な女性ももちろんいる。
トーヤは突出し過ぎる味が苦手なのだ。
「コーヒーあるぞ」
「いただきます」
ジャックもまた甘すぎるのは苦手だ。
一個食べれば十分と判断し、缶コーヒーの蓋を開けていた。
もちろん、ブラックコーヒーだ。
「うんまぁい! トウキで食べるお菓子は最高だな!」
「あら、本体は甘い物が苦手なの?」
「酒のつまみになるしょっぱい物が良い。甘いのはあまり食べないかな」
「ふぅん。やっぱり、女と男の味覚は違うのかしらね?」
「たぶん。こっちの身体は甘い物を求めているぅ!」
むしゃり、とシュークリームを豪快に齧る。
すると本来、白いはずの生クリームがピンク色をしているではないか。
「当たりだっ! イチゴ味っ!」
「あーっ! いいなぁ! ちょうだいっ!」
「ならぬぅ!」
まるで姉妹のようにじゃれ合うトウキとデューイを眺めながら、まったりと缶コーヒーを堪能するジャックとトーヤ。
それは、彼女らがシュークリームの樹の実を根絶やしにするまで続いた、という。
食い過ぎだ、おまえら。




