第七話
「・・・ええと、それで、どうして君はトンビに運ばれてまで比叡山に来ようと思ったんだい?」
沈黙を破ったのは、あるいはスズメの合唱に割り込んできたのは、太陽の方です。己が恥知らずに赤面していた袋は、突然の太陽の声に驚いたせいか、つくしのように背筋をピンと張り詰めて答えました。
「はい!太陽さんに会うためです!」
「私に会うため?む・・・、ちょっとよく分からないな。雲やトンビたちと会ってきたんだろう?順を追って説明してくれるかい?」
「すみません!そうですよね。ええと・・・、まず岡崎通りに落っこちたことが始めです。その後すぐにアスファルトさんとパンジーさんと話したんですけど、このままだと燃やされて死んでしまうってパンジーさんがおっしゃって・・・」
「ふむふむ・・・、パンジーにアスファルトか。知っているとも、癖は強いが良い方々だ。それで?」
「はい。パンジーさんに言われたとおりに街路樹さんの場所まで飛びました。落ち葉さんたちと少しもめちゃったけど、最後には街路樹さんが北風さんを読んでくれました」
「ほう、落ち葉たちか・・・。何があったかは想像に難くない。まぁ、春先に話せば素直で優しい奴らなんだよ」
「春先だろうと晩秋だろうと、彼らの真中から端まで優しさが詰まっていることはしっかり伝わりますよ」
そう言うと太陽は黙って眩しそうに目を細めながらうなずきますので、袋はなんだか面はゆくなりながら続けました。
「えへん・・・。その後は北風さんにつかまって空を飛びました。でもあんまり寒いもんで雲さんが凍ってしまっていて、北風さんでさえ通せんぼを食らったんです。そこにたまたまトンビさんたちが通りかかって、太陽さんを起こして雲さんを溶かしてもらうことになったというわけです」
「なるほど・・・、つまり、君は人間に燃やされないように遠くに行きたかったが、私のせいで雲が凍っていて先へ行けなかった。だから私を起こしに来たということだね」
「いえ!太陽さんのせいというわけでは・・・」
袋は首が取れてしまいそうなほどぐりんぐりんと横に振って否定しましたが、なんとなく仰らしく見えて、却って説得力に欠けてしまっています。太陽も思わずといった調子で吹き出しました。
「いいや、私が悪いんだ。とはいえ、明日もきっと早起きはできないんだろうなぁ。いかんせん、寒すぎるもの」
「太陽さんはこんなに暖かいんだから、冬なんて関係なく、いつだってポカポカなんじゃありませんか?」袋はずっとぼんやり思っていた疑問を口にしました。
「いやはや、あはは。参ったね、これは。確かに私は全てを、それこそ人間・鳥・木・空気・レジ袋、あらゆる存在を暖めるが、そのことは私自身があたたかいということを必ずしも意味しないんだよ」
太陽が知った様子で何やらよく分からないことを言いましたので、レジ袋は、どう返事すればいいか分からず、言葉を紡げないまま口を小さく開き、首を軽く傾げていました。口もとには困った愛想笑いが消し忘れた落書きのように残っています。それを見た太陽は優しく笑いました。
暖かい沈黙が一瞬だけ流れ、袋が何か言おうとしていると、ピョーロロロ、とトンビの鳴き声が近くに聞こえました。袋をくちばしで挟んでいた、一番大きなトンビです。
「おぉ、太陽め、ここにいたんだな!灯台もと暗しってやつだ!」
「やぁトンビ、おはよう。どうやら私のせいで迷惑をかけてしまったようだね。申し訳ない」
「朝ご飯を獲るついでだから、気にすんな!それと白ん坊!そろそろ北風のやつが来るってよ!準備しとけ!」
「はい!トンビさん、ありがとう!お元気で!」
「ああ!達者で!きっとまたどこかで会えるさ!」
ピョーロロロ、と鳴きながらトンビの姿は再び見えなくなりました。袋はトンビを見送るために首を真上へグンと突き上げておりましたから、顔を戻した時に太陽とばっちり目が合って少し驚きました。
「あの、太陽さんもありがとうございました」
「私は何もしていないよ。むしろ迷惑をかけたくらいだ」
「いえ、そんなことはないですよ。太陽さんはこうやってみんなを暖かくしてくれます」
「それが私の義務さ。むしろ、もっと早くやれと叱責されても文句は言えない」
「そんなことないです!ええと、なんて言えばいいんだろう、とにかく、太陽さんはいてくれるだけで安心するんです。いてくれるだけで感謝したくなるんです」
袋はあまりにも恥ずかしくなって訳が分からなくなってしまい、顔を上げられませんでした。
「君は本当に優しいね」
太陽の微笑みが脳裏にありありと浮かびました。
遠く、ずっと遠くから北風の、オオオオ、という叫び声が聞こえてきました。そろそろ時間のようです。
「北風が来たみたいだね」太陽は北を見ながら言いました。
「はい。太陽さんと話せて楽しかったです」
「ははは、北風のやつも喜んで手を貸すわけだ。全く」
「・・・そういうことはよく分かりません」
「おおぉおい!坊主!迎えに来たぞぉ!」
たとえ千キロ離れていても聞こえてきそうな北風の声はすぐそこ、山のふもとからでした。本当にお別れです。
「すまないね。できることなら君のために尽力してやりたい限りだが、生憎、私は浮かんだり光ったり眠ったりすることしか能のない存在だ」
「そんなことは・・・!」
枯れ木も繁木も紅葉も緑葉も問わず、木々の間を突き抜け、葉々を揺らし、散らし、飛ばしながら、はやてが迫ります。巻き込まれた葉たちの悲鳴に袋の声はかき消されました。
「けれども、私は君のことを見守っているよ。だから、君はひとりぼっちじゃない。頑張れ、死ぬな」
次の瞬間には、視界は晴れて比叡山を抜けていました。袋は何も言うことができなかったので、気の狂ったようにただひたすら「ありがとう」と空へ泣き叫ぶのでした。それからずっと、別れ際に太陽が見せた表情が、くたびれたような使い古された微笑みとその目に微かに灯った煌めきが、脳裏に焼き付けられていました。