18話 金欠
じゅっ、しゅぅぅぅぅぅぅっ……。
「はぁむ……うん、うん……うめぇっ! おかわりだ!」
「ポークステーキ300gを一口で食うな、ゴリラ」
すすきの地下シェルターレストラン。
そこに桃吉郎たちはいた。
極厚のポークステーキを一口で平らげる桃吉郎。
この結果は分かっていたとばかりに輝夜が時間差でポークステーキのお代わりを持って来る。
これは言うまでもなく、ファイアピッグの肉を材料に作ったステーキである。
通常、豚肉には寄生虫が潜んでいる場合があるのだが、ファイアピッグの肉には辛み成分が含まれており、それが寄生虫の侵入を防いでいるのである。
したがって、ファイアピッグの肉に限っては生食も可能となっていた。
「刺身もいけるな」
「結構、人気があるわよ。日本人ってなんでも刺身にしたがるしね」
「否定できないな。米と醤油と合うならほぼ生で良い、みたいな感じがあるし」
凍矢は切り身となったファイアピッグの肉を醤油に、ちょんちょん、と付けてホカホカの白米の上に乗せる。
そして、白米と一緒に口の中に放り込んだ。
咀嚼すると、白米によってほんのりと温められたファイアピッグの肉の旨味が花開く。
穏やかになった辛みは食欲を増進させ、彼の箸を加速度的に早めるだろう。
「あぁ、美味い。単純な料理であればあるほどに素材の良さが分かる」
「良い部位を使ってるからね。桃吉郎はもっと味わって食べなさい!」
「おかわりっ!」
「こいつは……」
輝夜は呆れつつも厨房に引き返してゆく。
それでも、変わらぬ幼馴染に安堵し微笑を見せたのであった。
「凍矢、大変だ」
「どうした?」
「今月の給料18万円が消えた」
「食い過ぎだ」
新人パイロットの初任給は手取りで約18万円。
これは一ヶ月間、普通に生活できる給金である。
というのも、地下シェルターで生きる人々に家賃というものが存在しないからだ。
給金の使い道といえば、日常品、通院費、そして食費くらいなものだ。
桃吉郎の場合、給金の約九割が食費で消える。
今月は調子に乗って食べ過ぎたせいで食費に十割という形になったのだ。
馬鹿である。
「どうしよ。今月はまだ、十日も残ってるのに」
「貸さないぞ。というか返せ」
「お代官様っ! ご慈悲をっ!」
「やだ」
つーん、とそっぽを向いて紅茶を嗜む美丈夫。
のーっ、と頭を抱えるゴリラはしかし、ろくでもない事を思い付いた。
「そうだ、地上で食材を直接、ここに持ち込めばいいんじゃね?」
「規則違反だ。地上の食材は何が起こるか分からないからこそ、一度、管理センターに運ばれて検査を受けるんだぞ?」
地上のわけの分からなくなった食材には様々な危険性が潜んでいる。
一見、ただの肉塊にしか見えない食材であっても、時間経過によって元の猛獣に復元する、というとんでもない特殊能力を持つ個体も確認されているのだ。
当然、その場合は地下シェルターの危機となる。
また、ちょっとした刺激で爆発する果実の存在もあり、甚大な被害を受けたからこそ、食材には十分過ぎる検査が必要、と判断されたのだ。
「おごごごご……それじゃあ、給料が出るまでドッペルドールでいなきゃいけないじゃねぇかっ!」
「計画性が無いからだ。反省しろ」
「このままじゃ、女の子になちゃう!」
「なるか、馬鹿」
がしかし、凍矢はむず痒い感覚に陥る。
特に股間部が深刻だ。
「凍矢?」
「……なんでもない」
こくり、と琥珀色の液体を口に含む。
豊かな香りと渋みが頭をスッキリさせてくれるだろう。
ドッペルドール・トーヤとのソウルリンク以来、凍矢は感覚のずれに苦しむようになっていた。
現実と非現実が日に日に融合してゆくかのような恐怖。
しかし、それを望んでいる自分がいて。
