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この婚約は自ら望んだものだったと気づいた王太子のその後

こちらは『この婚約は政略的なものだと言い張る王太子』のその後の話になります。

 ここ最近、王太子妃オフェリアには、ある悩みがあった。

 それは夫の弟達から同じような内容の相談が、オフェリアのもとに殺到していたからだ。

 その主な相談内容の殆どが、王太子であり夫でもあるリシウスから回される尋常でない量の確認書類の山についてだ……。


 特に次男ライナスからは「頼むから兄上を何とかしてくれ!!」と切実な訴えが上って来ている。しかしその妻であるセリアネスからは「もっとこちらに仕事を振って頂いても構いません」と、何故か真逆の事を言われている。


 ライナスはオフェリア達が挙式した一年後に伯爵位を賜り、現在は国の玄関口とも言える国境付近の重要な領地の管理を行っている。

 他国では所謂『辺境伯』という立場になるのだが、この国ではその爵位は存在しない為、現状この国でのライナスは上位の伯爵という扱いになる。


 そして妻のセリアネスとは夫婦になってから6年経つのだが、何故か弟二人の方が先に父親という立場になっている程、次男夫妻はなかなか子宝に恵まれなかった……というのが表向きの話だ。


 実際は、オフェリアの夫であるリシウスと同じで、ライナス自身が愛妻との夫婦の時間を多く望んだ為、なかなかセリアネスが懐妊しなかったと言うのが裏事情である……。

 そんなセリアネスが、やっと第一子を懐妊したとオフェリア達の元へ報告に来たのは、つい先日の出来事だ。


 そんな幸福絶頂なはずの次男夫婦だが……。

 ライナスの方からはこの6年間、ずっと兄であるリシウスが回してくる仕事量について、かなり不満を訴えていた。


 そしてもう一人、同じくリシウスから回される仕事量に不満を抱いているのが、四男のルーレンスだ。

 オフェリアの妹でもあるシャノンと四年程前に挙式したルーレンスは、今ではすっかりオフェリアの実家でもあるフォレスティ侯爵家の婿として馴染んでしまっている。しかし、妹のシャノンとの夫婦生活は、どうやらルーレンスが望んでいた状況ではないらしい。


 挙式前より妹シャノンに過剰なスキンシップを行っていたこの義弟は、自分達が式を挙げる日を首を長くして心待ちにしていた。

 しかし、実際は挙式半年前程から長兄であるリシウスから、やたら仕事を廻されるようになり、今現在でもその事務処理に追われているらしい……。


 昨年、シャノンは玉のような愛らしい娘を出産しているが、ルーレンスは息子も欲しいようで、現在跡目作りにかなり前向きらしい。

 だが、それを妨げているのが兄である王太子リシウスだった。日々大量に回される事務処理関連の仕事量に殆どの夜は死んだように眠りこけてしまうルーレンスは、跡目作りどころではなかった。


 何よりも妹の方が、疲れ果てたルーレンスの眠りをわざと誘うような接し方をしているらしい。シャノン曰く「二人目はもう少し間を空けたい」との事なので、現状義兄となったリシウスが自身の夫に大量の仕事を振って来るこの状況は、大歓迎らしい。


 しかしルーレンスの方は、いい迷惑である……。

 その為、毎月の侯爵領の管理報告で登城してくる際は、真っ先にオフェリアのもとにやって来て「リシウス兄上の仕事効率を何とかして下げて欲しい」と真顔で訴えてくる。


 そんな次男と四男と対照的なのが、三男のフィリップだ。

 三年前に女の子を授かった二人は、あまりにも娘を溺愛し過ぎるあまり、二人目を作るという考えは、現時点ではないらしい。


 そんな両親から愛情を注がれ過ぎている第三王子夫妻の娘は、オフェリアの息子であるオリシスよりも二カ月遅れで生まれた。


 名前をセフィリナというのだが、母親譲りの綿菓子のようなフワフワヘアーと透き通るような空色の瞳を持ち、髪色は父譲りの美しい銀髪をしている為、まるで天使のような愛らしい容姿をいている。

