11話 理性と煩悩と馬鹿の狭間
中間砦を出発し一時間ほど。
潮風の濃さが増す。
鬱蒼とした密林は徐々に数を減らし、水平線が見えるようになってきた。
「海が見えてきたっ!」
「あれが石狩海岸よ」
子供のようにはしゃぐトウキ。
そのビキニは返り血でグチョグチョになっている。
ここまで来るのに猛獣の襲撃が2回ほどあった。
エンプティングの群れだったが数が多く、流石の桃吉郎も返り血を回避することは叶わなかったのである。
ただし、遠距離攻撃が主体のトーヤは綺麗なものであった。
悲惨なのはデューイであり、彼女は【もう言うのもはばかれるネバネバの液体】をぶっかけられていた。
とにかく臭い汚い。
「うえ~んっ、なんで私だけっ!?」
「くっさ!」
「出来るだけ距離を置いてください」
「あんたたちの本体も出すもんでしょうがっ!」
激怒するデューイから逃げるトウキとトーヤ。
やがて、彼女たちは海岸へと辿り着く。
「海よっ! 私の穢れを洗い流したまえっ!」
ばっしゃ~ん、とデューイは海に飛び込んだ。
「俺も、俺もっ!」
トウキも刀とハンドガンを放り捨てて海にダイブする。
彼女は元々が水着なので問題はないが、デューイは大丈夫なのであろうか。
「子供か……」
呆れた表情で周囲を確認する凍矢。
腰に手を当てて髪をかき上げる。
頬に当たる潮風が心地いい。
「ネバネバ汁……か」
口に出した自分の言葉に何故か頬が熱くなる。
そして、脳内に煩悩がムクムクと。
「(っ!? 何を考えているっ!?)」
浮かび上がった煩悩を手をワチャワチャさせて振り払う。
肩で息をしていたトーヤは深呼吸をして冷静さを取り戻す試みをした。
「どーした? トーヤ。新しい遊びか?」
「違うっ!」
言えるわけもない。
アレに性的興奮を覚え、あまつさえ自分をそれの被害者にするなどと。
「(僕はどうしようもない変態だ……)」
ションボリするトーヤを見かねてデューイが海から上がってきた。
すっかりネバネバ液は洗い流されている。
しかし、頭には海藻が巻き付いており、間抜けな姿となっていた。
「どうしたの? トーヤちゃん」
「な、なんでもありませんっ!」
ネバネバ液の犠牲者を間近で見て、再び顔が真っ赤になるトーヤちゃんはむっつり助兵衛である。
「どーせ、エロい事でも考えてたんだろ?」
「おまえと一緒にするなっ!」
「一人エッチでもしてろっ! 俺はもう少し遊ぶっ!」
「お、おまっ!?」
わはは、と海を泳ぐトウキ。
彼女にとっては危険な猛獣が生息する海であっても、トレーニングの場としか捉えていないのだ。
「あんまり沖に行くんじゃないわよっ!? 危険な猛獣の住処なんだからねっ!」
「よっしゃっ! 行ってくる!」
「戻って来い、バカタレっ!」
デューイはGPCの機能【引き寄せ】を起動。
一瞬にしてチームメンバーを自分の下へと転移させた。
「おぉ、なんだ、これっ!?」
「これはGPCの機能の一つ! 暴走するお馬鹿を回収できるの!」
「トーヤ、言われてるぞ」
「おまえの事だ」
トウキの暴走を未然に防いだデューイはファインプレイであろう。
もし判断が遅かった場合、トウキはDL三桁台の猛獣を呼び寄せていたのだから。
「海産物、獲って帰ろうぜ」
「そうね……ここで狩れるったら【バターガイ】か【ミサイルハサミ】かしらね?」
バターガイは熱々のバターを吐きかけて攻撃してくるホタテだ。
DLは5。
ミサイルハサミは自分のハサミをミサイルのように飛ばしてくる小型犬ほどの大きさの蟹である。
外骨格は並の攻撃では傷ひとつ付かないため難敵として指定されていた。
そのため、DLは12となる。
「ミサイルハサミはちょっと厳しいかしらね……ハンマー使いがいたらワンチャンだったけど」
「これか?」
「えっ?」
なんということでしょう、そこには刀でバラされたミサイルハサミの姿が。
「蟹肉うめぇな」
「食うな」
「何なの……この子」
恐ろしいほどに綺麗な断面にデューイは戦慄を覚えずにはいられない。
確かにミサイルハサミは鈍重ではあるが、それは移動が遅いというだけで、動きが遅いというわけではないのだ。
ハサミを振り回す速度、発射する速度共に早く、特にハサミの発射速度は音速に達する。
それをこうも鮮やかに仕留めてみせるなどと。
しかも彼女の得物は刀である。
お世辞にも重武装相手では無力としか言いようのない武器だ。
ミサイルハサミは、新人がこれを扱い仕留めれる相手ではない。
「(私……とんでもない子と出会ってしまたのかしら)」
デューイは頭にへばり付いていた海藻を海に戻し、ミサイルハサミの回収を始めた。
その間にもトウキはバターガイを掘り起こしては仕留めていたのである。
まるで犬の嗅覚か、と錯覚するレベルでバターガイを掘り当てる。
バターガイにとっては奇襲に等しい行為であり、成す術もなく仕留められていった。
尚、バターガイの大きさは一般的なフリスビー程度だ。
結構、大きいのである。
一方のトーヤはスナイパーライフルで海鳥を仕留めていた。
海鳥といっても猛獣である。
【烏賊鳥】がそれだ。
この猛獣はイカと鳥とが無理矢理に融合したかのような猛獣であり、鳥の翼を持ち、尾が十本の触手となっている。
頭部はイカそのものなので、まったく可愛らしさは無く、気色の悪い生物といえばコレ、と真っ先に出て来る存在だ。
DLは8程度で、大きさによって多少上下する。
「(触手……うっ、はぁはぁ)」
トーヤは少しクールダウンが必要だろう。
トウキの言う通り、賢者タイムが必要だ。
「おー、なんだそりゃ?」
「知らん」
「それは烏賊鳥ね。キモいけど、イカと鳥の肉が同時に味わえる、という珍味よ」
それを耳にしたトウキはエキサイティングした。
彼女、というか中の人は酒を嗜むのだ。
興味を示さないわけがない。
「マジかっ!? よし、ここで一杯ひっかけようぜ!」
「ダメに決まってんでしょうっ!? 転送して、さっさとすすきの要塞に帰るわよっ!」
「えー?」
「ひっかけ……泥酔……うっ、はぁはぁ」
ダメだこいつら、早くなんとかしないと。
結局、グダグダを維持しながら彼女たちはすすきの要塞に帰還した。
その道中もハチャメチャであったという。




