10話 ソウルリンクの危険性
食後の休憩を取っているとジャックがデューイの下へとやって来た。
手にはハンバーガーを持っている。
どうやら、これから休憩に入るようだ。
「邪魔するぜ」
「いらっしゃい」
どっか、とジャックは丸椅子に腰を下ろす。
その大きさは実体の桃吉郎に引けを取らないだろう。
「で? この嬢ちゃんたちは?」
「13期パイロット。新人ちゃんたちよ」
「ほー?」
ジャックは手にしたハンバーガーに齧り付く。
大きな口だ。
そのため、一気にハンバーガーが半分になる。
「でも、ちょっと訳ありでね」
「訳あり?」
「この子たちの本体、男なのよ」
「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
ハッカ水を飲んでいたジャックは、それを聞かされてハッカ水を気管に流し込んでしまった。
「うげっほっ! ごほっ! 嘘だろっ!?」
「本当らしいわよ? ね?」
話しを振られたトウキとトーヤは答えた。
「わっはっはっ、本当だぞ」
「事実です」
ジャックは信じられない、といった表情だ。
トウキたちとデューイの顔を交互に見比べている。
「その話がマジだとして、だ。その……どうなんだ?」
「股間が寂しいっ! おっぱい邪魔!」
「胸は良いとして、やはり下半身に違和感を覚えますね」
ジャックは「おぅ」と呻いた。
どう見ても彼女らは女性にしか見えないからだ。
トウキは、言われてみればそうかもしれない、と思うが、パッと見は天真爛漫で大雑把な元気っ娘である。
トーヤに至っては、絶対に嘘を吐いているだろう、と確信できるほどに仕草が女性そのものであった。
「なぁ、ひょっとしてこの娘たち、特別固体、か?」
「どうなんでしょうね? 担当がドクター・モモなのよ」
「うげっ!? あの爺かっ!?」
デューイがその名を出した途端に顔を蒼くする大男。
過去に彼との間に何かあったのだろうことは確実だ。
「マジで勘弁してくれよ。あれとはもう関りになりたくねぇ」
「知り合いなの?」
「冗談はやめてくれ。アレは俺たちを実験動物としか見ちゃいねぇよ」
ぶんぶん、と手を払う仕草を見せる。
ジャックにとってドクター・モモとはトラウマの具現化のような存在であるもよう。
「なんだ? あのくそ爺と知り合いか? 帰ったら殴っておくか?」
「豪快だな、嬢ちゃん。いや、小僧? おまえ?」
「トウキちゃん、と呼んでくれ。ドッペルドールはドッペルドールの名で呼ぶのがマナーらしいぞ?」
「いや、うん、そういう意味じゃ……いや、まぁいいか。分かった」
「こっちはトーヤな」
トーヤはペコリ、と会釈した。
だが、その仕草はどう見ても女性であり、流れて来た髪を払う仕草も女性のそれ。
要するに妙に色っぽい。
「(あー、なんだか嫌な予感しかしねぇ。あの爺と遠ざかるために前線に行ったっていうのによぉ)」
残りのハンバーガーを口に収め怒りと共に咀嚼し飲み込む。
ジャックは腹が満たされたことによって若干、怒りが収まった。
「はぁ……んで、これからどうすんだ? 要塞に引き返すのか?」
「普通の新人なら、ここでUターンだけど」
「おいおい、進むのか? この砦の意味を分かってんのか?」
砦はいわば一つの境界線である。
ここより先は猛獣も一段階凶悪になるのだ。
物理攻撃といった原始的な攻撃ではなく、毒液、催涙ガス、麻痺針、消化液、高熱吐息、といった特殊な攻撃を仕掛けてくる猛獣が増えてゆく。
その体型も様々であり、特に海中で生活する猛獣は理解が追いつかない姿であるという。
「分かってるわよ。でも、強いのよ、この子たち。自分がどこまでやれるか把握しておきたいんだって」
