14話 肉体能力の差
「しかし、なんで本部のお偉方が、こんなところにいるんだ?」
「知らないわよ。しかも私の顔と名前まで覚えているとか」
ジャックは、すっかり冷めてしまったラシーカーの肉を口に放り込んだ。
咀嚼による口の上下運動で脳を刺激し、何か閃かないかと期待したのである。
結果としては、単なる視察、という閃きしか浮かんでこなかった。
デューイも同じ考えだったようで、彼女はコッペパンに肉を挟んで、先ほどの出来事を忘れるかのように食べ進んでいる。
「なぁ、本部には、あいつみたいなのがゴロゴロいるのか?」
トウキの問いに、ジャックは答えた。
「さぁな。本部ってのは表向きは開けた組織だが、実際は極一部の選ばれた者による、選ばれた者のための、選ばれし閉鎖組織だ。上級国民しか入れない上に機密の塊のような場所だから、強さよりも狡猾さや国への忠誠心が必要になるだろう」
「よく分からんが、あいつは異常ってわけか?」
「そうだな。身を護るんならDAクラスの護衛を付ければ事足りる。本人が強い必要はない」
桃吉郎は久々に胸が高まる思いだった。
御木本は間違いなく強い、そうトウキの肌で感じ取ることが出来たからだ。
だが、今やり合えば勝てるかどうかは分からなかった。
本体でやり合えば、その限りではないだろう。
勝率は八割といったところか。
しかし、トウキは違う。
勝率は精々、四割程度か。
この子は、とにかく脆い。
脆いというかは柔らかい。
そう、女性では男性にどうしても基礎肉体能力で劣るのだ。
だからこその柔の型。
女性特有の柔らかさは武器に転化できる。
頭では分かっていた。
だが、実際に行うとでは違う。
剛の型が野生の勘で事足りるのに対し、柔の型はいわば理詰め。
身体に覚えさせて、どうにかできるようなものではないのである。
そのため、桃吉郎は柔の型限定での組み手で凍矢に勝ったことが一度もない。
まさに凍矢のためにある型だ、とすら思い、半ば諦めているのである。
足りない力は相棒から借りればいい、そう考えていたのだが、自分の分身はその力を最大限に活用しなければ力を発揮できない。
ここに至って、柔の型から逃げていた自分を恥じることになる。
「まぁ、組織とか本部とかはどうでもいい。俺が注目するべきは、あいつだけだ」
「だから止めとけって。一応はこっち側なんだから」
「えー」
「えー、じゃないっ」
ジャックはため息をついてハーブ水を一気に飲み干した。
爽やかな刺激と香りが彼の冷静さを取り戻させる。
「トウキ、分かっているとは思うが、彼は強いぞ」
トーヤはラシーカーのこんがりと焼けた皮の部分をコッペパンに挟んで、むしゃり、と頬張る。
甘い脂の甘さと濃厚さがコッペパンの素朴な味わいに緩和されて丁度いい塩梅となった。
「分かってるよ。トウキちゃんじゃ、泣かされてたかもな」
「負けるのが分かってて噛み付いたの? 無茶をするわね」
「なんだよぉ、デューイさんだって半べそ掻いてたじゃんか」
「わ、私はいいのよ。自業自得なんだから」
デューイはモモの部位を切り出し、それを口に運ぶ。
圧倒的な肉の主張。
飾りっ気なしのラシーカーの肉は彼女の原始的な部分を刺激し、足りない勇気を強引に引き出させた。
「でも、ありがとう。助かったわ」
「おう、たくさん感謝していいぞ」
「直ぐに調子に乗るんだから」
ふふん、胸を張るトウキに、デューイは妹が姉を出し抜いて威張るかのような感覚を覚える。
だが、それの正体はゴリラである。
人類は、そのことを忘れてはならないのだ。
「気持ちを切り替えようぜ。んで、おまえら、今日はどうすんだ?」
ジャックは料理人として活躍するパイロットではあるが、しっかりと猛獣の狩猟に参加している。
腕が鈍らないようにするためだ。
だが、単独での狩猟は控えている。
ジャックは実のところパイロットとしての実力は二流止まりであり、それは自身も理解しているところだ。
だからこそ、メインにはならずサポートとして狩猟に参加するようにしていた。
今日、デューイたちのチームに参加しているのは、これが理由となる。
「そうねぇ……」
「モツだ」
「え?」
「モツの煮込み。それも、超美味いのが食いたい」
桃吉郎は超が付く酒飲みである。
だが、トウキを介しての飲酒を行った事が無いため、それを行ってみたいと思っていたのだ。
「酒っ……飲まずには、いられないっ!」
「またお前は……ドッペルドールが酔っぱらっても、本体は酔っぱらうことはないんだぞ?」
「……マジで?」
「あぁ、そうだ。しかも、リンクアウトしてカプセルに入れば、それは毒として処理される。ドッペルドールで酒を飲んでも意味はない」
トーヤは呆れつつもトウキを諭した。
「でも関係ねぇ! 飲もうぜ!」
「……」
こうなったらトウキは止まらない。
意味があるかどうかは俺が決める、こいつはそういう奴なのだ。
「OK、それじゃあ、今日は【ファイアピッグ】を狩りに行きましょう」
「なんだ、それ?」
「火を噴く赤い豚。DLは12の強敵よ。でも、お肉が美味しいの。もちろん、モツもね」
ファイアピッグは真っ赤な体毛を持ち、体内に発火性の高い液体を生産する袋を持っている。
その液体は外気に反応し燃え上がる性質があるので、口から火炎放射して獲物を仕留め食らうという危険な生物なのだ。
くわえて体長3メートルもの巨体であり、見かけに寄らず俊敏な動きを見せる。
したがって、新人がこれと遭遇した場合、確実に真っ黒こげにされて捕食されてしまうであろう。
「へぇ……ごくり。いいな。そいつが食いてぇ!」
トウキは口から溢れる涎を手の甲で拭った。
既にどんな酒を合わせようかな、と思案している。
「じゃあ決まりね。ジャック、サポート、よろ」
「おまえなぁ……リハビリににDL二桁の猛獣を選ぶなよ」
ジャックは暫くの間、料理人に徹していたため勘が鈍っていた。
だからこそのリハビリだったのだが、まさかファイアピッグの狩りに付き合うとは微塵も思っていなかったのである。
やっぱり、こいつらと関わるとろくなことにならない、そう思いつつも彼は既にファイアピッグ対策を構築し始めるのであった。




