22話 打ち上げという名のお説教
すすきの地下シェルターレストラン。
そこで、今回の狩りの打ち上げ、というか反省会、というかお説教が行われていた。
しょぼーん、と縮こまるゴリラ。
それを威圧する美丈夫と美女、そしてハゲ。
無論、ハゲ、というかスキンヘッドはジャックである。
というか、ドッペルドールと瓜二つ。
寧ろ、ジャックがまったく歪んでおらず、本体と顔と体型が同じなのだ。
これは彼がドッペルドールに一切の強化を行っていない証拠。
事実として、彼は鍛錬だけで自分の分身をあそこまで強化していたのである。
それは紛うこと無き可能性だ。
「しかし、信じられんな」
「でしょ? トウキちゃんが、こんなゴリラだなんて」
「いや、トーヤちゃんの方」
「そっち!? いやまぁ、気持ちは分からなくないけど」
まじまじと凍矢を見詰めるジャック。
本名【衣笠・衛】はどう見ても凍矢が女性にしか見えない。
それは凍矢の長いまつげが、それを助長しているからだろう。
加えて、彼は細マッチョ系ではあるが肩幅が狭い女性体型である。
つまり、どうしても華奢に見えてしまうのだ。
しかも、彼の傍らには常に桃吉郎がいる。
ゴリラと比較してしまえば、こうもなろうというものだ。
というか、二人が並ぶと体格差の恋人、或いは夫婦に見えてしまうほどに仲が良いのも原因の一つなのではなかろうか。
とにかく、凍矢を初見で男性だと見抜くのは難しいだろう。
「僕は男ですよ」
「声も中性なのよねぇ」
「結構気にしてますんで」
「あ、ごめーん」
美保は凍矢に謝罪したが、それは心からではなく。
「ごめんなさい、なんでもしませんから許して」
「おまえは、もっと反省しろ」
きゅーん、と子犬のような鳴き声がした。
今回ばかりは、ほんのりと反省しているらしい。
「外見はアレだが、所々でトウキちゃんっぽいんだよな」
「根っこで可愛いんだとは思うんだけどねぇ。でも、マッチョマンだし」
「いや、凄いな。これが本体で作れるとか異常だろ」
衣笠も肉体美に自信を持ってはいたが、桃吉郎のそれは異次元である。
既に人間を九割は辞めているであろう桃吉郎の身体能力を知れば、衣笠はゴリラとの関係に13キロメートルくらいの距離を置くのではなかろうか。
「何か罰を与えないとな」
「そんなー」
凍矢はこくっ、と紅茶を口に含みながら、そのような提案を示す。
「そうねー。また無茶をしたら困るし」
「そうだな。今回は無事だったからいいものを。ドッペルドールだって、感覚を共有しているんだから怪我をしたら痛いし、無限に死ねるとは限らないんだ」
ドッペルドールの危険性には以前触れた。
今回は感覚について触れよう。
ドッペルドールに意識を移すと感覚もリンクすることになる。
流石に死亡に至る痛みを感知した際はソウルリンクが遮断され、意識が本体へと戻されるが、それに至らない痛みはドッペルドールを介して伝わってくるのだ。
それは痛みが重要な情報であることを考慮しての事。
もし、痛みを無くせばドッペルドールの損傷を知ることが出来ず、いざという時に不覚を取ることに繋がる。
痛みを完全に消せば、強くなるというものではないのだ。
特に歴戦の戦士たちは、これらの情報を重視。
自分がどこまでやれるのかを見定める、一種のライン引きに利用される。
感覚は他にも人間同様であり、もちろん、性的刺激もドッペルドールで体感できるだろう。
何故、この感覚を除去しなかったかは不明であり、何らかの思惑があるに違いない。
しかし、それを一般パイロットたちが憂う事など無いわけで。
「ひっひっひっ、話は聞かせてもらったぞい」
「げぇっ!? クソ爺!」
「うわっ、なんで、こんなところにいるんだよっ!?」
突然のドクター・モモの登場に、桃吉郎と衣笠が引いた。
「なんじゃい。わしだって食事くらいするわい」
「なんだか、ずっとカロリーパートナーを食っているイメージだし」
「的外れではないがの。今日は生姜鶏を入荷したと聞いてはのう」
とんとん、と腰を叩くドクター・モモは、そのまま桃吉郎たちのテーブルにお邪魔する。
「なんだ、生姜鶏が好きなのか?」
「うむ。アレを使った【親子丼】は絶品での。ついでに盗ってきたんじゃろ?」
桃吉郎を説教した後に、ジャックたちは生姜鶏の巣で卵をゲットしていた。
ついでにポテ虫も捕獲したのは言うまでもない。
「耳が早い爺さんだな」
「ひっひっひっ、情報の早期取得は戦いを制する秘訣じゃて」
