第二話
しばらくの間、二人はあれこれ会話をしていました。とはいっても、あまりにも物を知らないレジ袋にアスファルトがいろいろ教えてやるという状態でしたが。車の話、天気の話、税金の話、星の話、そういったことを話しているうちに向こうから最初の男性が歩いてくるのが見えてきました。
「ほら、あの男性でしょう?大声をあげれば気づいてもらえるはずです」
「はい。分かりました」と言って袋は身を揺らしました。「おぉい!おぉい!僕はここにいるぞぉ!拾ってくれぇ!」
しかし、男性は彼に一瞥もくれることなく通り過ぎ、どんどん早足で遠ざかっていきました。その手には新しいレジ袋が握られており、古いレジ袋のことなんてもう忘れてしまっていたのでしょう。
「そんな、どうして・・・」
袋はさっきよりもずっと落ち込み、心がどんどんわびしくなっていきました。彼のそんな様子にアスファルトはいたたまれなくなったのか、口を開きました。
「ううむ、薄情なやつが増えたものだ。・・・ですが、まあ、まだどうにかなるかもしれません。他の人間が拾ってくれることもありますから」
「他の人間が?どうして?僕はただのしょうもないレジ袋だっていうのに」
そう自虐的に言いましたが、彼の内には仄かな期待が一筋の煙のように立ち上りました。
「なぜかは分かりません。ですが、道に落ちている空き缶やタバコの吸い殻を拾っている人間を時折見かけるんですよ」
「そういう人間もいるものなんですね。アスファルトさんは物知りだなぁ」
「それほどでもありませんよ。・・・だから、まあ、それまではどうぞごゆっくりくつろいでいってください」
「ありがとう、ありがとう。あなたに会えて私は本当に幸運です」
「あはは、そんな風に感謝されるのは初めてですから、なんだか照れますね」
その時、どこかから声が聞こえてきました。高くて少しくたびれた声です。
「ふあぁ・・・、まだ太陽ですら寝てるっていうのに。アスファルトのやつがうるさくて目が覚めてしまったわ。一人でぶつぶつと、とうとう気が触れちまったのかい?」
「一人じゃないやい、人間に飽きられた年増の安物パンジーめ!あんたこそ目と耳が馬鹿になったんだろ!・・・ほら、あそこ、あの家の前に置いてある植木鉢にパンジーが刺さっているでしょう?あいつが喋ったんですよ」
アスファルトが指した方を見ると、確かにそこには黄色いパンジーがいました。十分に水を与えられていないのか、葉はひび割れていて花弁はしおれています。
「ふうん、それじゃあ一体誰と話してるの?言っておくけどね、ただ山に向かって言葉を投げてただけってなら、それは会話とは呼べないわよ」とパンジー。
「分かってるさ!全く、いちいち気に障るやつだ!こちらにおはす袋さんと話していたんだよ。少しでも目を動かせばアリでも分かることだってのに・・・」とアスファルト。
「あらまあ、本当におかしくなっちゃったのね。どこにもフクロウなんていやしないのに」
「袋だよ!レジ袋!僕をからかってるつもりなら大概にしろ!面白くもなんともないんだからな!」
「レジ袋?ああ、そこで野球ボールみたいに丸まってるやつのことね。初めまして」
パンジーは寝ぼけ眼で袋を見つめました。袋は突然会話に加えられてドキリとしました。あまりの気後れにうまく口を開けませんでしたが、二人が黙って彼の言葉を待っていてくれたので、おずおずといった調子ですが、ようやく言葉を紡ぎます。
「あ、はい、初めまして。ええと、その、朝早くにすみません。お休み中だったのに・・・」
「別に構わないわよ、喋りたがりのアスファルトが悪いんだから」
袋が無難な返答をしようとしているうちに、我慢できずに口を挟んできたのがアスファルトです。
「僕が悪いだって!?歳であんたの眠りが浅くなったせいだろ!それに今日は日曜日なんだから、いずれにせよあんたも後一五分くらいで起きることになっただろうよ!」
「あと一五分も眠れたら十分よ。それになんと言おうと、あたしの目が覚めたのはあんたの大声のせいだっていう事実は変わらないわ」
「何だと!?そもそもおまえの耳が遠いから僕は大声で話すようになったんだよ!」
アスファルトが食ってかかってはパンジーがそれをあしらい、そのせいでアスファルトがより激昂してしまっているようでした。これではいつまで経っても落ち着いて話せそうにありません。そのため、レジ袋は白々しく話題をそらすことにしました。気後れもありましたがさっきほどのものではありません。
「あの!お二人ともあと一五分でどうのこうのって言ってましたけど、一五分後に何かあるんですか?」
アスファルトとパンジーはスッと口を閉じて袋の言葉に耳を澄ませると、顔を見合わせました。そして、パンジーが袋に向かって言いました。
「何って・・・、ゴミ拾いのボランティアが来るのよ。五、六人くらいだけどガサゴソやっててやかましいのよね」
「ゴミ拾い?ボランティア?」
「ああ、おそらく僕がさっき言った道に落ちているものを拾う人間たちのことですよ」
アスファルトがそう言うと、袋は表情を明るくしました。
「それなら、もう少し待っていれば僕は拾ってもらえるってことですか?」
「そうですね。今朝は雨が降る様子もありませんし、きっとそうなると思います」
レジ袋はあまりの嬉しさに全身に力がみなぎり、その場でピョンピョンと跳ね上がりました。頭に、足に、冷たい空気がぶつかりますが、そんなことは全く気になりません。
「やった!やったぞ!」
その時、北西から吹いてきた風が建物や街路樹の隙間を走り、彼らの頭上も通り抜けました。それは、びゅうびゅう、といななきながら駆け抜け、宙に浮いていた袋を容赦なく押しのけていったのでした。