31話 グルメサンフラワーの種、実食
すすきの地下シェルター・レストラン。
そこに桃吉郎たちは集合。
富良野で獲得した巨大ひまわりグルメサンフラワーの種を実食することに。
ジャック事、衣笠は宣言通り、厨房を使わせてもらいミートソースパスタを製作しているところだ。
「まだかなー」
「少し落ち着け」
「落ち着いていられるかよぉ。早くしないとビールが無くなっちまう」
というかもう無い。
桃吉郎は飲むペースが早過ぎるのだ。
そんな彼に呆れる凍矢は益々、艶に磨きがかかっている。
本人は原因不明といっているが、美保はトーヤとの因果関係に起因しているのではと推測。
確証はないが、実はその線が濃厚である。
ドッペルドールの技術は、まだまだ未知の領域が沢山残っているのだから。
「お待ちぃ。前菜を持って来てやったぜ」
「おぉ、冷菜仕立てかっ!」
「あぁ、チーズレタスが入荷してたんでな。使わせてもらった。ポークシイタケも刻んで加えてある。勿論、グルメサンフラワーの種もな」
「うっひょう! 堪んねぇ! いただきまぁす!」
透明のガラス皿に盛り付けられた冷製パスタは一種の芸術品のような美しさがあった。
大半の者がそれに見とれ、暫し鑑賞する中、桃吉郎は情け容赦なく崩して口に放り込む。
そんな姿に苦笑する衣笠はしかし、同時に料理人としての喜びを感じていた。
「うっまぁ! パスタのモッチリ感、ミートソースの酸味と重厚感が混ざって舌を喜ばせるっ! そして、ナッツの噛み応えと芳ばしさが堪らんっ!」
ガツガツと食べ進める桃吉郎だが、これはあくまで前菜。
それほどの量を盛っているわけではない。
「足りんっ!」
「おいおい、メインが残ってんだ。それくらいで勘弁してくれや」
「むむむ、一理ある。しかし……ほんの僅かな苦み。これが食欲を増進させるな」
「お? 気づいたか?」
「ん~、コーヒー入れたろ?」
「ご明察。流石は元料理人だな」
「わっはっはっ、まだまだ現役のつもりだぜ」
衣笠のパスタには隠し味としてコーヒーを忍ばせてあった。
これが苦みとコク、芳ばしさを増加させるのだ。
分量を間違えれば全てが台無しになるコーヒーだが、上手く使えば料理をひと段階昇華させる効果が期待できる。
衣笠はコーヒーを上手に使うことが出来る料理人だった。
ただ、料理人の全てが彼のようにコーヒーを扱えるわけではなく。
尚、コーヒーは入手が困難な状況のため、結構お高い。
「衣笠さん、凄いでしょ? はい、お待ち同様」
「お、輝夜。ようやくできた……うおっ!? なんじゃこりゃっ!?」
前菜を食べ終え余韻に浸っているところに輝夜がメインディッシュをもってやって来た。
それをテーブルに置くと、どよめきが起こる。
それもそのはず。
ヒマワリの種にもかかわらず、出てきたのは【ステーキ】だったのだ。
「【グルメサンフラワーシードステーキ】よ。まずは食べてごらんなさい」
「マジかよ……でもまぁ、いただきますっ!」
合掌、一礼。
そして、ナイフとフォークを手にしてステーキに切れ込みを入れる。
じゅくっ、じゅわぁぁぁぁ、との音。
溢れる肉汁。
どう見ても動物の肉にしか見えない。
断面を観察する。
「おあっ!? 真っ白だっ!」
「種だもん」
摩訶不思議な食材に、桃吉郎たちは面を喰らう。
しかし、衝撃よりも好奇心が勝り、それを口の中へと運んだ。
噛み締める。
じゅく……くちゃ、くちゅ、くちゅ……じゃく、じゃく、じゃくっ!
