真実の愛に目覚めた婚約者のその後
こちらは『真実の愛に目覚めたと言い張る婚約者』のその後の話になります。
「ルー……。いい加減にしなさいよ?」
「何だか今日は気分が優れない気がする……。よって公務は出来そうにない気がする……」
「つい先程まで、元気だったでしょう!?」
怠惰を貪るように自分の膝の上を我が物顔で占領している婚約者の頭部をシャノンが両手で押しのけようとするが、その婚約者であるルーレンスは、ガッチリとシャノンの腰に両手を回して頑なにそれを拒絶する。
「ルー!! あなた昨日も同じ様な事を言って、公務を後回しにしていたじゃない!!」
「昨日は謎の腹痛が起こったから同じではないぞ?」
「ほぼ同じ状況でしょう!! そもそも『気がする』という言い方がおかしいでしょうが!!」
「おかしくはない。私は最近、リシウス兄上にこき使われて身も心も疲労感に蝕まれている……。それを労うのが婚約者のお前の役割だと思うが?」
「この一時間、十分労ってあげたでしょう!?」
「たかだか小一時間の労いでは私の疲労は回復など出来ない……」
膝上から何とかして婚約者を押しのけようとシャノンが奮闘するも、ルーレンスはまるで執念深い蛇のように更に両腕に力を込めてシャノンの腰に巻き付いて来る。その頑なな態度に遂にシャノンが諦めを見せ始めた。
「もういいわ……。ずっとそうやって公務を後回しにしなさい!! その代わり後で大変な思いをしても私は知らないから!!」
「見くびるな。あの程度の仕事量で負担に等なる訳……」
シャノンの腰に引っ付いたまま、そう悪態を付いていたルーレンスだが、突如室内に響き渡った扉のノック音によって、それを悔い改める状況になってしまう。そのノック音に対してシャノンが勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、入室を許可する。すると王太子リシウス付きの文官が室内に入って来た。
その兄付きの文官と目が合ったルーレンスは、何故か頑なに不動の姿勢を取りながらも文官を睨み付ける。そんな第四王子の態度に呆れつつも入室して来た文官は、ゆっくりと口を開いた。
「ルーレンス殿下、リシウス殿下より三日程前にお願いしましたご公務の終了確認をするよう言付かっているのですが?」
「急ぎの書類はすでに処理済で執務机の上に置いてあったはずだ」
「ええ。確かに急ぎの物はございました。ですが、急ぎでない物は、未だ手付かず状態で放置されておりますが?」
「急ぎではないのだから構わないだろう?」
すると文官は、静かに息を吐いた。
「実はリシウス殿下よりお言付けを承りまして……。現在ルーレンス殿下が、敢えて後回しされているご公務の案件を早急にご対応頂きたいとの事です」
「何故だ? 急を要する案件はなかったはずだが……」
すると文官は何故か気まずそうに一瞬、ルーレンスから視線を外した。
その後、場を仕切り直す様に軽く咳払いをする。
「実は明日、リシウス殿下はオフェリア様が行かれる孤児院視察にご同行されたいとの事で……。本日中にその案件を処理されたいとの事でした」
その瞬間、ルーレンスは大きく目を見開き、対するシャノンは思わず吹き出しそうになって慌てて口元を抑えた。
「何、だと……? それはどういう事だ……?」
「ですから、リシウス殿下は明日オフェリア様との孤児院視察にご同行……」
「それは先程聞いた!! だからと言って何故私が公務を急かされる!?」
「それは……」
気まずそうに視線を逸らした文官をルーレンスが睨みつける。
だが、その文官に助け舟を出す様に今度はシャノンが咳払いをし、ルーレンスの視線を自分の方へと向けさせた。
「ルー、諦めて公務に戻りなさい」
珍しくにっこりと笑みを浮かべた婚約者をルーレンスが恨みがましそうに見つめた。
「お前は……そんなに私に公務に戻って欲しいのか?」
「ええ」
「寂しいとか、離れがたいとか……そういう想いは抱かないのか……?」
「あら? そういう想いを抱いて欲しいの?」
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべてくるシャノンにルーレンスが「くっ!」と呻くように喉を鳴らす。その様子を見ていた文官は、この王家に流れる癖があり過ぎる濃い血筋を改めて実感する。
「全く……。リシウス兄上は少々オフェリアに執着し過ぎではないか?」
「あなたがそれを言うの?」
「私はあそこまで酷くはない!!」
そう叫んだルーレンスにシャノンと文官の男性が白い目を向ける。
そんな視線を向けられている事に全く気付かないルーレンスは、盛大なため息をついて、重くなっていた腰をやっと上げた。
するとシャノンが意地の悪い笑みを浮かべ、ルーレンスに労いの言葉とはほど遠い言葉を放つ。
「ルー。もし今日中に放置して来た公務を全て終わらせられたら、好きなだけこの膝を提供してあげるわ?」
その言葉にルーレンスがピタリと動きを止める。
そしてゆっくりとシャノンの方へと向き直った。
「今の言葉、しかと聞いたぞ。絶対だな?」
「ええ、もちろん。ただし! 全て終わらせられたらの話だけれど」
「言質は取ったからな! 前言撤回など絶対に認めないからな!」
先程まで渋ってなかなか動かなかった事が嘘のようにルーレンスは、大股で慌ただしく部屋を出て行った。そんなルーレンスの後ろ姿を見送りながら、シャノンはこっそりとほくそ笑む。
だがルーレンスを呼びに来た文官は、何とも言えない複雑な表情をシャノンに向けた。
「シャノン様……よろしいのですか? あのようなお約束をなさって……」
「平気よ! だってオフェリアお姉様からルーが、かなりの量の仕事を溜めていると聞いているもの!」
「確かに今からルーレンス殿下に取り組んで頂くお仕事量は、半日では確実に終わらせる事が出来ない量ではありますが……」
何故、口ごもる文官にシャノンが怪訝な表情を浮かべながら、首を傾げる。
すると、文官が更に困惑した笑みを浮かべながらポツリと呟く。
「ですが、あのルーレンス殿下ですよ?」
その言葉を聞いたシャノンは扇子で口元を隠し、クスクスと笑い出す。
しかし、そんなシャノンを裏切るようにその日のルーレンスは、日付が変わる直前に放置してきた全ての公務を終わらせてしまったのだ。
その為、翌日からシャノンの膝上は常にルーレンスの独壇場と化してしまったそうだ……。




