16話 ファイアピッグ実食
「おいおい、なんだよぉ。デューイさん、強いじゃん!」
「少々、見くびっていました」
「ちょーっ!? 後輩が辛辣なんですけどっ!?」
デューイは後輩の衣着せぬ物言いにセンチメンタルジャーニー。
ガラスのハートがギザギザになったという。
四国・美保のドッペルドール、デューイは基本的な能力が他のドッペルドールに劣る代わりに、豊富なスキルと切り札となるExtraスキルが充実している。
したがって彼女の戦闘スタイルは、スキルを織り交ぜた変幻自在な戦法、となるのだ。
「こう見えても10期の生き残りなんだからねっ」
「へー」
「まったく関心がないっ!? うえ~ん、ジャックぅ」
既にトウキの関心はファイアピッグのモツに移っていた。
デューイは泣いていい。
「それは俺が自慢できるもんじゃねぇ。おまえと違って、俺は逃げたんだからよ」
「……それは違うじゃない。ジャックも最後まで足掻いたじゃないの」
「……」
嫌な過去を思い出すかのような発言に、ジャックは失態を晒したと自覚する。
「止めだ、止めだ! 過去を振り返ったってどうにもならねぇ! それよりも食材を解体してDBCに積み込め!」
「え? 要塞に転送しないの?」
「それじゃあ、モツを楽しめんだろ。ファイアピッグの肉を要塞レストランで頼んだら、10000Dくらい吹っ飛ぶぞ?」
「こっわ!? あんたたち、手伝いなさいなっ!」
ファイアピッグの肉は高級食材である。
今のようにあっさりと仕留められるパイロットはそうそういないのだ。
供給が少なく需要が高い食材の価格が高くなるのは世の理である。
したがって、ジャックの選択は間違いではなく。
何よりも、目の前に腕利きの料理人が二人もいるのだから。
「お? 良い腕してんな、トウキ」
「元々、料理人だからな」
「ほ~? その強さで料理もできるのか? なら、最前線で腕を振るえるんじゃないのか?」
「気楽なのがいい」
「ま、それもそうか」
テキパキと血抜き、下処理をしてゆく大男と美少女。
絵面は血塗れで最悪だ。
ハッキリ言ってモザイクを掛けるべき映像である。
でもそうすると如何わしい画像になってしまうという欠点が。
どうすれというのだっ!?
作者は何も答えてくれないっ!
寧ろ、これの原因だっ!
「モツとったど~!」
「食材で遊ぶな。そして、振り回すな」
「中のウ〇コを出してんだよ」
「やめろ」
皮は美少女、中身はゴリラだから仕方がない。
トーヤは呆れかえり、その場からそっと離れた。
びちゃっ。
「ぎゃおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「あっ」
そして、当然の権利のごとく犠牲になる赤毛ツインテールの美女。
あ~あ、全身糞まみれや(ヤケクソ)。
徹底的に怒られたトウキは、しょんぼりしたままDBCに乗せられた。
今は反省している。
「うえ~ん、臭いが取れな~い!」
「うん、美人台無しだな。窓、開けるぞ」
ファイアピッグは雑食のため、ンコも臭いのだ。
「やっぱ、荷台に乗れ。くっさいわ」
「ひどぅいっ!」
車を止め、デューイとトーヤが入れ替わる。
臭いを飛ばす、という選択肢は間違いではないが、やはり乙女心は傷付く物である。
「道連れじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? くっせぇ!?」
デューイはトウキに抱き付き臭いを移すことに成功。
ここに、くっさい美女・美少女が爆誕した。
もう我々にはどうすることもできない。
臭い物には蓋をするのがよろしかろう。
ジャックたちが向かった先は小さな池がある場所だ。
そこはあまり猛獣が寄ってこない奇妙な場所であり、パイロットたちはそこをセーフティポイントと呼び、休憩地点として活用している。
彼らは、そこでファイアピッグを調理して食べよう、というのだ。
「水だっ! 飛び込め~!」
「わぁいっ!」
着くや否や、池に飛び込むデューイとトウキ。
ぐっしょり濡れて体のラインが浮かぼうとお構いなしである。
もっとも、トウキはビキニアーマーなので関係ないが。
「馬鹿野郎。池の水が使えなくなっただろうが」
「どうせ、浄化装置を使うんだから関係ないでしょっ!」
「あのなぁ」
「寧ろ、美女のエキスが入って美容に良いくらいよっ!」
「自分で言うか」
うっふん、とセクシーポーズを決めるデューイ。
だが、まだ臭い。
「浄化装置?」
「えぇ、泥水だって飲み水に変える必須道具よ。あなたたちもお金が溜まったら買っておきなさいな。いざという時に役立つから」
浄化装置は様々な種類が発売されている。
水筒サイズの小型の物から、ドラム缶サイズの超大型の物まで揃っているのだ。
ジャックの物は中型サイズであり、大きさは炊飯ジャー位となる。
「やれやれ……こんな事なら消臭スプレーを持って来るべきだったな」
「まったくだわ。帰ったら直ぐに洗浄しなきゃ」
「そういえば、支笏湖に寄るのもありか?」
「あ、温泉ホテルかぁ!」
昔、人類が地下に追いやられる以前は、支笏湖の畔に温泉宿があった。
その名残が今でも存在しており、且つ、拠点化しているのである。
そこはドッペルドール管理センターの資金援助を受けて、今でも営業しており、パイロットたちの慰安の場としても機能していた。
