25話 命無き殺戮者
鉄筋コンクリートの地下通路。
そこかしこに転がる損傷の激しい白骨死体たち。
それらを全て埋葬するのは大変な労力が必要になるだろう。
「う~ん、これは酷い」
「地下都市に出たら、これより酷いもんを見そうだな」
「そうですね」
警戒しながら進むデューイ、ジャック、トーヤの三人。
暫し、無言の時間が続いた。
しかし―――――――――――。
ぷぅ。
「おっぷー出た」
それをぶち壊す残念バニー。
まさかの放屁である。
「女の子でしょうっ!?」
「ばかやろう」
「まったく……」
トウキだけは平常運転である。
女の身であろうとなかろうと出すものは出す。
それがゴリラ・クオリティなのだ。
「だけど、全然、生き物の気配がしないわね」
「確かにな……猛獣の住処になっていると思ったんだが違うのか?」
デューイとジャックは、このタイミングで一息を吐く。
気が抜けてしまったのだから仕方がない。
「トウキ、どうだ?」
「ここら辺に気配はないな。でも、この先の先の先に微かな気配っぽいのがある」
「……猛獣か?」
「どうだろうな。か細過ぎて分からん」
トウキ、というか桃吉郎は生物の放つ生命の波を感じ取ることが出来る。
それによって、生物の位置を特定することが出来た。
ただし、密林のような生命が豊富な地域の場合、その精度は荒くなることが多い。
「おいおい、何かいるってのか?」
「恐らくはいるでしょうね。トウキの感知能力は信用していいです。気を付けて進みましょう」
ジャックはにわかには信じられない、といった様子であるが、トーヤは完全に信用しているもよう。
そんな彼女の様子にジャックは完全に否定することなく、用心を持って進むことをデューイに打診した。
無論、重要ポジションであるデューイはこれを快諾する。
言われなくとも用心するつもりだったからだ。
更に通路を進む。
やはり、猛獣の一匹も現れない。
餌が無いからだろうか、とも脳裏をよぎったが、それはどうやら違うようだ。
「……こりゃあ、猛獣の死体か?」
「多分、【グールドッグ】の死体ね」
「死肉喰らい、か」
グールドックは深緑色の毛と三つの目を持つ大自然の掃除屋である。
基本的に臆病で、飢えや病気で死んだ骸を探し出して喰らうのだが、自分よりも弱いと判断した相手には群れで襲い掛かって来る。
DLは個体では4。
しかし群れとなると12と危険度が増す。
それは連携攻撃を仕掛けてくるからだ。
群れはボス固体に最低でも6匹の僕が付き従う。
7匹のグールドッグを仕留める実力が無い限りやり過ごすのが得策。
そして、肉は臭くて食べれた物ではない。
害獣ではあるが同時に大自然の掃除屋であるため、無暗に殺してはいけない、というパイロットにとって厄介極まりない存在であった。
「あっちにいっぱい転がってるぞ」
「都市への入り口付近だな」
トウキはうさちゃんロッドで死骸の位置を示した。
その方向は地下富良野市の入り口だ。
「死臭が濃いな」
「えぇ、今直ぐにでも引き返したいところだけど……」
「出来ねぇよなぁ」
「私だけは問題無いけどねー」
「鬼かよ。最後まで付き合え」
デューイとジャックが銃を握り直す。
そして、ゆっくりと富良野市へと進入した。
そこは、まさに死者の町。
白骨死体の無い場所はない。
それほどまでに蹂躙され尽くしていた。
「酷い……」
「これが富良野市だってのかよ」
デューイとジャックは吐き気を覚えた。
常人であれば発狂ものの光景だったのだ。
これもベテランの域に足を踏み入れつつある二人だったからこそ堪えることが出来たのである。
尚、トウキとトーヤは全く動じていない。
こいつらは色々な意味で変態だからだ。
「確か、救出部隊が突入したんでしょ?」
「札幌のDAがな。だが、作戦は途中で中断された」
「なんで?」
「DAの一人がやられた。即死だったらしい」
「マジで?」
「あぁ、ミンチだとさ」
デューイは背筋を流れる冷たい汗に、死のイメージを感じ取る。
それは直感だっただろう。
「ジャック!」
「うおっ!?」
咄嗟にジャックに飛び掛かり、彼を押し倒した。
ドルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!
何かが高速で飛来した。
それはコンクリートで補強された道路をバターのように抉ってゆく。
それは無数だ。
それは肉眼では見えない。
「ガトリングガンかっ!?」
ジャックはデューイを助け起こし、慌てて建物の陰に隠れる。
トウキとトーヤも彼の下へと逃げ込んだ。
「ジャックさん! あれはっ……!」
「一瞬だけ視界に入った。ビルの上、人型っ! 猛獣じゃねぇ!」
「だったらなんで、僕らに攻撃を!?」
「知るかよっ!」
それは、猛獣ではなかった。
人型であり、超重量のガトリング砲を軽々と持ち上げる身体能力を兼ね備えている。
「トウキ! おまえが感じ取った【オーラ】はアレかっ!?」
「いや、違うな。ジャックさん、あれからはオーラを【感じない】」
「なんだって?」
ガトリング砲の放火が止む。
その隙にトーヤはスナイパーライフルのスコープで標的を確認した。
「女……!? ドッペルドール? だが、何かおかしい」
それは確かに女性だった。
だが、生物ではない特徴があったのだ。
「顔の左半分吹っ飛んでら」
「スコープの存在意義を奪うな」
トウキはアホみたいに目が良かった。
それはスコープとほぼ同様の性能を持っている。
そんなトウキが女性にもった印象は、顔が半分吹き飛んだメイド、である。
人間であるなら、まず生きてはいない大怪我であろう。
「……戦闘用アンドロイドか?」
「え? そんなSFチックなの実用化できてたの?」
「噂だったけどな。その研究が、ここで行われてたってよ」
ジャックは情報通である。
極秘情報すらもうっかり入手し、酷い目に遭った事は一度や二度ではない。
その度にドクター・モモの世話になっていた。
これがジャックが抱えるドクター・モモへの借りである。
「まさかとは思うけど……ここが滅んだのって猛獣じゃなくて……」
「アレの暴走だっていうのか?」
正解である。
頭部を破壊され、制御を失った戦闘型アンドロイドは人間と猛獣の区別なく、【護衛対象】以外の生命体を破壊し始めたのだ。
その結果、富良野市は滅びることになる。
「五年も経ってんだぞ!? エネルギーが切れていても、おかしくはないだろ!」
「半永久機関でも積んでんじゃね?」
「嫌な推測を立てんなよ。どっちにしろ、今の俺たちで勝てる相手じゃねぇ」
「えー」
「えー、じゃないっ! アレに見つからないように、こっそりデータだけ頂いて帰るぞ!」
「じゃあ、俺が奴を止める! 仕留めちまってもいいよな?」
「このお馬鹿を止めろっ!」
ジャックは胃が痛くなっていた。
トウキはアンドロイドと戦う気満々ではあるが、全員で彼女を止めることに。
こうして、戦闘型アンドロイドとの命を懸けた鬼ごっこが始まろうとしていた。




