13話 臆さぬ者
混乱収まらぬ日本。
DA失踪事件から一週間たった今でも収まる気配はない。
だが、パイロットたちは己に課せられた使命を怠ってはならなかった。
今日も国民の為に資源回収任務に当たる彼らはしかし、微妙な違和感を感じていた。
「おい、猛獣たちの動きに変化が起こって無いか?」
「確かに……エンプティングがコンビネーションをしてきた事ってあったか?」
昨日までは赤子の手をひねる程度の相手に苦戦する。
中堅層のパイロットたちは困惑せざるを得なかった。
彼らは違和感をすぐさまドッペルドール管理センターへ報告する。
彼らから集められたデータを基に管理センターが出した答えは【猛獣の進化】であった。
「あぁ? 猛獣が進化してるって?」
「そうみたいよ」
すすきの要塞のレストランにて食を囲んでいるのはデューイ、ジャック、トウキ、トーヤの面々だ。
ジャックは中間砦の任が完了したので、次のクエストを探しているところでデューイに話を掛けられた形である。
丸テーブルの上には、ラシーカー焼きの盛り合わせ、とコッペパン、野菜スープが人数分。
各自、思い思いの部位を切って皿に移し、丸焼きの味を堪能している。
「もぐもぐ……、ジャックさん。それって珍しいのか?」
トウキはレバーの部位を口に放り込んだ。
くちゅくちゅ、と蕩ける食感にうっとりとした表情を見せる。
味付けはシンプルな塩コショウ。
それとは別にオレンジのフルーツソースが添えられている。
「プロジェクト・ドッペルゲンガーが始まって以来、そんなことは一度も耳にした事が無いな」
ジャックは肩肉の塊を、むしゃり、と頬張る。
ごりっ、こりっ、とした食感と溢れ出る肉汁が彼の食欲を満たしてゆく。
「どっかで修行でもしてんじゃね?」
「おまえじゃあるまいし」
トウキとトーヤはバラ肉の部位を口にしている。
じゅわ~、と脂が溶けて行き甘みが口内を支配する。
ただ、脂っぽいその部位はなんらかの方法で緩和すべきであろう。
そこで役に立つのがフルーツソースである。
これを絡めれば甘さと酸味が加わり、バラの部位を苦痛なく食べることが出来るようになるのだ。
「うん、美味しい」
「だな」
彼女らは、そこにすかさず一口大に千切ったコッペパンを放り込んで咀嚼。
満面の笑みを浮かべる。
「修行の線は無いとして……もし、猛獣たちが一斉【アップデート】できる存在だったらどうかしら?」
デューイはロースの部位を口にした。
バランスの良い脂と肉とが上品な味を演出する。
「それじゃあ、猛獣が戦闘マシンみたいだ」
「私はそういう風に感じるわ」
「でもあれは生物だぜ?」
「あら、ジャック。ドッペルドールも生物よ?」
「……」
ジャックはデューイに説き伏せられてハッとなった。
「おいおいおい、まさか、おまえ……」
「猛獣もドッペルドールも【同じ物】。正しくは同じぎじゅ……」
「ばっ……間違えても口にすんじゃねぇっ!」
ジャックは慌ててデューイの口を手で塞ぐ。
パイロトにとってドッペルドールを猛獣と同格扱いにされるのは屈辱であるのだ。
それは禁忌であり、パイロットたちの暗黙の了解となっている。
もし、それを口に出そうものなら村八分は免れないだろう。
「んお? なんか問題か?」
「あぁ、おまえらは新人だったな。いいか、良く聞け?」
ジャックはトウキたちに禁忌を教えた。
そして、それを破る事なかれと念を押す。
「なんだそれ? くっだらねぇ。ドッペルドールはドッペルドールだろうし、下手すりゃ猛獣以下だ。そんなもん、雑魚の戯言だろうに」
「おまえなぁ……ドッペルドール無しで猛獣に勝てるわけがないだろ」
「勝ったよ。素手で」
「ホラと乳はデカいな」
ちょっぴりイラっとしたジャックであったが、トーヤの擁護に耳を疑った。
「こいつ、本当に本体で地上に出て猛獣を殴り殺してます」
「え?」
「政府に地上活動禁止令を出されてます」
「えっ? えっ?」
「ゴリラなんですよ、こいつ」
「……」
ジャックはもう押し黙るより他になかったという。
「政府はよぉ、もう俺を生身で地上に行かせるべきだよなぁ。ドッペルドール脆いよ」
「それは、おまえだけだ」
「だって、この前殴ったら骨折してたんだぞ? 本体なら鉄板も紙のように貫けるってのに」
