116話 CN国
数日後、戦艦イズルヒはCN国の四川省に入る。
とはいえ、それには【かつて】という言葉が用いられるだろう。
外国を見た事の無い者たちは艦橋に集まり、それを観賞しようと試みていた。
だが、それを目の当たりにした桃吉郎たちが言い放った言葉はただの一言。
「こりゃあひでぇ」
そこは、既に人が住める場所ではなく。
石と鉄と白骨死体が散乱する完全なる廃墟と化していた。
とはいえ、これは現在、全ての都市に言える事であろう。
アナザーの脅威に打ち勝つまで、この状況が改善されることはないのだから。
更に言えば、CN国の場合、ドッペルドールの技術が無いに等しい状態なので、人間たちは地下に潜って息を潜めるより他にない。
これに納得できない者たちはアナザーに戦いを挑み、そのことごとくが返り討ちに遭っている。
軍隊も全く歯が立たなかったことを付け加えよう。
そして、当時の指導者は保身に走り、国民たちを見放した。
統制は無きものとなり、国は徹底抗戦を待たずして瓦解。
現在は各集落にて生き残りを模索している、といったところだ。
「ふむ……こりゃあ、現地人は期待できねぇんじゃねぇか?」
モヒ・カーンはたっぷりのマヨネーズと新鮮なシャキシャキレタス、ザクザクの衣に封じられたふっくらジューシーなチキンカツが美味しい【チキンバーガー】をパクつきながら、この現状に置ける考察を行う。
彼は既に人間たちがこの地より離れたのではなかろうか、と推測したのである。
「その可能性は高いのう」
ドクター・モモは大きな海老天が封じ込められた【天むす】を頬張りながら、モヒ・カーンの意見に同調する。
海老天に浸した甘じょっぱいタレは、むすびを頬張る速度を加速させるのは言うまでもない。
もちろん、もう片方の手にはよく冷えた緑茶だ。
「つまんなーい!」
トウキはこの光景に落胆の色を隠さない。
だが、【ラーメンの滝産・塩ラーメン】を、ぞぼるりらりらきゅーん、している。
いい加減、その啜る音をどうにかして欲しい。
「無抵抗でやられた、といった感じか?」
凍矢はファイアピッグの【カツサンド】を桃吉郎が抱える笊から拝借してパクついていた。
ザクザクに揚げたファイアピッグの各部位を輝夜お手製のソースに潜らせ、それにたっぷりのマヨネーズを絡め、耳を切り取ったパンで挟んだものである。
ファイアピッグの肉自体に辛み成分が含まれているため、マスタードは用いない。
カツサンドを噛み締めればパンのモッチリ感の後にカツのザクザクの感が堪能でき、それから溢れる肉汁で口内が旨味の洪水となるのは必至。
出来立てはもちろんとして、冷めてもこの美味しさは変わらないのだ。
「むぐむぐ……多分そうだな」
凍矢の呟きに、桃吉郎がカツサンドを咀嚼しながら同意した。
「……ねーさま、あれ」
トーヤがパンの耳を揚げた物をカリカリしながら、艦橋の大型モニターに映し出された一点を指差す。
パンの耳はたっぷりの砂糖と少量の塩とで甘じょっぱく、手が止まらない一品となっている。
「人かっ!?」
そこには、粗末な服を纏った子供の姿。
それを取り囲む無数の獣の姿が確認できた。
「現地の子供か? 何故、単身で?」
御木本は手にしていた【刻み葱入りの納豆巻き】を一気に口に押し込み現場へと走る。
「こうしちゃいられねぇっ! 凍矢は甲板で狙撃してくれ!」
「任せろ、桃吉郎」
桃吉郎は御木本に続く。
その際に凍矢に狙撃による時間稼ぎを頼んだ。
彼女はこれを快諾。
「行くぞ、トーヤ」
「……うん」
「うむ、しかし、同じ名前はどうもな」
「……えー、いいとおもうな」
凍矢は姉妹が同じ名前というのは、いざという時に混乱が生じるのではないかと危惧した。
とはいえ、今は火急の要請がある。
考えるのは後として、彼女たちは甲板に急いだ。
「よし、僕もっ!」
ようやく服が支給されたトラ娘も出撃せんとする。
彼女が支給された服は……というか、ぶっちゃけるとトラ柄のビキニである。
限界まで肌を露出することにより不完全ではあるが【サイ・ハイ・ヌーディアン】を発動することが可能となっている。
流石に他者への強制力の付与は不可能だが、自己への強化や浮遊といったことは可能だ。
「寅吉ちゃんっ、気を付けてねっ!」
「くっ、あたしたちのドッペルドールが完成していればっ」
熊谷と明星はドッペルドールが未完成であるため待機だ。
どうやら、ドクター・モモは彼女たちのドッペルドールにひと工夫加えるようで、完成が遅れている。
「じゃ、俺たちも行くか」
「そうね」
ジャックとデューイも寅吉ちゃんに続く。
彼らの立ち位置はサポート役だ。
戦闘は桃吉郎たちに任せればいい、という判断である。
「しっかりと見張らせていただきますね!」
「ただ飯はいけませんよ?」
そして、見張は輝夜の手によって引きずられ、甲板から戦場に投げ捨てられんとしている。
流石にそれは嫌なのだろう、見張はドアにしがみ付いて無駄な抵抗を行っているようだ。
「さて、うるさい連中がいなくなったけど、艦の守りは大丈夫?」
「心配せんでもええわい、ぽちゃこ」
「ぽちゃこいうな」
「手の空いたコウサクンたちに銃座を務めさせておる」
「万能すぎるでしょ」
秘密基地で作業に当たっていた蜘蛛型万能工作ロボ・コウサクンは現在、当時よりも仕事量が減り、艦内の雑務に相当量を振り分けることが出来ている。
その為、桃吉郎たちが雑務を担当することはなく、ストレスフリー状態。
アナザーとの戦いのみに専念できる環境が出来上がっていた。
「ここも変わってほしいなぁ」
「そりゃ、無理じゃな。この子たちは咄嗟の判断ができん」
「ききっ」
そのとおりです、とぽちゃこに【シュークリームの実】が盛られたトレイを渡すコウサクン。
別のコウサクンは砂糖が一切入っていない冷え冷えの紅茶を差し出す。
「くそっ、まさかここが、こんなにも忙しかったとはっ」
「見た目が楽そうな現場に飛び込んだのが運の尽きじゃて」
「俺の場合、強制的だったんですが?」
モヒ・カーンは愚痴をこぼしながらも空を航行するイズルヒの高度を下げる。
桃吉郎たちが飛び降りやすくするためだ。
とはいえ、飛び降りるのは桃吉郎と御木本くらいで、ジャックたちはロープを伝って地上に降りるだろう。
やがて、パンッ、という発砲音が鳴り響く。
同時に獣の一匹が倒れた。
それは戦闘開始の合図である。




