115話 毎日が宴会
体長15メートルほどの巨大なサメ。
それは【スプリングシャーク】と呼ばれ恐れられている桃色の鱗を持つ鮫だ。
春のように色鮮やかな外観を持つが、その性格は春には似つかわしくないほどに狂暴。
自分よりも体格が大きい獲物にも躊躇なく食らいつく性格をしており、恐れを知らない攻撃性は幾多のドッペルドールたちを破壊してきた。
この鮫がいる限り、海中での活動は不可能とされている。
この鮫のDLは実に150越えであり、正確な危険度は測れていない。
そんな、海の暴君に木花兄妹が挑もうとしている。
『しんだー』
『てんで大した事が無かったな』
そして、ご覧の有様である。
この兄妹、周囲の視線が無い事をいいことにやりたい放題だ。
まさか、スプリングシャークも気の領域展開で海水を無くされるとは思っていなかったはずだ。
黄金の牢獄の中で、桃色の鮫がぐったりと横たわっている。
『しょせんは魚か』
『ねー』
これは木花流武術の応用で【柔の型・球】という防御用の技だ。
本来は自分を覆い尽くして攻撃から身を護る気の防御膜であり、このように捕獲用として使うものではない。
しかし、トウキの柔軟な発想は時として想定外の使用方法に繋がる。
これにより海水を失った鮫は最早、ぴちぴちと飛び跳ねる以外のことが出来ない。
そして、エラから酸素を取り込めない鮫は、やがて窒息死したのである。
実に酷い。
『うまいかなー? こいつ』
『たぶん、美味いぞ。鱗は油であげればサックサクだし、肉はさっぱり系だ』
『うおー! こいつ、かりつくそう!』
『それは勘弁して差し上げろ』
こうしてスプリングシャークを仕留めた木花兄妹がイズルヒへと戻る。
当然ながら甲板は騒然とした。
そこには丁度、ジャックとデューイが小休憩を挟みにやって来たところだったのだ。
ばしゃーん、と海中から跳躍する変態兄妹。
陸地ならともかく、海面を蹴って跳躍するのは人類がやる事ではない。
しかも巨大なサメを担いでだ。
「大漁だぞ!」
「おっきいぞ!」
これには凍矢姉妹も眼鏡の位置を修正せざるを得ない。
「何を捕まえてきたんだ」
「鮫」
「そうじゃなくて。どうするんだ、これ? 輝夜に解体させるのか?」
凍矢は難色を示した。
輝夜は確かに凄腕の料理人ではあるが、れっきとしたか弱い女性なのだ。
「解体ぐらい俺でもできらぁ」
「あ、そういえばそうか」
桃吉郎は今でこそ戦いに専念しているが、元は料理人である。
この程度の解体作業はお手の物であった。
「よう、大漁だな」
「ジャックさん、解体手伝ってくれよ」
「よし来た。俺もこいつで一品作るか」
「いいね、俺も作ろうかな?」
男どもは酒の肴に夢を馳せる。
スプリングシャークは物の数分と掛からず綺麗に解体されたのであった。
やがて、夕食時になる。
食堂には様々な海の幸が並んだ。
まるで宴会並みの種類と量だが、恐ろしいことに、これは毎日の光景。
それは木花兄妹の食事量に起因する。
いただきまーす、は彼らにとっての合戦の合図。
手当たり次第に口の中に料理を放り込む。
がつがつ、ぱりぱり、ざくざく、ごっくん、と味を堪能しているのかどうか怪しい速度で胃の中を満たしてゆく。
だが、胃の中に入った食材は1秒も経たずに消滅。
消化されて即座にエネルギーとして吸収されたではないか。
それでも残った僅かな消化物がようやく腸へと送られてゆく。
彼らがこれだけの量を食べて肥満にならない理由がこれだ。
「うんめ~! スプリングシャークの唐揚げ! さっぱりとしているが、このタルタルソースが絶妙だぜ!」
「のうこうさと、どっしりかんが、のうを、しびれさせるー!」
