第一話
雲さえカチコチに凍って空にはりつけにされてしまうほど寒い、冬のある日のことです。一人の男性が岡崎通りを歩いていました。時刻は五時になったばかりで、寒がりなお日さまはまだ比叡山に包まって心地よさそうに寝息を立てている時間です。その男性はジャンパーのポケットに手を入れて体を震わせており、急ぎ足で歩くとジャンパーの擦れるシャカシャカという音が響きました。彼はどうやらコンビニに向かっているようです。安物の安全靴が大通りを目指して競争でもするかのように左足右足と交互に前へ出ました。あまりの寒さのためでしょうか?それともどちらの足が競争に勝つか、賭けでもしていたのでしょうか?ジョガーパンツのポケットからクシャクシャに丸められた白いものが落ちるのに彼は気づきませんでした。その白いものはコンビニのレジ袋でした。
レジ袋が至るところで有料になって以来、一度買ったレジ袋を何度も使い回すというのはままあることです。丈夫で軽いプラスチック製ですし、たとえ破れたり無くしたりしても数円払えばコンビニやスーパ-などで再び買えますから、わざわざしっかりした買い物袋を所有するつもりがないのでしょう。そのため、彼はその袋に大して気を配っておらず、コンビニに着いて初めてレジ袋を落としたことに気がついたのでした。
しかしながら、それで困ってしまうのはポケットから落っこちたレジ袋の方です。なにせ彼は外の世界をほとんど知らず、その上歩くこともできないのですから。
「なんてことだ、参ったぞ。ここはどこだ?」
彼はよるべなさそうにそう呟きました。誰に向けたわけでもない言葉でしたが、しかしそれを聞いていたのが足下にいた早起きのアスファルトです。
「お早うございます。そんな風に嘆かれるとは何かお困りですか?」
てっきり一人きりだと思っていたレジ袋はとても驚いてガザガザと鳴りましたが、相手がアスファルトだと分かると落ち着いて話し始めました。
「ああ、その、お恥ずかしいことですが、ポケットから落ちてしまったのです。帰り道も分かりませんし、そもそも歩くことさえできないものですから、すっかり途方に暮れているのです」
「成程、それは難儀ですね。ですが大丈夫ですよ。あなたの持ち主が今どこにいるかは分かっていますから。もうすぐ再びここを通るはずです。ここで待っていれば必ず彼に見つけてもらえるでしょう」
「なんとまあ!わざわざありがとうございます。あなたがいなければ今頃どうなっていたことやら・・・」
「いえいえ。この時間は話し相手がおらず退屈するものですから、私の方こそ感謝したいくらいですよ」
アスファルトの冷静で穏やかな態度のおかげで袋も少しずつ明るい気持ちを取り戻すことができたのでした。