数度噛み締める、とそれは紛うこと無き獣肉。
しかし、それ以降は確かに植物の種のような歯応えに変わる。
「な、なんだこりゃっ!? 不思議な食感!」
「おぉ、あれが、こうなるのか……!」
桃吉郎と衣笠はそれを食べて仰天する。
そして、ステーキとして成立していることに不覚を取った、とすら思った。
種をステーキとして提供する。
このような発想に至る料理人がどれだけいるか。
「んほぉ、すっごい! 重厚で濃厚なのに、あっさりしてる!」
「種だから、植物性なのか。アボカドみたいだが、こっちは歯応えがある分、満足度が高いな」
もりもり食べ進める美保。
大人の美人であるはずの彼女も、美味しい物を食べている時だけは子供のようだった。
凍矢は相も変わらず料理を分析しながら食べ進める。
これは彼なりの食事の楽しみ方なのだ。
「味付けは塩コショウのみか。だってぇのに極上の牛ステーキのような食感だ」
「凄いでしょ? 焼き方で食感が全部変わっちゃうの」
「ほう?」
「これはレアより少し長く焼いた物。これ以上はただの大きなナッツになっちゃうし、焼き方が足りなかったら生臭さが出ちゃうのよ」
輝夜の説明に「ほ~」と感嘆を漏らす桃吉郎たち。
簡単に言うが、初めての食材でここまでの調理を施せるのは技術というよりかは特殊能力のそれである。
彼女には食材の特性を感じ取ることが出来る能力を有していた。
それが【グルメスキャン】という情報取得能力だ。
これは食材にしか作用しない超能力であり、使いどころが限定されるが料理人であれば喉から手が出るほどに欲しい能力であろう。
輝夜は幼い頃より、グルメスキャンを覚醒させていた。
桃吉郎がどんなに料理の腕を上げても、輝夜に絶対に敵わない理由がこれだ。
「使う場所は巨大な種の中心部分。そこだけがお肉のように柔らかいの。取り出せる量は、そうね……10キログラム程度かしら?」
「うっわ。高級品じゃないっ!」
輝夜の説明に美保は仰天する。
そんな高級品と料理に支払えるほどの金を持ち合わせていないのだ。
「あはは、大丈夫。廃棄する部分だから」
「え?」
「調理できる人間がいなかったら、希少部位でも生ゴミ行きなのよ。たまたま、私が調理できるってだけで、他の人は調理出来ないって。だから、それで500円」
「うっそ~?」
輝夜の言う通りで、彼女以外だと、焼き過ぎて硬いだけのナッツの塊になるし、或いは、生焼けで臭いぶよぶよの何かになる。
したがって、希少ではあるがあまり価値の無い部位、となってしまうのだ。
「外側は細かく砕いてケーキやクッキーに。その内側は大きめに砕いて塩コショウでそのまま。更にその内側は天ぷらやフライの具として使えるわ」
「なぬっ!? 天ぷらだとっ!?」
「食感としては白子の天ぷらみたいになるわね」
「食べたいっ!」
「そういうと思ったから調理してもらってるわ」
輝夜は桃吉郎の思考を完全に読んでいた。
したがって、同僚に頼んで天ぷらを作ってもらっていたのである。
「だったら、酒は清酒国士無双だな!」
「はいはい、今用意するわ」
「輝夜っ! 愛してる!」
もちろん、桃吉郎は冗談で言ったのだが、輝夜は顔を真っ赤にしたではないか。
「ばっ、公衆の前でそんなことを言わないのっ!」
「ほへ?」
「もうっ!」
輝夜はぷりぷり怒りながら厨房へと戻って行った。
ただし、内心は態度とは真逆。
彼女は幼い頃より桃吉郎の事を想っているのだ。
だが、桃吉郎はゴリラなので、その想いに気付かない。
ゴリラ、おめぇ。
「なんか、怒らせるようなことを言ったか? 俺」
「さぁな」
凍矢は少し不機嫌な様子を見せる。
彼自身、そのような態度を取っているわけではない。
だが、その語気には確かな不満が混じっていた。
「へるぷみー」
桃吉郎は情けない声で衣笠と美保に救いを求めた。
「ははは、自分で蒔いた種だろ。自分でなんとかしろ」
「種料理なだけに?」
「そういうこった」
愉快そうに笑いつつ、衣笠はビールを流し込む。
美保も彼に倣ってビールを流し込んだのであった。
 




