2話 要塞
「う、お、おおっ!? おいおいおい! だっぷんだっぷんだぞっ!?」
「声が高い……というか、その姿でいつものノリは止めろ」
「別い良いだろ。うーん、にしても微妙に違和感が」
黒髪ショートの少女は、ふんふん、と鼻息荒く。
自身の乳や尻の柔らかさを堪能し、淫らな表情を浮かべていた。
「確かに違和感が凄いな。視界も若干、低くて妙な感じだ」
凍矢もまた、自分のドッペルドールに違和感を感じている。
そもそもが性別すら違うのだ。
違和感を覚えるのは必然であろう。
「直ぐに慣れるじゃろうて」
「ひゃんっ!?」
ドクター・モモに尻を撫でまわされた感触に、凍矢は思わず悲鳴を上げてしまった。
「ざけんなっ!」
「へぶぼっ!?」
トウヤのドッペルドールのエグイ右ストレートが、ドクター・モモの顔面に突き刺さる。
「前が見えんわい」
「ぶははははっ!? なんだよ今の、ひゃんっ、ってのは?」
「うるさいっ! おまえもやられたら分かるっ!」
凍矢のドッペルドールは顔を真っ赤にして怒った。
「まぁ、済まんかったわい。ほれ、お詫びとしてこれをやろう」
「……眼鏡?」
「レーダー搭載型の伊達眼鏡じゃ。便利じゃぞ」
「ふむ」
凍矢はドッペルドールに渡された赤ぶち眼鏡を付けさせた。
非常に良く似合っている。
「がり勉美女の完成だな」
「美女は余計だな」
「そっちかぁ」
凍矢は神経質で努力家である。
対して桃吉郎は楽天的で怠惰であるが誠実で剛健だ。
「本来ならトレーニングルームで調整をするべきなんじゃろうが……まぁ、実戦をこなした方がええじゃろ。データも保存済みじゃからの」
何度も言うがドッペルドールは消耗品だ。
度重なる探索、戦闘によって修復不可能と判断された場合、廃棄処分となり、新たなドッペルドールが製造されるのだ。
その際には素となるドッペルドールの能力値の半分を引き継いで再生される。
したがって、鍛えずに再生ばかりしていると使い物にならなくなってしまうのだ。
ただし、データをこまめに記録しておけば、記録したデータからドッペルドールを再生することが可能だ。
ただし、この際は突然変異で獲得した【Extraスキル】という特殊な能力を再取得することはできず、完全に失われてしまうというデメリットがある。
「よし、それじゃあ、久しぶりに地上に出るか」
「おまえくらいなものだぞ。生身で地上に向かったやつは」
「わはは、褒められても何も出んぞ」
「褒めていない。それじゃあ、俺たちの本体をよろしくお願いいたします」
「ひっひっひっ、存分にドッペルドールを堪能するとええ」
かくして、桃吉郎たちは地上へと向かうことになった。
地上へはドッペルドール専用の高速エレベーターを用いる。
分厚い装甲版が左右に割れ、地上の輝きが桃吉郎たちを出迎えた。
思わず目を細める。
そこには大勢のドッペルドールの姿。
ここは彼らの拠点となる要塞。
そして、人類の住処を護る門だ。
ここには資源運搬エレベーターや兵器管理施設、ドッペルドールの治療施設などがあり、またドッペルドール用の栄養補給施設も備わっている。
ドッペルドールは生体兵器であるため、流石に無補給で運用することは不可能だ。
そのための味覚が備わっており、人間同様に食事で栄養を補給する必要がある。
駆け出しの新人は基本的に、栄養素だけをぎっしりと詰め込んだ栄養補給食品【カロリーパートナー】をドッペルドールに食べさせるだろう。
或いは自分で取得した食材を調理するかだ。
「おー、賑やかだな」
「拠点だからな。それじゃあ、クエスト掲示板でも見て見るか」
「あん? 直ぐに出かけないのか? クエストなんか受けたら自由に探索出来ないだろう?」
凍矢は桃吉郎に呆れ顔を披露する。
「あのな、パイロットには貢献ポイントってものがあってな」
「ん? あぁ、そういえば、そんなもんもあったな。確か、コクピットシートを無駄に使わせないための処置、だったか?」
「そうだ。これが一定値を下回ったらパイロット契約は破棄される。つまりは一般市民に逆戻りってわけだ」
「なるほど、あとは生身で地上に行け、と」
「止めろ、怒られるのは僕なんだぞ」
桃吉郎は、まったく問題はない、との考えだ。
現実問題として、彼は生身でも地上で通用する変態的なフィジカルの持ち主である。
だからこそ、政府としてもこの彼をなんとか管理しておきたいのだ。
「とにかく、地道なポイント稼ぎを怠るのは愚策だ。特典もあるんだから、しっかりとこなせ」
「へいへい……んで、何か良い案件はあるのか?」
「そうだな……」
凍矢のドッペルドールはとにかく美人だ。
他のドッペルドールとは天と地の差があるだろう。
だからか、男性型のドッペルドールが彼女にちょっかいを掛けて来る。
「へいへい、そこの彼女~? 見ない顔だねぇ?」
「ひょっとして新人ちゃん? か~わいい~!」
「こっちのむっち……いやいや、マジですげぇな!? どうなってんの!?」
「うっ……! ふぅ……」(大賢者)
ばきっ。
「凍矢、殴っていいか?」
「殴ってから言うな」
哀れ、いかにもというチンピラどもは桃吉郎によって瞬殺されてしまった。
彼らも一応のところは中堅の探索者ではあるのだが、いかんせん桃吉郎のドッペルドールは特別製。
特別製というかイレギュラー個体なので基本性能がおかしなことになっている。
まっとうなドッペルドールでは太刀打ちできない性能差がある、と考えていい。
『ききっ』
『きー』
行動不能になってしまったドッペルドールたちは蜘蛛型万能工作ロボット【コウサクン】に回収され、治療設備へと運び込まれる。
治療の際に支払うのが貢献ポイントとなり、この施設の世話になればなるほど、パイロット解雇が近づいて来る。
ある意味でパイロットに恐れられている設備と言えよう。
「しっかし……貧弱だな」
「やつらのことか?」
「いや、こいつの腕力。実体なら、あいつらごとき爆発四散だぞ」
「加減しろ馬鹿」
凍矢は呆れつつもクエストを受注した。
【食材5キログラムの納品】……新人のみならず、中堅どころもついでに受注する定番クエストである。
得られる貢献ポイントは1500ポイントと決して高くはない。
この1500ポイントは治療施設で軽傷を治療する際に支払う値となる。
そのため、塵も積もれば何とやら、とこまめに受けるパイロットが多い。
「ほーん、そんなんでいいのか」
「そうだ。食材を5キログラム集めれば、あとは自由に探索可能だからな」
「そっか。なら、食材を100キログラム集めようぜ」
「持って帰れないだろ」
「わはは、だったら食っちまえばいい」
「あのなぁ……」
能天気な桃吉郎に呆れつつ、凍矢はゲートに向かい外出の許可を取るのであった。




