27話 アクシデント
「うぐぐ……おいっ、怪我は無いかっ!?」
「あーもうっ、いろいろと擦りむいたっ!」
「よし、無傷だな!」
「乙女の柔肌を何だと思ってんのよっ!?」
ジャックの無神経ぶりにデューイは憤慨しつつも素早く立ち上がる。
尚、トーヤは受け身を取りつつ勢いで起ち上っていた。
そして当然のように無傷。
これも吉備津流武術・柔の型をしっかりと習得しているが故。
だとしても限度というものがあるが。
「急ぎましょう。あの様子だと、こちらを追いかけてくるかもしれない」
「うへっ、否定できないのが痛いねぇ。デューイ、走れるか?」
「問題……痛っ!? 問題はっせーい!」
「んだとぉっ!?」
デューイはどうやら足首を捻ってしまったらしい。
ブーツを脱いで確認したところ、腫れ上がっている様子が窺えた。
「やっちまったな。時間が経てば更に腫れ上がりそうだ」
「どうしようっ!?」
「よし、置いてくか」
「あくまーっ!?」
ただし、緊急時においては選択肢の一つである。
この状態でアンドロイドに見つかり、仲良くミンチになるよりかはマシなのだから。
「喚くな。分かってるよ」
「うえーん」
ジャックはデューイを背負う。
その際には彼女の武装はこの場に全て置いて行く。
出来得る限り身軽にするためだ。
「おっも」
「失敬な!」
「いいから! 足音がすぐそこまできてます!」
ジャックたちは慌てて移動を開始。
途中でエレベーターを発見するも電力が通っていないようで、ボタンを押しても反応が無かった。
「くそっ! デューイを背負って階段かよ!」
「くっ……私がグラマラスなせいでっ!」
「置いてくぞっ!?」
「さーせんっ!」
ヤケクソ気味に階段を駆け上がるジャック。
彼はドッペルドールをほぼ弄っていないせいで、本体とほぼ同等の能力しか持ち合わせていない。
それでも、これだけの行動をこなせるのだから、そのポテンシャルはかなりの物と言えよう。
「ぜーっ! ぜーっ! 研究室はっ! 32階かっ!?」
「すすきののドッペルビルと同じであれば」
「っは! 耳が痛いねぇっ!」
大男のジャックでも人ひとり担いで階段を駆け上がるのは苦行そのものだ。
絶対に息切れするのは分かっていた。
「途中の階で休憩を挟みましょう」
「素敵な提案だっ! ぜぇっ! どの階で休むっ!?」
「15階で」
「今、何階っ!?」
「7階です」
「ぜぇっ! ぜぇっ! おじさん、死にそうだよ!」
そういうジャックは、まだ二十代後半である。
「まてーっ! この半壊メイドっ!」
黒兎がアンドロイドの気を引こうと投擲を繰り返す。
確かに石片は当たるのだが、それにも目をくれず、アンドロイドは一心不乱にどこかを目指していた。
「くっそー。あの野郎、無視しやがって……ふぎゃっ!?」
トウキは勢い余って転倒する。
それもそのはずで、ハイヒールのかかとがボッキリと折れてしまったのだ
「あーあ、壊れちゃった。それならもう、いいよな?」
トウキはハイヒールを脱ぎ捨てた。
「これなら、少しはまともに動けるぞ」
ぴょんぴょん、と飛び跳ね動作確認。
そして、一気に駆け出す。
標的はアンドロイド。
それは一切変わる事が無い。
「ぜっ、ぜっ、ぜっ……」
小さく息を整えるジャック。
15階に辿り着いた彼らは一度目となる休憩を挟んだ。
潜り込んだ場所は職員の休憩室のようだ。
お茶を楽しみながら体を休めていたであろう名残がある。
だが、ここにも白骨死体があり、それらは女性の服を身に付けていた。
「……お邪魔するぜ、お嬢さん方」
だが返事は無い。
彼女らは、ただの屍だからだ。
「失礼しますよ」
「うん……あ、痛っ!」
この隙にトーヤはデューイの捻挫の応急処置を施す。
実に手際が良く、デューイも感心を覚えるレベルだ。
「上手ねぇ」
「桃吉郎の手当てを何度も繰り返してきたもので」
「え? あの子が怪我?」
「えぇ、子供の頃はトウキみたいに可愛いやつでした。それが成長するとゴリラに」
「ある意味でホラーね」
と物音が近づいて来る。
「「「!?」」」
ガシャン、ガシャン、ガシャン、という音は紛れもなくアンドロイドの歩くそれ。
三人は生きを殺し暴風が通り過ぎるのを祈る。
今、見つかれば確実に命が無い。
しかし、無情にも彼らが潜んでいる部屋のドアに手が掛けられる音がした。
「(南無三っ!)」
トーヤは念仏を唱えながらスナイパーライフルを構えた。
アンドロイドの姿が見えた瞬間に弾丸を撃ちこんでやろうというのだ。
仕留められる確証は無く、完全に賭けだった。
しかも、分が悪い方の。
「おらーっ! こっちだ! ぽんこつっ!」
こつん。
ドルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!
「ぎゃーっ! 掠った!? 服がっ!」
外でトウキの甲高い声。
そして、ガトリング砲の発砲音。
暫しの間、ギャーギャーと喚く声がしたが、それはやがて遠ざかっていった。
アンドロイドも黒兎を追いかけていったようで発砲音も聞こえなくなる。
「ぶはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 助かった!」
「心臓に悪すぎるぅ!」
いつの間にか抱き合っていたジャックとデューイは赤面した後に、気まずそうに離れた。
「ふぅ……あと3分、休憩して移動しましょう」
「そうだな。デューイ、念のために痛み止めを打っとけ」
「うん」
ジャックは胸ポケットから液体入りの小型注射器を取り出す。
それはドッペルドール用の即効性の痛み止めだ。
注射器上部のカバーを取り外すとボタンが出て来る。
それを患部に当てボタンを押すと針が飛び出ると同時に薬が注入される仕組みとなっている。
これが便利なところは包帯越しに使用できる点だ。
だだし、分厚過ぎると針が届かないので、その点は注意である。
プシュッ、という音と共に薬がデューイに注入された。
即座に痛みが引いて行くが、これは患部を治す薬ではない。
あくまで痛み止めなのだ。
「短時間なら動けるだろう。だが、あくまでそれは緊急時だけだからな」
「分かってるわ」
「ほれ」
ジャックはしゃがみ込み、大きな背中を赤髪の少女に示した。
「ごめん、ありがと……」
デューイは再びジャックに背負われる。
申し訳なく思うが、その広い背中に安心感を抱く。
「行きますよ。用心しましょう」
「わりぃな、ポイントを任せちまって」
「この場合、仕方のない事ですよ」
トーヤを先頭に、再び階段を上ってゆく。
目指すは32階のドッペルドール研究室。
彼女らは、その行く手を阻むであろうアンドロイドをどう攻略するか。
階段の先からは、益々濃くなる死臭が降りて来ていた。