 だが中身は父親譲りの為、内気で人見知りという性格で常に母セリーヌか父フィリップの足元に引っ付いてはオドオドしている事が多い。


 そんな父親の内面を濃く受け継いだセフィリナだが、生まれた頃から一緒のオリシスにはすっかり懐いており、兄妹のように仲が良い。将来的には婚約も……という話も出ているが、まだ三歳になったばかりの二人には、現状そんな淡い感情は全く生れていない。

 ただ城内では、この二人が一緒いる光景が癒しとなっている。


 そしてここにも一人、その癒しを堪能している人間がいた。それが近々、即位予定の王太子リシウスだ。


 瞳の色と顔立ちは幼い頃のリシウスと瓜二つの息子オリシスだが、髪色と性格の方は完全に妻のフォレスティ家の血筋を受け継いだようで、コロコロと表情が変わる大変子供らしい愛らしさを持っていた。その誰にも愛らしい笑顔をふりまく息子に父リシウスもあっという間に心を奪われている。


 そんなリシウスは、息子が誕生する前は妻であるオフェリアを常に傍らに侍らせ、事あるごとに愛妻との時間を捻出する為に尋常でないスピードで公務をこなしていた。しかし息子のオリシスが誕生すると、今度は息子との戯れる時間も欲するようになり、公務をこなすスピードが更に加速したのだ。


 一見、良い事にも思えるこのリシウスの動きだが……。

 実はこの所為で、周りの人間はかなりの迷惑を被っている状況なのだ。

 その一番の被害者が現在辺境伯的に自身の領地を治めている次男ライナスと、三大侯爵家の一つフォレスティ家に婿入りした四男ルーレンスなのだ……。


 妻と息子と戯れる時間を欲するあまり、かなりの早さで公務を片す長兄が処理した書類関係は、その後各領地を治めている二人の元へ送られる。

 国境付近の領地を持つ次男ライナスの元には、大量の交易関係の認証済みの書類と、今後の交易向上の提案書が。

 三大侯爵家に婿入りした四男ルーレンスの元には、国内での流通や領地管理、最近では福祉関係での提案書が大量に送られてくる……。


 つまり公務に関して優秀過ぎるリシウスがこなす仕事のスピードが早すぎて、周りが付いて行けない状態なのだ……。


 そしてその被害は兄弟間だけでなく、リシウスの直属の部下達も同様だ。文官たちは毎日のようにリシウスが確認や認証した書類をせっせと各領主達に送る業務に追われ、馬車馬のように働いている状態なのだ……。


 そんなリシウスの執着とも言える溺愛対象は、妻オフェリアだけでなく息子オリシスも加わった状態だ。その為、二人はリシウスの執務室で過ごす事が多くなり、本日もリシウスの公務が終わるまでオフェリアが息子に絵本を読み聞かせていると言う状況だ。

 忙しそうな文官達には申し訳ないとオフェリアは思いつつも、現状の執務室には愛らしい息子の声がキャッキャと響いていた……。


 その状況にいたたまれない気持ちになるオフェリアだが、文官達からはそんな息子の様子は業務中の癒しになっていると何故か言われる事が多い。


 確かに自分と息子以外に対しては表情筋が死滅したように無表情が多い夫から無言の圧を掛けられ続けるよりも、妻子が近くにいる事で顔が緩みやすくなっている夫の方が、まだマシなのだろう。


 それでも異常なスピードでこなされた公務の後処理は大変そうだなのだが……。多少なりとも気持ち部分で緊張感を和らげる事に貢献出来ているのであれば、夫の異常な執着愛も良い方向に働く事があるらしい。


 そんな夫の公私混同が当たり前となっている執務室なのだが、今日はオフェリアが絵本を息子に読み聞かせていた。しかし読み聞かせている絵本のページを捲った瞬間、何故か息子が瞳をキラキラさせながら、そのページを指差して楽しそうに叫ぶ。