「(何を馬鹿な事を)」
「おーい、凍矢?」
「んひっ!? 近いっ!」
ばきっ。
「前が見えねぇ」
「そのままでいろっ!」
凍矢は頬の熱を覚え、そのせいで錯乱状態に陥っていた。
これは明らかに異性に対する反応であるわけで。
「(拙い、完全に精神がトーヤのそれに侵食されている!?)」
速まる鼓動を抑え込むかのように胸を抑える凍矢は、一度、深呼吸をしてメンタルを整えた。
こんな事は誰にも言えない。
特に桃吉郎にだけは。
なんとしても、自分で解決し、闇に葬る必要があるだろう。
凍矢は硬い決意を胸に、桃吉郎に今日の予定を告げる。
「今日はバイトをするぞ」
「バイト?」
桃吉郎の陥没していた顔面が、ぽんっ、という愉快な音と共に復元される。
変態だからこそ成し得る絶技だ。
「金が無いって言っていただろう? Dは円に変換できるんだ。ただし、納品時のみの申請だけどな」
「なんだってー!?」
「おまえも講習で……って寝てたか」
「寝てた!」
「威張るな」
こうして、今日は桃吉郎の為にバイトをすることになったのである。
すすきの要塞に到着したトウキとトーヤは早速、定番クエストを受注。
バイトに付き合わせるわけにはいかない、と二人だけで狩りに出かけた。
「なんか二人だけってのも久しぶりだな」
「あぁ、最近はデューイさんと一緒だったからな」
密林を進む。
今日は北部へと足を向けている。
東西南北で出現する猛獣の種類は違う。
北には人を襲う果実が出現することで有名であった。
「そろそろ、新しい銃を新調したいところだな」
「それで十分じゃないのか?」
「これも十分な性能だが、僕には物足りないな。もっと威力のある狙撃銃が欲しい」
凍矢のスナイパーライフル【S-109・すずめ】は、最も安価で扱い易い狙撃銃、としてパイロットたちに認知されていた。
ただし、これは狙撃銃の入門としての評価であり、狙撃銃に慣れた頃には卒業。
新しい相棒へと乗り変わられる運命にある。
「俺はこれで十分だけどな」
トウキは背負っている刀を親指で示した。
彼女の刀は【鉄刀・三毛猫】。
刀身の銀、鍔の黒、柄の黄、が三毛猫を想起させるためだ。
尚、鞘の色は白である。
これは何の変哲も無い鉄製の刀だが、振るう者の力量によって威力が上下する。
まさに日本人の魂が形となった武器であるが、近接戦闘武器とあってリスクも高い。
したがって、基本的に猛獣に止めを刺す場合にしか用いられないのが現状だ。
近接武器をメインとして扱う者は、希少なExtraスキルを所持する者か、銃器が苦手な者、あるいは馬鹿くらいなものである。
トウキは、銃器が苦手なうえに馬鹿、という文句のつけようがない【たわけ】だ。
この間も、ハンドガンを直接、猛獣に投げつけている。
発砲しても弾丸が猛獣に命中しないのに、投げつけた場合はしっかりと命中するのだ。
もう、そこら辺の石ころを拾って投擲しろ、といった感じである。
「おまえはそれでいいとして、僕の場合は銃が通用しなくなる時が必ず来る。その為にこまめにアップデートがしておきたいのさ」
「トーヤも近接戦闘が出来るんだから、すればいいじゃんか」
「僕のは緊急回避用だ。肉盾にはなれない」
「尻は厚いのにか」
「揉むな」
トウキはトーヤの尻肉がお気に入りだった。
むにむに、と揉むと心の平穏が訪れるのである。
「俺のと違うな」
「変わらんだろ。自分のを揉め」
「それはつまらない、というものだ」
「ったく」
ぷひっ、と溜息を吐いたところで、トーヤは狙撃銃を構えた。
「いるな」
「擬態できていると思っているんだろう」
トーヤが銃を構えた先には、オレンジ色の巨大な果実が木の枝より垂れ下がっていた。




