23話 ドクター・モモの依頼
「依頼?」
「そうじゃ」
凍矢は怪訝な表情を見せた後に、それでも食の誘惑には抗えず、鶏の生姜焼きを口に運ぶ。
使われた生姜はもちろん生姜鶏の鶏冠。
そのため、肉との相性は抜群。
一ミリの荒も見つけられないほどだ。
甘じょっぱいタレを引き締める辛味は、生姜焼きに無くてはならない要素だ。
そして、この生姜には、その刺激が全身を駆け巡り血行を良くしてくれる効果がある。
電流を流されたかのような、ある種の爽快感は勘違いではなく。
実際に微弱な電流が発生している事が実証されていた。
なので生姜鶏の鶏冠は、医療にも役立てられているのである。
「旭川市の南に位置する旧富良野市で、とある物を回収してくてほしいんじゃ」
「旧富良野市に? なんで、あんなところに」
桃吉郎は梅紫蘇チキンカツを、がぶり、とやりつつ怪訝な表情を見せる。
それは、富良野市が既に廃墟となって久しいからだ。
あそこに住んでいるのは今や猛獣たちだけなのである。
かつて富良野の地下にあったシェルター。
その最後の楽園は猛獣の侵入を許し、彼らの棺桶へと成り果てたのだ。
「あそこのシェルターに、かつての同僚が残したデータがあるはずなんじゃ。それを、【こっそり】持ち出してきてほしい」
「おいおい、穏やかじゃねぇな。それって……」
「そうじゃ、衣笠。これは規律違反。闇バイトじゃよ。ひっひっひっ」
衣笠は思わずクソ爺と言いかける。
パイロットにとって規則は絶対であり、違反したことが明るみになると無視できない罰則が科せられるのだ。
「報酬は?」
「そうじゃなぁ……わしの試作兵器を提供する、というのはどうじゃ?」
これに、まさかの凍矢が食い付いた。
「ちょっ、凍矢君!?」
「博士は頭はおかしいですが技術は確かです。そろそろ、武器のアップデートがしたいと思っていたんですよ」
「だからって……」
美保はこの依頼を断りたい、と思っている。
報酬の詳細が濁されている上に、行動が明るみになった際のリスクが高過ぎる、と判断したのだ。
「富良野に美味い食材はあるのか?」
「おぉとも。そこに生えとる【グルメサンフラワー】の種が最高の酒のつまみになるぞい」
「よし、行くか!」
「「待て待て待て!?」」
美保と衣笠は慌てて桃吉郎を止める。
行動力の塊であるゴリラが【行く】と決めたら、それで決定してしまいかねないのだ。
「もうちょっと考えろ! 規律違反がバレたら、パイロットどころか、シェルターから追い出されるんだぞ!?」
シェルターからの追放は死刑宣告も同然である。
「お? いいな、それ」
しかし、桃吉郎はゴリラである。
そして、ドッペルドールよりも遥かに強いのだから手に負えない。
したがって、本部も桃吉郎のシェルター追放には慎重派の方が多いと思われた。
「それは無いでしょうね。こいつを野に放てば貴重な食材が食い荒らされますし」
「さよう。凍矢の言う通りじゃ」
違う意味での信頼感があった。
しかし、その違いが分からないのが桃吉郎であり、褒められている物だと勘違いし、鼻たーかだか、である。
「なんなんだよ、ほんと。というか! 俺も含まれてんのかっ!?」
「なんじゃい。今頃気付いたのか? 衣笠よ」
がたっ、と席を立つ衣笠は、しかし、ぼそり、と呟いたドクター・モモの呟きに呻き声を上げて、渋々席に着き直した。
彼は彼で、ドクター・モモに恩があるのだ。
「くそったれが」
「ひっひっひっ、お人好しは相変わらずのようじゃの。では、偽装工作はわしに任せておけい。出発はAM4:00。コントロールセンターに集合じゃな」
ドクター・モモはそう言い残すと研究室へと帰って行った。
「だぁぁぁぁぁぁぁっ! 最悪だっ!」
「なんでこうなるのよぉぉぉぉぉっ!」
テーブルに突っ伏す衣笠と美保は泣いてもいい。
「なんだか面白いことになって来たな」
「あぁ。しかし、ドクター・モモが欲しがるデータか。気になるな」
一方で桃吉郎と凍矢は平常運転である。
桃吉郎は言わずもがなであるが、凍矢も頭のネジが数本外れているようで。
「おい、いいかっ!? この依頼は絶対! 完璧に完遂するぞ!?」
「絶対よ! 絶対! 変な事したらお尻を四つに増やすからね!?」
「お、おう」
物凄い剣幕で迫る衣笠と美保に、ゴリラはなんとか返事を返すことしかできなかったという。




