32話 奇妙な依頼
富良野探索から一ヶ月後。
「ふんっ! はっ! おうりゃあっ!」
その日の早朝、桃吉郎は本体の鍛錬をこなしていた。
圧倒的な身体能力は限界を知ることなく。
どんどん人離れして行く超人に人々が授けた二つ名は【超ゴリラ人】。
決してエサを与えないでください、が合言葉だ。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
深呼吸をし、体内の陰の気を吐き出す。
酸素を取り入れる際に陽の気を生産し体内を循環させる。
「ふしっ!」
正拳突き。
それに、陽の気を陰の気に転換し乗せる。
陰と陽は相反するが、同時に同じ物である。
陽だけでも陰だけでも駄目なのだ、は祖父である桃十郎の口癖であった。
循環こそ自然のルールであり、そして真理。
幼い頃より、桃吉郎は徹底して、それを教え込まれてきたのだ。
だが、そのお陰で、ゴリラ化した。
これは大きな誤算であっただろう。
「うしっ! 今日も絶好調だぜ!」
「街灯の上に立って何を言っているんだ。さっさと下りて来い」
凍矢が呆れ顔を示した。
今日もまた、ランニングの途中で桃吉郎と出くわしたのである。
出会った場所もいつもの公園だ。
しゅたっ、と飛び降りたゴリラは爽やかに朝の挨拶を交わす。
「おはよう、凍矢。高い所はいいぞ」
「おはよう。馬鹿と煙は高い所に上るからな」
「そんなに褒めるなよぉ」
「褒めてない」
桃吉郎は馬鹿なので無敵であった。
だがトウキに意識を移すと多少、お利口さんになるのだ。
これは、やはり脳に問題があるのではなかろうか。
たぶん、桃吉郎の脳は小さいのだろう。
その内、耳から落っこちるのではないか。
実に心配である。
「おん? 凍矢、髪伸びたな」
「うん? そうか?」
「あぁ、トーヤちゃんみたいになってる」
「ぐむっ……僕は男だからなっ!?」
「んな事は分かってるよ。顔を真っ赤にして怒る事じゃないだろ」
「むむむ」
最近の凍矢はどうにもメンタルが不安定だった。
しかし、トーヤになっている際は比較的にメンタルが安定いている。
彼はドクター・モモにも相談したが、原因は不明、と返答された。
「くそっ、確かに肩まで伸びているな。切るか」
「えー、似合ってんじゃんか」
「切る!」
むっすー、と強情を張る凍矢は、つーん、としながら走り去っていった。
「変なの」
残されたゴリラは首を傾げる事しかできなかったという。
今日もパイロットたちは人々の為に任務に当たる。
すすきの要塞中央広場では、クエストや情報を求めて、多くのドッペルドールたちで賑わっていた。
そこにトウキとトーヤ、デューイ、ジャックの姿があった。
何のかんの言って、この四人で集まることが多くなっていたのである。
「今日は、どんな食材を獲りに行こうかな」
「たまに甘い物が食べたいわ」
「おう、いいな。確かシュークリームの実を付ける樹がある、って噂だぞ」
「あらやだ、いいわねぇ」
見た目は、きゃぴ、きゃぴ、している女子たちの和やか空間だが、片方はゴリラであることを忘れてはいけない。
終始和やかなムードであったが急に空気が変わった。
ピリピリし始めた原因はとあるドッペルドールの出現である。
「どけっ!【ボーネス】様のお通りだ!」
肉盾と思わしき黒服のドッペルドールたちが、バーコードハゲの小太りの中年男性の周囲に油断なく整列した。
ボーネスと呼ばれたドッペルドールはどう見ても狩りに赴く姿ではなく。
ブラウンのスーツ姿で、この場に姿を現したのである。
「1億の報酬をくれてやる。探せ【プリズムキャロット】を。それは【羊蹄山】のどこかに存在する」
ざわつく中央広場。
1億の報酬とは即ち【円】、【D】、【貢献ポイント】の全てを指す。
これに飛びつかないパイロットは皆無だろう。
「選定はなされないので?」
「する必要はない。帰るぞ」
ボーネスは言うだけ言って、早々に地下シェルターへと帰って行った。
気味の悪い微笑を残して。
「おい、どうするよ?」
「報酬は美味しい。というか欲しいっ!」
ジャックはボーネスの胡散臭さに警戒し、乗り気ではないもよう。
逆にデューイは超やる気である。
「トウキは?」
「プリズムキャロット……食ってみたいとは思わないか?」
トウキは金よりも食い気であった。
プリズムキャロットはかつて一本だけ採取されたことがあった。
それは天にも昇る味であり、食べた者にとてつもない幸運を授けるという。
その詳細なデータは不幸な事故によって消失したが、口伝によってパイロット間に伝わり続けている幻の人参だ。
「しかし、なんでまたボーネス氏がそんなものを欲しがるんだ?」
「金持ちの道楽なんじゃないの?」
「う~む……」
考え悩むジャックにトウキは声を掛ける。
「んなもん、どうだっていい! プリズムキャロット、見つけて食おうぜ!」
「おまえなぁ……いや、いいか。食欲がトウキの行動原理だしな」
ジャックは報酬を目指すのではなく、過程を楽しむことに切り替える。
プリズムキャロットは間違い無く争奪戦になるだろう。
きっと、ドッペルドール同士の争いに発展する。
「……まさか、な」
ジャックは嫌な予感を感じつつも旅の仕度を始めるのであった。




