28話 吉備津流武術、剛の型、奥義
『……』
殺戮のアンドロイドはドッペルビル30階にて弾薬の補給を行っていた。
そこは元々、ドッペルドールの武器管理庫だ。
同時に、研究中の戦闘用アンドロイドの武装とエネルギー供給装置が設置されている場所でもある。
微かに生きている発電システムは全てここに電力を回している。
したがって、町に電力を供給する余裕は一切無かった。
円状の台座に佇むアンドロイド。
それは立っているだけで電力をチャージできる充電器である。
その周囲には動かなくなった万能工作ロボ・コウサクンの姿が。
『……任務、再確認……エラー、エラー……任務了解……』
壊れたアンドロイドは半分ほどで充電を切り上げ、自らに与えられた任務を続行する。
その内容が破損し、正しいものではないことに気付かぬまま。
ドッペルビル29階。
その階段付近でジャックたちは慌てて引き返すことになった。
それは、アンドロイドと鉢合わせる可能性があったからだ。
「か、隠れろっ!」
「ひぃぃぃぃぃっ!」
ジャックはあと少しで30階に到達できるか、という所で慌てて階段を下る。
極限の集中力が何者かの足音を拾い上げたからだ。
ここでの何者はアンドロイド一択。
そう想定して行動しなければ命など無いだろう。
その心構えは間違いなく。
29階の階段付近の部屋に隠れたジャックたちのすぐ後に、戦闘用アンドロイドが姿を現す。
弾薬を補給し、再び死のシャワーを浴びせることが出来るようになった死神がゆっくりと獲物の姿を求めてさまよい始めているのだ。
今度もやり過ごせる、と信じて息を潜める。
戦闘用アンドロイドに気配はない。
その足音だけが判別材料となる。
暫し、静寂が辺りを支配した。
恐らくはアンドロイドも警戒を強めているのだろう。
しかし、根競べはジャックたちが制した。
ゆっくりと足音が遠ざかってゆく。
しかし、ジャックたちは直ぐに動かない。
遠ざかった方角が厄介な方だったからだ。
「くそっ……29階の奥の方に行きやがった」
「下手を打てば部屋を出たタイミングで見つかるかもしれないですね」
トーヤの最悪の展開を肯定するジャックとデューイ。
しかし、一番の最悪は行動に出ず、ここで発見されての一網打尽である。
ガチャ、バタン、という音が聞こえ始めた。
そして、暫しの時間がたった後、同じ音が繰り返される。
それは、同じ時間ではなく、多少の誤差が生じていた。
この誤差がジャックたちの決断を鈍らせる。
確約が無ければ迂闊に部屋から出られない。
それに、上に上がれば、上がるほどに、逃げ道が無くなるのだ。
「埒が明かねぇな」
「いっそ、仕留めましょうか?」
「いや、リスクの方が高い。とはいえ、いつまでも、ここでゆっくりもできねぇ」
ジャックはデューイを背負い直す。
「行くしかねぇ。次の物音で上に行くぞ」
「はい」
息を殺し音を拾う。
遠くでドアの音が聞こえた気がしたジャクは静かにドアを開く。
そこには、戦闘用アンドロイドの姿があった。
『ガチャ、バタン』
なんと、アンドロイドはドアの開閉音を口から発していたのである。
それを徐々に小さく発し、あたかも遠くに移動しているかのように偽装していたのだ。
『ターゲット・ロック。排除開始』
「マジかよ……」
万事休す。
ガトリング砲の狙いがジャックに定まった。
その時の事だ。
黒い影がガトリング砲の下の入り込み、それを蹴り上げたではないか。
「トウキっ!」
「トーヤ! やるぞ!」
「応! ジャックさん! 行ってください!」
なんと、トーヤはスナイパーライフルを投げ捨て徒手空拳の構え。
彼女の正気とは思えない選択に、しかし、ジャックは駆け出す。
「任せた!」
「「任された!!」」
左手を突き出し腰を落とす。
右手は握り締め拳にして後方に引く。
奇しくもそれは長弓を引く構えに似ていて。
「吉備津流!」
「武術!」
「「参る!!」」
戦闘用アンドロイドのガトリング砲がトウキに照準を定める。
だが、遅い。
それを狙っていたのだから当然だ。
