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皆聴除人(R)  作者: alIsa
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第六話

 トンビたちは身慣れた様子でぐんぐん下降していきました。風を読んでは体重を右へ左へ中心へ、翼で風を受けたり切ったり、さながら航空士です。ふと空を見上げると、さっきまで話していた雲がどれなのかもう分かりません。それほどまでに地上に近づいていました。

「ずいぶん南の方まで飛ばされてたんだなぁ、あんた。ほら、あの北東に見えるでかい山が比叡山さ」

 右のトンビが示した方を見ると、確かに空を押し上げてしまいそうなほど大きな山がそびえ立っていました。この時期の山には紅葉している木々と常緑の木々と落葉している木々が混在していて、大きなモザイク模様を形成しています。

「おっきい山ですねえ・・・」袋は思わず声を漏らしました。

「うん、比叡山はとっても大きい山さ!きっと世界一だね」

「世界一ですか。世界ってどれくらい広いんでしょうね?僕は本当に何も知らなくて・・・」

「ふうん、僕らは鳥だからいろんなところに行ったことがあるよ。教えてあげようか?」

「いいんですか!?トンビさんは優しいなぁ」

「よせやい、そんな大げさなことじゃないんだから!」トンビは嬉しそうに翼を、おそらく余分に、バサバサッ、と鳴らしました。「コホン・・・、いいかい?世界には日本以外にもたくさんの国があるし、この列島よりずっと大きな島がたくさんあるんだ」

「へぇ・・・、どこが一番良かったですか?」

「むむ、そうだなあ。東側に見える大きな海をずうっと渡った先にある国かな」

「どんな国なんですか?」

「高い建物がいっぱいあるんだ。でもとても広い国だから山や荒野もたくさんあってね。それに何より自由の国なんだってさ」

「自由の国・・・」

「そう。まあ、人間にとっての自由の国だからね。僕らはどこへ行ってもただのトンビさ」

「自由の国かあ、行ってみたいなあ」

「はは、好きにすればいいさ。でも僕らが連れていけるのは比叡山までだからね」

「・・・すみません、うっかり声に出ちゃいました」

 自由の国、とレジ袋は心の中で呟きました。そこへ行けば死からも自由になれるのかな。遠くに見えていた巨大な亀のようなぼんやりとした緑は、やがてはっきりと葉の輪郭を伴っていきました。比叡山も太陽も、もうすぐそこです。

 トンビたちは空と山の境目を目指して、微調整するかのように翼をばさばさと小刻みにはためかせました。そして、左右のトンビはそのままどこかへ飛んでいってしまいました。袋を咥えたトンビは近くの枯れ木の目立つ位置に袋を引っかけて、やっと口を開きました。

「朝ご飯は仲間たちに任せるとして、僕は太陽を探してくるよ。この辺りにいるはずなんだけどな・・・」

「ありがとうございました。トンビさん」

「大したことないよ、君はついでに頼まれただけだからね。それじゃ、しっかり木に掴まってなよ?」

「はい、本当にありがとうございました!」

 トンビは翼を大きく振り、風に乗って上昇していきました。そして一度、ピョーロロロ、と鳴くうちに姿は見えなくなってしまいました。しかし、その後もしばらくは山のあちこちから、ピョーロロロ、という声が聞こえてきて、まるでひとりぼっちになったレジ袋を励ましているかのようでした。


 レジ袋は物珍しげに、三者三様の山景色を見渡していました。ふいと見れば、熟した紅玉のように真っ赤な木の葉を蓄えたカエデやハナミズキやソメイヨシノたちが秋の終わりを賑やかに見送っています。ふいと見れば、古い苔のように暗緑な木の葉を揺らしているシイやカシたちが葉っぱ同士のこすれる音でアンサンブルを奏でながら、自然の雄大さと誇らしさを歌っています。ふいと見れば、彼らの陰に覆われたナラやブナといった木々たちがわびしげに身を寄せ合っていて、そこはかとない郷愁を抱かせます。

 その予感は唐突に訪れました。それは、たとえ口や目や耳や鼻が利かなくとも、どんな存在であれ必ず感覚することができる、ある種の本能です。まず、夜に紛れて至る所にこびりつく黒みがかった鈍色の錆が瞬く間に溶け去っていくのです。次に、熱が、あっという間に身を焦がしきってしまうような刹那的なものではなく、ゆっくり体の表から芯へと伝っていくような柔和な熱がやってきます。そして、優しく穏やかな熱に心身をほぐされた存在たちが放つ寛容さの匂いが錆臭さを上塗りするかのように周囲を満たし始めます。レジ袋は顔を上げました。お日様が起きたんだ、朝がやってきたんだ、と。

 「ふわぁ・・・、寒い。まだ山に包まっていたいけど、鳥たちの鳴き声がしてるものな。もう起きないと」

 太陽が鼻をすすりながら気だるげにやってきました。すると、そこら中から「おはよう、おはよう、太陽さん、おはよう」という声が聞こえてくるではありませんか。太陽もそれに対して「おはよう、やあ、おはよう。全く、寒いね。おはよう」といちいち返事をしています。やがて太陽はレジ袋に向けても「おはよう」と言って、続けました。

「君は初めましてかな?このあたりでは見かけないね」

「はい。突然寝床にお邪魔してしまってすみません」

「そんなに緊張しないでくれ。別にここは私の寝床じゃなくて、みんなの比叡山なんだから。それに、最近はよく君みたいな袋が風に乗ってやってくるんだ。君もそうなんだろう?」

「いえ、トンビさんに運んでもらったんです」袋はちょっと照れくさそうに言いました。

「トンビから?あいつらはとても面倒くさがりなのに、よくやったね」太陽は目を丸くしました。

「雲さんが全部話をつけてくれたんです」袋は弁明するかのようにせわしなく身を揺らしながら急いで付け加えました。

「雲のやつが!?あいつらは屁理屈屋のひねくれ者で有名なのに・・・」太陽は更に驚きました。

「トンビさんも雲さんも悪い人じゃありませんよ!」

 袋は自身の恩人たちを馬鹿にされたような気がして思わずカッと大声を上げましたが、相手があの太陽であるということを思い出すと、そのまま透明になってしまいそうなほど血の気が引きました。

「ごめん!ごめんよ!気を悪くさせてしまったのなら、本当に申し訳ない!分かっているとも。確かに彼らは面倒くさがりやひねくれ者だが、決して悪いやつらじゃない。当たり前さ!」

「本当にすみません、急に大声を出してしまって・・・」

「いや、こちらこそ。不快な気持ちにさせてしまった。いつもみんなから言葉を注意して選べと言われているのになぁ。本当に私というやつは・・・」

 何とも気まずい沈黙が流れました。もっとも、十数匹のスズメたちが暖かな陽光を浴びながら、チュンチュンチュン、と絶え間なく鳴くので、沈黙と呼べるものかどうかは分かりませんでしたが。


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