「ははうえ~。これ、ちちうえといっしょ!」


 キャッキャと喜びながら、息子が指差したそのページには親鳥の後に続く二羽のひな鳥の絵だった。だがよく見ると、息子は何故か一番後に付いて回るひな鳥の絵を指差し、ニコニコしながら拙い言葉でオフェリアに伝えてくる。


「これ! これ、ちちうえといっしょなの~」


 その息子の主張にオフェリアだけなく、執務中のリシウスも反応し始める。


「どれが私なのだ?」

「これ! このいちばんうしろのとりさん! ちちうえと、いっしょ!」


 絵本を抱え上げて、その場面のページを嬉々とした様子で自分に見せてくる息子が、何故そう思ってしまったかの経緯が分からず、オフェリアとリシウスは不思議そうに互いの顔を見合わせた。親鳥を指さすならまだしも、息子が父親と一緒だと主張しているのは最後に付いて回っているひな鳥の絵なのだ。


「オリシス、どうしてこの鳥さんがお父様なの?」


 好奇心もありオフェリアが息子にその理由を尋ねると、息子は満面の笑みを浮かべて、その理由を口にした。


「だって、ちちうえ、いつもぼくと、ははうえのうしろをついてくるでしょう?」


 その瞬間、執務室中で何故か咳払いする声が一声に響き出す。

 どうやらオリシスの主張を聞いた文官達が、必死で吹き出すのを堪えたらしい。対するオフェリアも必死で唇を噛みしめ、笑いを堪えた。

 そんな中でリシウスだけが、無表情を貫き通す。


「私は……そんなにもオフェリア達の後を追い回しているだろうか……」


 納得いかない様子で呟いた夫の一言がとどめとなり、執務室内の全員が堪えきれずに一斉に吹き出した。


「何故、皆笑う……?」


 珍しく眉間に皺を刻み、面白くなさそうなリシウスの反応にオフェリアまでも吹き出してしまった。

 その隣では「ちちうえといっしょ~」と何度も主張してくる息子がいる。


 リシウス本人は全く気付いていないのだが、オフェリアにしてみれば、息子がそう思ってしまった事に何度も頷きたくなってしまう。何故ならば、現状オフェリアに引っ付いて来る息子の後を更に夫が引っ付いてくるという状況なのだ……。


 恐らくこの絵本に描かれている親鳥に続いて歩くひな鳥の場面が、息子には自分達の日常的な状況と重なってしまったのだろう。

 しかしそこでひな鳥を父だと主張する息子は、なかなかの着眼点を持っているとオフェリアは感心してしまう。


 だが、父親と言う立場であるリシウス的には、息子のその自分に対するイメージは面白くないのだろう。先程から珍しく複雑な心境と誰でも分かる表情を浮かべている。

 しかしそんなリシウスの心境に気付かない息子は、更に父親の複雑な表情を深めるような言葉を口にする。


「あのね、フィリップおじうえもいっしょなの! だっておじうえも、いっつもセフィのあと、ついてくるの!」


 その瞬間、またしても室内の人間が次々に咳払いを始めた。中には業務を一次中断し、背中を丸めて肩を震わせている者もいる。

 そんな中、オフェリアは息子の言い分に更に吹き出してしまい、涙まで浮かべて笑い出してしまった。


 オリシスの言う『セフィ』とは、フィリップとセリーヌの愛娘であるセフィリナの事だ。内向的でいつも両親に引っ付いているセフィリナではあるが、生まれた頃から一緒であるオリシスと遊んでいる時は、子供らしい活発な面も見せている。


 だが、父フィリップは娘を溺愛するあまり、活動的に遊ぶ二人の事をいつもハラハラしながら見ていた。その為、どうしてもセフィリナの後を追いかけるような行動に出てしまう。それが兄であるリシウスと全く同じなのだ……。