一泊二日で15000Dであるが、日帰りの入浴だけなら800Dと価格を抑える事が可能だ。
温泉にはドッペルドールの肉体組織を修復する機能が備わっており、且つ、パイロットのメンタルをも癒す効果が認められていた。
「ここでお腹を満たしたら行きましょうっ!」
「そうだな。俺もおまえが臭いのはいたたまれない」
「そうと決まれば、さっさと食事よ~!」
「その前に着替えろ」
トウキはともかくとして、ンコの直撃を受けたデューイは着替える必要があるだろう。
だが、彼女は替えの服を用意していなかった。
「服の替えなんて持ってないわよ」
「どうすんだよ、それ」
「あるぞ」
そこに救いの手を差し伸べるのはトウキだ。
嫌な予感しかしないが、彼女の言葉に耳を傾けよう。
「ほら、ビキニ」
「なんでビキニっ!?」
「白、黒、赤、ピンクから選んでくれ」
「無駄に種類が豊富っ!? というか、サイズがエグイっ!」
それもそのはず、トウキは爆乳、爆尻のメリハリの利いたスタイルをしている。
これで変態のゴリラでなければ、あちこちから声が掛かる事であろう。
というか、声が掛からなかった日は一度もない。
それほどに外見の魅力だけは、とてつもないのである。
「うう、背に腹は代えられないけど……サイズが合うかしら?」
「草でも詰めとけばいいじゃん」
「ぶっとばすわよ?」
仕方なくトウキからビキニを借りる。
色は白を選択したもよう。
髪の毛の赤とで紅白になり、大変に縁起がよろしい。
「な、なんとか着れたっ! いけるっ! 私はグラマラスなんだわっ!」
「いや、それが本来のサイズで、トウキは無理矢理……」
「だまーっぷ!」
「あっはい」
トーヤはデューイの凄みに黙るしかなかったという。
「ここで煮込みを作っちゃう?」
「ここで作らんと安く食えんぞ?」
「ホテルの厨房を借りれないかな?」
「持ち込みは出来ても、厨房を借りるのは難しいな」
「そっかー」
トウキはジャックの車に積んでいたリュックサックから瓶を取り出した。
それは日本酒【国士無双】だ。
「じゃ、ここで飲んじゃう」
「おいおい、一応、道中に猛獣が出るかもしれねぇんだぞ?」
「これ一本開けても、俺は酔い潰れない」
「本当か?」
ジャックは半信半疑ながらもモツの煮込みを作り始めた。
本来ならクツクツと何時間も煮込みたいところであるが、今回はそのような事もできないので圧力鍋を使うもよう。
電源は車のバッテリーを使用するようだ。
このような仕様を想定しているためDBCのバッテリーは大容量となっている。
煮込み用の汁はジャック特製の万能味噌ダレを使用するようだ。
彼は狩りの際にいつも複数の調味料を携帯するようにしていた。
理由は狩った獲物を美味しく食べるためである。
「おぉ、美味い」
「長年の研鑽の賜物だからな。レシピは公開せんぞ」
「けちー」
こうして、着々と準備は進められてゆく。
トーヤとデューイはその間、串焼きの準備を進めていた。
「あー、私もビール飲みたいわー」
「僕らは要塞に帰ってからですね」
「そうね~。トウキちゃんは言っても聞かないからしょうがないとして」
ふんふん、と小刻みに震えるトウキのビックヒップ。
もつ煮込みに添える小葱のみじん切りを行っている最中だ。
尚、トウキは常にマイ包丁を携えている。
料理人として当然の心構えといえようか。
いやいや、おまえはそれ以前にパイロットだろうに。
「よし……いいかな」
「おぉう! 良い匂いっ! ンコの臭いも吹っ飛ぶぞ!」
「色がアレを思い出させるけどな」
「「おいばかやめろ」」
トーヤの発言で台無しである。
しかし、もつ煮込みの味に間違いはなく。
思わず口角が上がってゆく美味さに、白米が欲しくなるのは必然であろう。
「米も炊くべきだったな。迂闊」
「あ~んっ! ビール飲みた~い!」
「わっはっはっ! 日本酒、大勝利っ!」
トウキは自重というものを覚えるべきであろう。
「炭酸水なら、ありますよ」
「うー、それで気分を紛らわせるしかないわね」
「味なしですが」
「硬派っ!?」
トーヤはあまり酒を嗜めないため、これで十分であるのだ。
ただ、飲めないわけではない。
事実として、桃吉郎に付き合える程度には酒が強い。
だが、そこまでして飲むという習慣がないのである。
「いいじゃねぇか。これなら、口の中をリセットできるし満足もできる」
「僕もそう思います」
「トウキちゃん、私にもお酒ちょうだいっ」
「間接キスでもいいなら」
トウキは直接、酒瓶に口を付けていた。
全て飲み干す気、満々である。
「間接キス……ありがとうございます!」
「何がだっ!?」
デューイは色々と危険な香りのする女である。
トウキから酒瓶をひったくる、とそれに口を付けた。
端麗辛口の液体が舌に絡み付く。
暫しそれを堪能し、ごっ……く……とゆっくり喉に流し込んだ。
ゆっくりと流れ落ちる酒が喉を焼く感覚に酔いしれる。
そこから立ち昇る香りが鼻腔を通り抜けてゆく。
文句のつけようのない、一級品の酒だった。
「おいっし!? 何これっ!?」
「ふっふっふっ、これ手に入れるために本体で地上に出たのだよ」
トウキはエッヘンと威張り散らす。
が直後に、ゴゴゴゴゴ、という圧が彼女に襲い掛かった。
「理由を教えてくれなかったのは、そんなくだらない理由だったのか」
「あ、やっべ」
トウキはトーヤのお説教を受けて、すっかり酔いがさめてしまったとか。
自業自得である。