「そうだぞ」
これにジャックは呆れかえる。
「あのな、いくらドッペルドールが死んでも本体が死なないからって限度がある。肉体は死ななくても、精神が死んだら、それはイコール死なんだぞ? ショック死の可能性を考えてるのか?」
「考えた事もねぇ」
ジャックは無言でトウキのほっぺを掴んで、むにゅっ、とした。
「ですが、それを恐れていてはパイロットは務まりません。それに引き際は弁えています」
「ええっと、トーヤだっけか?」
「はい」
冷静で知的な雰囲気のトーヤとぶちゃいくになっているトウキの顔を交互に見やる。
「なるほど、良いコンビ、というわけか。俺がどうこう言うことじゃねぇや」
ジャックはトウキから手を放す。
ぷるるんっ、とトウキはぶちゃいくから解放された。
「新人は、とにかく生き残ることを身体に叩き込め。意地でも死なねぇ、ってくらいにな。じゃねぇと死ぬのが癖になる。勇気と蛮勇は別もんだ」
「肝に据えておきます」
「そうしてくれ。知り合いがおしゃかになるのはもう見たくねぇんだ」
そう言い残し、ジャックは厨房へと引き上げていった。
「良い先輩ですね」
「そうね……そうだわ。彼、優し過ぎたのよ」
ジャックの後姿を見て少し昔の事を思い出すデューイ。
彼女らで組んだ同期のチーム。
10名いた彼らは、既にデューイとジャックを残し【この世を去った】。
「(ドッペルドールの危険性……リンクアウトの不具合……まだ引き摺っているのね)」
デューイはパンパンと頬を軽く叩き気を引き締めた。
「日が暮れるまでに、すすきの要塞に戻りたいから、そろそろ行きましょうか」
「おう、そうだな。実体も腹がペコペコになるだろうし」
「あら、そんなこと気にしてたの? ソウルリンク中は定期的に【栄養】が口に流し込まれるのよ」
「「えっ?」」
デューイの言う通り、ソウルリンク中は定期的に栄養が本体に補充される。
即座にリンクアウトできない状況下においては、リンク時間が2週間に及ぶこともあるのだ。
また、本体の筋肉を衰えさせぬよう、ヘルメットより電気信号を送り、筋肉を細かに伸縮させ運動も行わせている。
これによって、パイロットの衰弱死や運動不足を回避しているのである。
「だから、時間に焦る必要はないってこと。でも、計画的に事を進めるのは重要よ」
「なるほど……向こうの事は心配しなくてもいい、ということですか」
「そういうこと。でも、限度ってものはあるわ。流石に一ヶ月、ぶっ続けはソウルリンクにも悪影響があるみたい」
「具体的には?」
「本体に戻れなくなった」
「「!?」」
これは初のソウルリンクの不具合のケースだ。
陥ったのは1期女性パイロット。
彼女は今現在もドッペルドールの肉体で生活を余儀なくされている。
「まぁ、要塞内にいたのが不幸中の幸いね。その後は地下で安全に過ごしてるわ」
「ドッペルドールの姿のままで、ですか?」
「そうよ。でも、やっぱり不具合は生じるみたいでね……今じゃ寝たきりらしいわ」
「「……」」
桃吉郎と凍矢は、ソウルリンクが危険であることを理解しているつもりではあった。
しかし、デューイから具体的な例を直接挙げられる、と恐怖を感じずにはいられない。
「とにかく、無茶はしない。これが重要よ」
「分かった」
「あら素直。それじゃ、行きましょうか」
トウキとトーヤは無言で席を立ち、デューイの後を追った。
彼らの心の中には暫しの間、ドロドロとした恐怖がへばりつくことになる。
だがトウキの中の人は阿呆なので、恐怖は三歩でどこかに旅立った。
今は、おまぬけな顔を晒している。
問題なのは凍矢である。
彼は長らく、この問題で苦しむことになるのであった。