「そうよね~。はい、親子丼」
ドクター・モモが席に着くや否や、出来立ての親子丼を運んで来る輝夜。
「おぉ、ありがとのう。輝夜」
「ん? 輝夜、クソ爺と知り合いなのか?」
「そりゃあ、お得意さんだし。でも、レストランに直接来るだなんて珍しいわね」
ドクター・モモは丼の蓋を、がぱっ、と開けた。
美味しさが凝縮された湯気が、ぶわっ、と解放される。
適度に蒸された溶き卵は半熟、彼の好みの硬さとなって至福の時間を提供するだろう。
「普段は出前じゃからの。輝夜には何度も運んでもろうておる」
「ねー」
ドクター・モモにとって、輝夜は孫のような存在である。
なので、出前を運んでもらった際には、お小遣いをあげていたりもする。
「じゃあ、今回も出前で良かったじゃねぇか」
「衣笠よ、親子丼はのう、時間が美味さを決めるんじゃ。分かるじゃろう?」
「あぁ、そうかい。それなら仕方がねぇよな」
「ひっひっひっ、親子丼は半熟が一番じゃて」
ドクター・モモはそういうと、親子丼を掻き込み始めたのだった。
ドクター・モモの親子丼を皮切りに、桃吉郎たちが注文した生姜鶏の料理が運ばれてくる。
ソテーに生姜焼き、オムライスや焼き鳥等々。
鶏を使った、あらゆる料理が、ででん! とテーブルに乗る。
「おいおい、頼み過ぎじゃねぇのか?」
「これでもセーブしているぅ! いただきまーす!」
衣笠の心配を他所に、桃吉郎は料理に貪り付いた。
鶏串を手に取り、それを一口で平らげる。
ネギま。
それは鶏もも肉と長ネギの黄金コンビだ。
鶏肉のジューシーな肉汁はともすればくどくなるが、それを長ネギの甘みでまろやかにすることが出来る。
塩コショウもいいが、醤油ダレもいい仕事をしてくれるだろう。
炭の芳ばしさも忘れてはいけない。
これは人間の原始的な興奮を引き出すスパイスなのだから。
「がふがふがふっ! うめぇっ! 輝夜、ビール!」
「はいはい。相変わらずねぇ」
輝夜は呆れながらも厨房へと向かう。
平均的なスタイルの輝夜は見ていて安心できる。
まさに、これでいいんだよ、だ。
「この食いっぷりは……金が無くなるのも納得だな」
「そうなのよ。この子、とにかく食べるの」
「しかも、無計画に」
美保と凍矢の困り顔を見て、衣笠はある程度、桃吉郎の事を理解したもよう。
これならば、金が湯水のように消えるのは当然だ、と確信したのだ。
「クエスト、中位の受けるしかねぇんじゃねぇのか?」
衣笠はローストチキンを口の中に放り込みつつ、凍矢と美保に提案した。
咀嚼すると、じゅばぁ、と肉汁の洪水を引き起こす。
彼はそれらを飲み込む、と生の玉ねぎを少量齧って口内をさっぱりさせた。
「中位ねぇ……一応、この子たち、新人なのよ?」
美保はオムライスをスプーンですくい、口の中へと運んだ。
オムライスは半熟のオムレツをケチャップライスの上に乗せて、真ん中から切れ込みを入れて広げるタイプだ。
上に掛けられたデミグラスソースは輝夜の自慢のソースであり、固定ファンもかなりの数に至る。
ドクター・モモもそのファンの一人であった。
「んふ、このしょっぱさと卵の甘みのハーモニー。堪らないわぁ」
「わかるー」
既に親子丼を完食しているドクター・モモが美保の感想に同意する。
今は緑茶を啜って、親子丼の余韻に浸っているもよう。
「こやつらに心配は無用じゃ。寧ろ、生温いわい」
「おいおい、あんた。自分が何人のパイロットを潰してきたのか理解してんのか?」
「ひっひっひっ、衣笠よ。そいつらはの、自分で自分を潰した連中じゃ。力を得る代償を全く理解してなかった愚かもんじゃて」
「……」
ジャックは理解している。
代償無しに得られる物は無い事を。
強さを得るには時間と鍛錬という代償がいる。
生きてゆくには、他者の命と行動力が必要になるだろう。
強い武器には素材とそれに見合う対価が必要だ。
全ての行為には代償が付き纏うのである。
それは、大きければ大きいほどに、支払う代償は膨れ上がってゆくのだ。
「その点、桃吉郎は馬鹿じゃが、代償に押し潰されん頑強さがある。どんどん酷使してええわい。その方が、こやつは進化する」
「クソ爺、人を何だと思ってやがんだ」
「ゴリラ」
「ぶっ飛ばすぞ」
桃吉郎は歯に衣を着せぬ狂科学者に憤慨した。
今は唐揚げとビールを交互に堪能している。
「おっと、そうじゃ。ひとつ、おまえらに依頼を出してやるわい」




