バス待ち
三題噺もどき―さんびゃくよんじゅういち。
昼間の熱が冷めたような、心なしか涼し気な風が吹いている。
9月半ばになり、ようやく夏は鳴りを潜めている。
とは言え、それは朝晩に限ったことであり、昼間は未だに暑い日々が続く。
秋の夜長とは聞くけれど、はたしてどうかという気がする。
「……」
空にはうっすらとかかる灰色の雲。
その向こうから、灯りだけでその存在を主張している月。
まるで御簾でもかかっているようだ。
「……」
―こういう物言いをしていると、その時代の人みたいな気分になるな。あいにく雅なことは分からないが。そういうふりをしてみたい時期なのだ。いい年だけどな。
とあるゲームに影響されている感は否めない。相棒が雅なもので。
「……」
思いだしついでに、そのゲームでもすることに使用。
あぁ、今はバス待ちである。たくさんあるバス停のうちの1つに立っている。
仕事も終わり、珍しく残業もなく、大人しく帰路についた今日。
変えるためのバス待ち中……。バス停なうってやつだ。
―これはもう古いのか?
「……」
肩にかけていた鞄の中から、手探りでスマホを取り出す。
―スマホで思い出いしたが、今日仕事先でお年を召された方が、携帯電話の遣い方がどーのこーのと言っていたのだが。まぁ、私とは全く関係のないところでもめていたので、遠くから聞こえた程度なのだが。
「……」
その、携帯電話という言葉を聞くと、パッと思い浮かぶのは。
今世間の半数以上が持っているスマホと呼ばれる板ではなくて、いわゆるガラケーと呼ばれるやつの方だよなぁと、ぼんやり思ったのだ。
その声を上げていた人は、見た限りスマホの方を持ってはいたが。
まぁ、スマホというよりは、ガラケーと「携帯」電話のほうが音は近いから、そう思うのかもしれないんだけど。
「……」
ガラケーもスマホも機能的には、たいして差はないし。
携帯するものではあるから、ひとくくりにできるもの……なのだと思うんだけど。
それなのになぜ、こう……ちょっとした差異みたいなものができたんだろうなぁ。
と、遠くから聞こえる会話を聞きながら思ったのだ。
「……」
ということを、思いだしたと言うだけで。
だから何だと言う感じがあるのだけど。
実際今思いだしたことに対して、自分でも、何考えているんだ仕事中に……と思っている。
相変わらず、変なことを変な風に掘り下げようとする癖は抜けてないなぁ……と嫌になったりな。
「……」
ま。
私は、スマホと呼んでいて、あの人は携帯電話と呼んでいたっていうだけの話だろう。
携帯電話ってものすごく言いにくいな……。
考える分にはいいが、いざ口に出すと言いにくい。
あの人もはっきりと言えてなかった節があるしな。
「……」
まぁ……。
もういい。
そのスマホを。手探りで鞄の中から引きずりだし、ゲームを開く。
アプリのアイコンを指で触り、横向きに持ち直す。
残念ながら、今日はイヤホンを忘れたので、耳からの摂取は出来ない。
視覚からだけでも、癒しを摂取することにしよう。
「……」
しかし、バス遅いなぁ。
早めにここについてはいるが、もう来てもおかしくないと思う。
―でもなぁ、いつもこの時間に帰ることがないから、分からない所ではある。
道が混んでいれば、バスは遅れるものだしなぁ。
「……」
というか、時計をよく見ればたいして時間が経っていなかった。
体感的には、10分程立っているものだと思っていたが、実際5分もたっていなかった。
堪え性がないみたいで嫌だな。
「……」
ゲームのあれこれを消化しつつ、次々にアプリを開いていく。
とは言え、私は5、6個しかしていない。
内3個ほどは、開くだけで終わるものだし。
ここではしないし、出来ない。イヤホンが必須だ。
「――?」
そうやって、スマホをいじり、待ち続けていると。
隣に人の気配がした。
いや、正確には、匂いが鼻をついた。
「――」
煙草の独特な臭い。
喫煙所から直接ここに来たにしても、きつすぎる匂い。
むしろそこで吸っていないか?と思う程の、強烈な臭い。
「――」
チラーと隣を見てみると。
いかにもな感じの中年っぽい、スーツ姿の男性が立っていた。
私と同じようにスマホをいじっている。この人は携帯電話とは言わなそうだ。
きっとここまでスマホをいじりながら、喫煙所から歩いてきたんだろう。
「――」
きつい……吐き気すら覚えかねない。
いや、昔はここまで敏感ではなかったのだ。
実のところ、家で父が嗜んではいたので、むしろ慣れてさえいた。
室内で、何なら目の前で吸っていたりしたし。
「――」
だが、何かをきっかけにすっぱりとやめてしまったので。
ここ数年ほどこの匂いに触れていないのだ。
辞めたと言うか……目の前で吸うのをやめたと言う感じだ。喫煙自はしている。
その上、某感染症のせいもあって、喫煙自体が外ではあまり見なくなった気もする。
「――」
バスくるまで耐えられるだろうか……。
いや、この人もしや同じバスに乗るのではないか?
帰るまでバスに揺られながら、この匂いに耐えろと?
少し離れてしまえばマシにはなるか?
いやしかし、この匂いすごい鼻にこびり付くんだが……。どんな種類の煙草吸っているんだこの人。
「――」
欲もそんなに毅然としていられるなぁ……。羨ましいよ全く。
周りのことも気にかけずに、そんなにできて……。
煙草を吸うなとは言わないが、最低限のエチケットというものはあるだろうに。
せめて、その匂いだけでもどうにかしてから来て欲しい……。
だれもが、その匂いに耐性があるわけではない……。
「――」
気になると、嫌でも意識してしまう……。
ダメだ…離れるか?
いや……もうすぐバスも来るだろう。
スマホ画面にでも集中して、意識を外せばどうにかなりそうだ。
というか、どうにかする。
少しでも、癒しを得ることに集中することにしよう。
お題:携帯電話・煙草・羨ましい