輝夜がスプリングシャークの身で作ったのは唐揚げである。
「食感としては鶏肉、それも胸肉に近かったのよ」
「それで唐揚げか。このタルタルソースの選択は間違いねぇぞ」
「うふふ、まだまだ沢山あるから」
輝夜は桃吉郎が食べる姿を見ることが出来て嬉しいのだろう。
にっこりと微笑み厨房へと引き返してゆく。
そんな輝夜の姿を目の当たりにして、凍矢はもやっとしたものを感じていた。
「(何を考えているんだ、僕はっ)」
それを洗い流すかのように、彼女はキンキンに冷えたビールを喉に流し込む。
酔って嫌な感情を消し去ってやろう、というのだ。
案の定、次の日、凍矢はプチ二日酔いになった。
「揚がったぞ」
「おっ? これはスプリングシャークの鱗か?」
「その通り。高温の油で揚げたらサクサクした食感になってな。塩をぱらりとやってみた」
ジャックが作ったのは鮫の鱗チップスだ。
実にシンプルだがスプリングシャークの鱗は大きい。
食べ応えも相当なものとなろう。
だが、桃吉郎は大きな口で豪快に。
トウキは拳で砕いてちまちまと口に運んだ。
「何故、拳で砕いた?」
「よかれとおもいっ!」
砕け散った破片が凍矢とデューイの顔面にへばり付いている。
哀れ、トウキは彼女たちのお仕置きを受けた。
酔っ払いの仕置きは想像を絶するものであり、ここで語るわけにはいかない。
それぞれで、もーそー、してほしい。
「うん、うん……うめぇ! こいつにはビールだな!」
「俺もそう思う……乾杯っ」
「かんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
ジャックも席に着き、ビールジョッキを、ガシャーンっ、とぶつけ合う。
キンキンに冷えたビールに唐揚げとチップスが絶望的によく合った。
「そういえば、桃吉郎も何か作ってたよな?」
「あぁ、仕上げを輝夜に頼んだ。今来ると思うぜ」
桃吉郎がそのように説明する、とタイミングよく輝夜が大皿を手にして姿を見せる。
「は~い、お造りよ~」
「お、待ってました!」
桃吉郎が作っていたのはスプリングシャークの御作りだ。
それには輝夜が担当したレインボールの刺身も盛られている。
「鮮度が良いからスプリングシャークの刺身もいけるだろうと思ってな」
「あぁ、鮮度が落ちるとアンモニア臭が発生するからな。獲れたての鮫ならではだな」
「となると……清酒だろ」
「だな!」
がはは、と桃吉郎、ジャックは清酒を嗜みながらお造りに箸を伸ばす。
身はぷりぷりと引き締まっているのに味が濃厚。
鮫の刺身の概念を覆すほどの旨味を堪能することが出来た。
「うめぇっ! 隣のふぐ刺しと殆ど食感が変わらねぇだとっ!?」
「それでいて濃厚さは全く違うな。鮫の方は味が舌にねっとりと残る感覚だ」
鮫、フグ、双方共に味は文句なし。
しかし、鮫の方は舌に味が残り続けた。
これをどうにかする方法など、一つしか無い。
「酒っ! 飲まずにはっ! 次に進めないっ!」
酒飲みの上等文句である。
「いいな、鮫。味も量も文句なしだ」
「暫くはスプリングシャークで凌げるかもな」
こうして、その日の夕食は満足のゆく形で終わった。
―――――尚、艦橋を離れられないモヒ・カーンは一人寂しくシーフードウオヌードルを食べた。
「さみしいねぇ……すぞぞ……ん? お、おぉ!? こ、こいつはっ!?」
その日からシーフードウオヌードルはモヒ・カーン専用となったそうな。
実はこのカップヌードル、普通のカップヌードルとは一線を画する美味しさだったのだ。
その味がバレるのはアナザーとの最終決戦直前であったという。