「それも、おまえだけだ」
どこをどう突っ込めばいいのか分からない。
ジャックは真実を確かめるべくデューイを見た。
彼女は困った顔で頷いている。
事実、彼女はリアルで桃吉郎の変態トレーニングを目の当たりにし、常識がぶっ壊れたのを感じている。
今は割と異常事態に動じなくなった。
また、常識を疑うようにすらなっている。
「とにかく、猛獣だってあの隕石の副産物のような物でしょ?」
「それはそうだが……」
「そして、それを調べていたのが、ドッペルドールの開発者たち。だったら……」
「だったら、なんだね?」
「っ!?」
男の声がした。
振り向くと、そこには角刈りの日本男児の姿。
ドッペルドールに間違いはないが、どこか異質な雰囲気を纏う。
白の軍服の襟には階級章。
1等D佐を示す物だ。
つまり彼は軍人である。
だが、それとは別に【桜と刀をあしらった勲章】。
「東京本部の……!?」
「ドッペルドール管理局東京本部の【御木本1等D佐】である。さて、デューイ君。話の続きを聞かせてくれたまえ」
「……」
デューイは固まった。
それは、どう足掻いても勝てない相手が目の前にいるからだ。
実力でも権力でも敵わない。
そんな相手に目を付けられたのである。
がたっ、と音がした。
トウキが席から立った音である。
「あ? なんだぁ、おめぇ?」
強者にも権力にも屈しない奴はどの時代、どの世界にも居る。
この木花・桃吉郎は誰よりも権力が嫌いだし、偉そうな奴はもっと嫌いだ。
「君は見ない顔だな。データに無い、となれば特別固体か?」
「デューイさんが困ってんだろうが。どっか行け」
「やれやれ、可愛い顔をして困ったお嬢さんだ。躾が必要だな」
ビリッ、と空気が震えた。
トウキ、御木本の圧が大気すら竦み上がらせているのだ。
「(こいつ……強ぇ!)」
「(驚いた。口だけではないようだ)」
一触即発の雰囲気に、待ったをかけたのはトーヤだ。
「トウキ、抑えろ。店が滅茶苦茶になる」
「関係ないね」
ごすっ。
「もきゅっ!?」
トウキは昏倒した。
トーヤはスナイパーライフルのグリップの底で、彼女の後頭部を殴打したのである。
尚、ゴリラ状態の場合は、これが「いてっ」で終わる。
「これで手打ち、というのはどうでしょう?」
にっこりと微笑む美人の笑顔には底知れぬ冷たさが宿っていた。
「……分かった。私も忙しい身だ。失礼する」
御木本も、ここらが引き際である、と理解している。
ただ、立場上、釘を刺しておく必要があった。
去り際、背を向けたまま御木本は告げる。
「パイロットは余計なことは詮索せず、パイロット活動に勤める事だ。不幸になりたくなければな」
彼は複数名の部下を引き連れてレストランを後にする。
完全に姿が見えなくなり、気配も感じなくなった頃、ようやくデューイたちは肺に溜まった空気を一気に吐き出した。
「ぶはぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 生きた心地がしなかったわ!」
「だから言っただろうがっ! 余計なことは口にすんなって! おまえは、おしゃべりが過ぎるんだよ!」
「う~、だって~」
「だってじゃない! 事実として犠牲者が出てんだぞ!?」
ただし、フレンドリーファイアである。
「あぁ、これは気にしないでください。いつもの事なんで」
「さらっと怖い事言ったよ!? この娘!」
「死ぬかと思ったぞ」
「もう復活したっ!?」
ツッコミの鬼と化すジャック。
彼に希望の明日はやって来るのだろうか。
「何にしても、乗り切れて良かった。ありゃあ、本部のお偉いさんだ」
胸を撫で下ろすジャック。
その姿を見たトウキはポカーンとした表情を見せる。
やはり何も考えてなかったもよう。
「そうなのか? でも、そんなの関係ない」
「トウキ、そういうのは僕たちだけの時にしておけ。巻き込むな」
「なんだよぉ、トーヤ。デューイさんが困ってるのは今なんだぞ?」
「おまえが仕掛けるから、後ろからあいつの頭を撃ち抜けなかったんだよ」
「こっちの方がもっと怖かった!?」
ジャックは本気で、こいつらと関わりたくない、と思ったのであった。