「破っ!」
トーヤが戦闘用アンドロイドの右ひじを蹴り上げる。
鋼鉄製のそれが、みしり、と悲鳴を上げた。
だが、破壊には至らない。
強引に引き金を引く。
大量の弾丸がバラ撒かれる。
やはり狙いは黒兎。
しかし、それはあらぬ方角へと逸れてゆく。
『―――!?』
「吉備津流・柔の型【柳】!」
あろうことか、トウキは迫りくる弾丸を素手で【いなした】のだ。
これは音速の弾丸を全て肉眼でとらえていたことに他ならない。
また、手の動きがそれに対応できるほどに無駄が無く早いのだ。
しかし、トウキの手はズタズタに傷付いている。
これは彼女がまだ、柔の型を完全に習得していない証だ。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ちぇりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
ピンチからの逆転、それが吉備津流・柔の型の神髄。
トウキが一瞬にして戦闘用アンドロイドとの距離を詰める。
トーヤもまた、構えに入った。
「吉備津流・剛の型!【烈】!」
「吉備津流・剛の型!【尖】!」
トウキは傷付いた拳で戦闘用アンドロイドを連打。
トーヤはトウキの連打でバランスを崩したアンドロイドに鋭い蹴りを叩き込む。
その狙いは先ほど、一撃を加えた右ひじだ。
それは今度こそ、バキャッ、という破壊音を鳴らして千切れ飛んだではないか。
「んかぁぁぁぁっ!? かってぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「考え無しに攻撃するからだ、馬鹿」
右腕が千切れ飛んだ、ということはガトリング砲を手放したも同然だ。
だが、アンドロイドにはまだ左腕が残っている。
彼女は急ぎ左手でガトリング砲を拾い上げんとした。
「させるか! これで決めてやる!」
バン! とトウキが合掌の構えを取る。
それは大気を振るわせるほどの衝撃を生み出した。
それを成したのは、彼女によって圧縮された手の中の【気】だ。
「吉備津流・剛の型! 奥義!」
そして、合掌の構えのまま戦闘用アンドロイドに突撃。
合掌に宿る膨大なエネルギーを殺戮のメイドの胸に押し付けた。
「【怒剛烈破】!」
トウキの怒号と共に両手のエネルギーが爆ぜた。
それは鋼鉄のアンドロイドの胸部に大穴を生じさせるほどの衝撃を生み出す。
それでも―――――彼女は倒れない。
譲れない何かを支えにして、彼女は倒れる事を頑なに拒んだのだ。
『戦闘続行―――排除―――排除……」
しかし、胸部には彼女の動力炉があった。
それが完全に破壊された今、彼女の意思、願いも空しく。
「やっと動かなくなったか……トウキ、手を見せてみろ」
「トーヤぁ、痛い~」
「当たり前だ。あぁ、もう……よくふっ飛ばなかったものだ」
トウキの両手は真っ赤に染まっていた。
全ての指の皮膚がズタズタになっているのだ。
痛いに決まっている。
本来なら膨大な破壊エネルギーは対象の内部に浸透した後に爆発する。
しかし、トウキ、そして中の人である桃吉郎はいまだ未熟。
桃吉郎はふざけたフィジカルで、未完成の奥義を完成に近い状態で使用しているのだ。
しかし、やわらかトウキでそのような運用をすればこうもなろう。
「取り敢えず応急処置をする」
「うん」
ぴすぴす、と半べそを掻くトウキだが、桃吉郎本体の場合は半べそを掻かないし、何よりも奥義を使用して両手が傷付くということ自体発生しないのだ。
このゴリラ、やっぱおかしいわ。
「怒剛烈破はやめておけ。女の柔肌じゃ制御できないだろう」
「う~、俺のアイデンティティがっ!」
「男と違うんだ。別なのにしろ」
「他のは、派手さが無いじゃんか」
「そんなものはいらん」
「ぴぎゃっ!?」
包帯を巻き終えたトーヤは、ぴしゃり、とトウキの手の甲を引っ叩いた。
当然ながら、そんなことをされては痛いに決まっている。
トウキは情けない悲鳴を上げたのだった。