 まだ幼い王子から放たれたその事実は、執務室に盛大な笑いを呼び込む。

 この王家の血は余程濃厚なのだろうか……と。

 室内の誰もが、思わずそう口にしたい衝動に駆られている中、渦中のリシウスだけは、一人だけ不満げな表情を浮かべていた。


「オフェリア、笑い過ぎだ……」

「で、ですが! フィリップ殿下までも、リシウス様と同じ行動をなさっているなんて……」

「フィルの場合、過保護すぎるだけだろう」

「で、では! リシウス様は何故、オリシスの後を…つ、付いて回るのですか?」

「それは……」


 妻の問いに一瞬返答しかけるも何故かリシウスは口ごもる。その理由を知っているオフェリアは、更に肩を震わせ笑いを堪えた。


 真面目な夫は、何に対しても真っ直ぐに向き合い、一途過ぎるのだ。

 それも病的なレベルで……。

 現状、父であるリシウスが過剰に息子につきまとうのは、息子が可愛すぎて仕方ない為、無意識に過剰に絡んでしまうのだろう。


 普段でも隙さえあれば、すぐに息子を自身の膝の上に乗せ、おやつの時間ではセフィリナと並んで食べているその愛らしい様子を目に焼き付けるようにじっくり観察している……。


 そんな父の行動をオリシスは特に疑問を感じていない様子だが……。しかし気が弱いセフィリナは、表情が乏しい伯父にジッと見つめられる事にやや萎縮気味だ……。しかし、姪にそんな苦手意識を抱かれている事にリシウスは一切気付いていない。


 その二人の間を無自覚に上手く取り持っているのが、息子のオリシスだ。

 正直なところ、オフェリア的には父方の血筋の面倒な特徴が、あまり息子に受け継がれていない事に少しホッとしている。


 だが同時に将来的に息子オリシスが、父リシウスの過剰過ぎる家族愛の拗らせ具合に気付いた時が大変だとも懸念している……。

 恐らく息子が思春期に入った際、リシウスは非常に鬱陶しがられる父親になる可能性が高い。

 そんな未来を予想してしまったオフェリアは、苦笑しながら夫にある助言をする。


「リシウス様、今のうちに精一杯オリシスを愛でられてくださいね?」

「どういう意味だ?」

「恐らく将来的に愛でる事が難しくなる状況がやって来ると思いますので」


 オフェリアの助言に不安を感じたのか、リシウスは一時的に公務の手を止めて席を立ち、二人が座っている長椅子に腰を掛け、息子のオリシスを自分の膝の上に乗せた。


「オリシス、父の事はあまり好きではないか?」

「え? ぼく、ちちうえのこと、だいすきだよ?」

「そうか」

「でもね、ははうえのほうが、もっとすき!」

「……そうか」


 またしても複雑な心境に陥ってしまった夫の様子にオフェリアが笑いを堪える。

 そんな父の状態に全く気付いていないオリシスは、今自分が母に読み聞かせて貰っていた絵本を今度は、父リシウスに読み聞かせ始める。


 政略的な結婚だと思い込んで、婚約者時代から妻を無自覚で過剰に溺愛していた王太子は、今ではその溺愛対象がもう一人増えてしまった状態だ。

 それを鬱陶しいと思わず、幸福だと感じてしまうオフェリアもまた、大分夫リシウスのこの個性的過ぎる過剰な愛情表現に毒されてしまったのだろう。


 そんな真面目で病的なまでに愛情深いこの国の王太子は、今日も無自覚に妻子に過剰過ぎる程の愛情を注いでは、その幸福な日々を満喫している。

オマケのお話もお手に取って頂き、ありがとうございました!

即興で急遽書き上げた作品なので、いつも以上に誤字誤打が多いかと思いますが、お許しを……。


※尚、この作品は本編を読まないとお話が分かりづらい為、現在は作品一覧からは非表設定になっております。

『○○と言い張る王子達』のシリーズ一覧には入れてあるのでそこから閲覧可能ですが、もし気に入って頂けた場合はブクマを推奨致します。

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★本編の短編はこちらの一覧からどうぞ★
『○○と言い張る面倒な王子達』シリーズ

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【○○と言い張る王子達】のあとがき
※ネタバレ注意!!
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[一言] このシリーズ大好きなんで、続編が出て嬉しいです!
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